第13話 四脳会 003
「あ、どうも……」
俺は菱岡大学でのクソだるい授業を終え、急いで第一校舎を出る。向かった先は、待ち合わせ場所として指定してあった売店の前。待ち人は、数時間前まで一悶着していた江角朱里お姉さんだ。
橙理からの着信があり、その電話を江角さんに渡した後……数分の通話をして、彼女は足早に俺の部屋から出ていった。どんな会話をしていたのかはわからないが、橙理が上手く話をつけてくれたらしい。
江角さんから返された携帯に出ると、午前の授業が終わった後に彼女を第四研究棟まで案内するよう命令され、今に至る。
「こんにちは、叶さん。先程ぶりです」
「……ちわっす。じゃあ、ついてきてください」
案内しろとは言われたものの、あの建造物は橙理の気まぐれで出現場所が変わるので、大体の座標しかわからないのだが。
第一校舎の裏手に回り、大学のパンフレットに当然記載されている第一から第三研究棟をすり抜けて数分。
突然、目の前に真っ白の建物が現れた。
それはもちろん、パンフレットには載っていない建造物――第四研究棟だ。
「……」
いきなり目の前に出現するというのは若干演出過剰に思えたが、初めて訪れる江角さんを驚かそうというあいつの悪戯心なのだろう。
案の定、クールなお目目が少し丸くなっていた。
「……ここに入るんでしょうか」
「そうっす。あ、中も真っ白でちょっと気持ち悪いんで、覚悟してから入ってくださいね」
俺が先頭になって廊下を進むが、後ろの江角さんの歩みが若干遅い……本能からここを恐れて、警戒しているんだろう。そして実際、警戒してし過ぎることはないのだ。
なぜなら、この建物は神様の領地なのだから。
本来、人間如きが立ち入っていい場所ではないのだ。
「……」
俺たちは無言のまま進んでいき、突き当りの「六十四研究室」の前へと辿り着く。
「じゃ、入りますよ」
俺だって慣れているわけじゃない。おっかなびっくりしつつも、それが年上のお姉さんにバレないように何とか落ち着きを払っているだけだ。
いつだって、この部屋の中に入るのは、憂鬱だ。
「……橙理、連れてきたぞ」
俺と江角さんの警戒心を嘲笑うかの如く、「六十四研究室」の中は白々しく広々とした空間に満ちている。何だか、いつもよりも心なしか広く感じるのは気のせいだろうか。
「あ、凛土先輩お疲れ様です」
こんな高頻度であいつの真っ白な顔を拝むことになるとは思わなかったが、数時間ぶりに、叶凛土は天津橙理と再会することになってしまった。
……一日二回はきついって。胸焼けしそうになる。
「そしてそちらのお姉さんが、四脳会特殊対策二課の江角朱里さんですか」
「……あ、はい。そうです」
江角さんは一瞬遅れて反応する。多分、この部屋の異常な空間の広さと、中央に鎮座している美しすぎる物体に見惚れてしまっていたのだろう。俺も経験者だからわかるわかる。
「改めまして、僕がお電話させて頂いた天津橙理です。そこの朴念仁の主人をやっています」
「……」
江角さんが物凄い目でこっちを見てきた。まあ、いきなり人の主人をやっているなんて言われたら、どんな不健全な関係かと勘繰りたくなる気持ちはわかる。どうも、あいつの奴隷です。
「……で、天津さん。電話で言っていたことは本当なんですか? あなたが叶さんをカワードに変え、三人を始末させたというのは」
あいつ、そこまで話したのか。人には他言無用の契約を結ばせておいて、随分口の軽い神様だな、おい。
「まだ信じてくれていなかったんですか? 心外ですねぇ。あなたがそこの奴隷を訪ねた本当の目的も、あなたの過去のこともズバリ言い当てたのに、信じてもらえてなかったなんて」
橙理は性悪そうに笑う。
あいつの前では隠し事も秘密も通用しない。なにせ、人間のそうした部分を暴いて願いを叶えるのが、奴の仕事なのだから。
「……わかりました、信じます」
江角さんは俯きながら答える。
目的の方はともかく、過去の秘密を言い当てられたというのが、決定的だったのだろう。それをされれば、嫌でも信じざるを得ない。
目の前の――荒唐無稽な存在のことを。
「一つ、確認しておかなければならないことがあります」
彼女は毅然とした態度で言う。そこには、自分の使命を全うしようという強い意志が感じられた。
「彼をカワードにしたというのは、信じます。では、他のカワードも、あなたが作り出したんですか」
周囲に緊張が走る。
もし。
今目の前でほくそ笑んでいる奴が、全てのカワードの元凶なら。
江角さんは、躊躇なく橙理を殺そうとするだろう。
その腰に据え付けてある、拳銃を使って。
「いいえ、違いますよ」
だが、当の本人からはそんな間の抜けた答えが返ってきた。
「僕はあんな低俗で幼稚なことはしませんよ。神様ですから」
充分幼稚で低俗なことをしでかす奴だとは思うが、しかしこれは事実なのだろう。
橙理は、カワードのことを食料としか見ていない。
「野菜を育てるなら自分の土地で、家畜を飼うなら手の届く範囲で。でないと、お腹が空いた時に食べられないじゃないですか。そんな無駄なことをわざわざする程、僕は暇じゃないですよ」
「……わかりました」
充分そんな無駄なことをする程暇だとは思うが、江角さんは渋々納得したようだ。というか、無理矢理納得させられたのだろう。それ程までに、橙理の飄々とした言動と態度は、無駄に説得力がある。神様の面目躍如といったところか。
「……あの、江角さんの目的って何なんですか? やっぱり、俺を始末しにきたとか」
俺は黙ってしまった彼女に話しかける。
橙理の目的も気になるが……なぜ彼女をここに連れてこさせたのか、全くわからない。
「勝手に質問しないでくださいよ、先輩。発言がある時は挙手してください。まあ、今回は話の本筋を捉えているので許しましょう」
「お前との会話挙手制だったっけ……」
変な制約をつけるな。
覚えるだけで一苦労なんだよ。
「私が叶さんを訪ねた理由は、大きく二つあります」
江角さんは口を開く。すでに橙理にバレてしまっている以上、ここで目的を隠す必要もないのだろう。
「一つは、叶さんがどのようにカワードになったか調べるためです。うちの調査班のおかげで、あなたが三人のカワードを殺したのはわかっていましたから。武器も持たない一般人にそんなことは不可能なので、どこかのタイミングで例外的に異能に目覚めたのだと考え、調査を命じられました」
やはり、俺が奴らを殺したというのは確証があったのか。しかし、一体どうやって……。
「彼女のところには便利なカワードがいるらしいですね。実に美味しそうだ」
俺の疑問に答えるためかはわからないが、橙理は舌なめずりをしながらそう言った。なるほど、四脳会お抱えの、調査系の能力を持つカワードがいるらしい。
一つ目の理由は納得した。じゃあ、恐らく本命である二つ目は、何だ?
江角さんは橙理から俺に体を向き直し、真っすぐに目を見つめながら言う。
「二つ目は……叶さんに、『最悪の世代』を討伐する協力をして頂きたいからです」
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