第15話 眠り姫 002



 病室を抜け出て、当てもなく廊下を進む。幸い辺りに人気はなく、私は抜き足差し足で進み続けることができた。それでも一応、人がいなさそうな方を選んで徘徊する。



「ふう……」



 何だか頭がボーっとしてきて、わけのわからないイメージが脳内を巡りだす……空飛ぶ枕に白衣を着たトイプードル……。やっぱり歩き回るのは無理があったかなあ、ベッドに戻って眠りたい。


 上階へと続く階段を見つけたが、今は階段を上る気力も体力もない。壁に掛かった案内板を見ると、この病院は堂々の四階建て。ここは一階。うん、二階以上の探索は後日に回そう。



「……ん」



 やる気はないが謎の義務感をもってしばらく歩いていると、気になる場所を発見した。

 案内板を思い出すに、病棟の丁度端の辺り。


 一見すると気づかないが、突き当りの奥。右に折れる形で、確かに廊下が続いていた。なぜ気づかないかといえば、その廊下は照明が落とされ、観察しようと注視しなければ意識に入ってこないからだ。


 むむ、何だかオカルトレーダーに反応あり。


 私はいそいそと突き当りまで進み、回れ右して目的の廊下の奥を見据える……うわ、ほんとに暗い。どうやら照明がないだけじゃなくて、窓もないらしい。


 私は自身のオカルト脳に従い、薄暗い廊下を進んでいった。



「……?」



 行き止まりだ。

 オカルトレーダー、壊れちゃったかな。

 途中に部屋もなかったし、なんだろう、この廊下は。不可解極まる。


 病院を設計する際に間違えて作ってしまったのか、はたまた私の幻覚か……。窓も部屋もない廊下というのに遭遇したことがなかったので、私は頭を捻る。



「……ん」



 そのまま踵を返すのも癪なので、行き止まりの壁を観察してみたら……見つけた。


 鍵穴だ。


 薄暗くてわかりづらいが、更に目を凝らせば壁の中央に若干の隙間がある。なるほど、これは壁ではなく両開きのドアってことね。


 雰囲気的に、まさか鍵は開いてないだろうなーと思いつつ、ダメ元で扉を押してみる。



「……うそ」



 私の予想に反して、壁もどきの扉はギギィと音を立てて向こう側へ少し動いた。何だかいけないことをしている気になって、自然と心臓の鼓動が早くなる。


 だって、どう考えても普通の場所じゃない。明らかに一般の利用者の目から隠すように作られたこの扉は、異様な空気を醸し出している。



「……」



 脳内では危険を知らせる本能という名のアラームが鳴り響いているけれど、知的好奇心には敵わない。本能さんには休んでもらって、今は自分の欲求に従おう。


 私は、意を決して目の前のドアを押し込む。


 ドアの先は、光のない廊下。

 廊下の奥に廊下があった。



「うーん……」



 何かの部屋があると思ってのだけれど、またもや予想が外れてしまった。オカルトサークル長失格ね。


 立ち止まっていても仕方がない。私は壁に手を当てながら、少しずつ確実に歩を進めていく。空調が効いているわけではなさそうなのに、辺りはひんやりと冷たく、背中に鳥肌が立つ。



「……」



 果てしなく続くと錯覚する程、道の奥は暗く黒に飲み込まれていき。


 突き当りに、階段。


 下の階へと続く、細い階段を見つけた。



「……?」



 案内板を思い出す。この病院は四階建てで、地下はなかったはず。


 窓も照明もない廊下に、人目を避けて閉ざされたドア。その先にはまた廊下があって、最終的には存在しないはずの地下への階段。


 これをオカルトと呼ばずに、何と呼ぶ。



「……」



 本能さんが再び警鐘を鳴らす。赤ランプの灯ったサイレンが、知的好奇心を雲散霧消させようと響き渡る。


 ……ここは、さすがにまずいかなぁ。

 いい加減、私も危険を避けられる大人にならないと。



「よし」



 そうと決まれば、探検はここまでにしよう。うんうん、私も分別の付くレディになったものね。



「……」



 なんて、頭では考えていたのだけれど。

 私の足はそんな意思とは真逆、吸い込まれるように前へ進み、階段を下り始めていた。


 ああもう……危ないってわかっているのに。もし私が野生動物なら、真っ先に捕食者に食べられてしまうのだろう。こんな、肉食獣の口の中に自ら入るような愚行をしているのだから。


 でも、いくら頭で考えても、私の前進は止められなかった。


 それはまるで、悪魔に手招きされているよう――



―――――――――――――――――



 地下へと下りると、辛うじて薄暗い照明がついていた。パッと見、通常の病棟と変わらない雰囲気ではあるけれど……普通に病室らしきものが複数見受けられる。


 私は周りの状況を確認しながらおっかなびっくり進むが、幸いなのかどうなのか、人がいる気配はない。



「……」



 例の事件の被害者が収容されているとしたら、恐らくこの地下のどこかだろう。私は左右にある病室のドアに片っ端から手をかけるが、どれもびくともしない。



「……」



 うーん……。てっきり、ここが噂の根幹だと思ったのだけれど、どうやら違うらしい。開かないドアたちに据え付けられた小窓から病室の中を覗いても、見えるのは空っぽのベッドだけ。


 それでも、この異様な雰囲気に負けじと探索を続けていると。



「……あ」



 一つの病室を見つける。


 今までの空っぽの部屋とは違い、ドアにある小窓にブラインドが掛かっていいて。


 そしてそのドアの横に、何だか聞き覚えと見覚えのある文字。



「叶……凛音りんね……?」



 ふわつく脳内で心当たりを検索する……そうだ、凛土くんだ。彼の苗字は叶で、なんと名前まですこぶる似ているじゃないか。

 苗字までならまあ、偶然で片付けられるけれど、この名前の一致は恣意的な何かを感じざるを得ない。


 それこそ、血縁者とか。


 ……凛土くんは、例の襲撃事件で両親を亡くしたと言っていた。

 じゃあ、他の家族は無事なの?


 妹さんは、一緒に住んでいると言っていたけれど……。



「……」



 私はノックもせず個室のドアを開けていた。非常識極まりない行為だが、しかし私のオカルトレーダーはビンビンに反応してメーターを振り切ってしまって、中を確認せずにはいられなかった。



「……失礼しまーす」



 一応、囁くような小さな声で入室を知らせる。

 この病室はどうやら個室のようで、そう広くない部屋の中に目立った人影はない。あるのはベッドに置いてある物体だけだった……ん?


 物体?


 ベッドにあるなら当然人間のはずなのに、なぜ私は物体と認識した?



「……っ」



 一斉に全身を駆け巡る悪寒。強く激しくなる自分の鼓動が、体の内側をめためたに殴りつけてくる。今にも窒息しそうな息苦しさに抗って、浅い呼吸を繰り返す。


 これは、本能による防衛反応じゃない……最も人間らしい、負の感情の根源。


 恐怖。



「……ひっ!」



 ベッドに近寄って見てみれば。

 寝そべっていたのは、確かに人間だった。


 幼い、中学生くらいの女の子。


 でも、欠けていた。


 を人間として認識するための、大事な部分が。



 まるで眠り姫のように目を閉じている彼女――叶凛音ちゃんには。



 首から下が、なかったのだ。





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