第12話 四脳会 002



「……」



 噂には聞いていたが、やはり存在するらしい。

 世界に名だたる四つの財閥が、それぞれに抱える戦闘部隊――特殊対策課という名前なのか。


 財閥同士は、決して仲良しグループなどではない。互いを牽制し合い、一つの組織が力を持ちすぎないために、武力行使を主目的とした部隊があると、そうまことしやかに囁かれていた。曰く、その構成員の中にはカワードもいて、さながら核のような抑止力を持っていると。



「噂については否定も肯定もしませんが、概ねそのような認識であっています」



 江角さんは涼しい顔で言う。終始クールなこの女性も、もしかしたらカワードなのかもしれない。



「……一応、私はカワードではなく普通の人間ですので。念のため」



 俺からの疑いの眼差しを敏感に察知し、江角さんはそう注釈する。右腕も反応していないし、そうだろうと思っていたが。

 さっき俺を投げ飛ばしたのは、だから単純な実力ということらしい。



「で、その特殊対策二課さんが、何の用ですか? あの事件のことだったら、特にあれからお話しできることは増えてませんよ」



 俺の両親を含め、二十人以上が犠牲になった大量殺人事件。

 俺をに引き込むことになった、悪夢のような事件。



「いえ、その件ではありません。そちらはうちの課の総力を挙げて、犯人の『悪夢ブラックカーペット』を追っています。進捗を伝えられずに申し訳ありません」



「あ、いえ。気にしないでください」



 頭を下げる江角さんを慌てて止める。嫌味に聞こえてしまったのかもしれない。


 しかし、あの事件のこと以外で、俺が四脳会の人間に訪ねられる覚えはないのだが……。



「今日お邪魔したのは、最近菱岡ひしおか市の近辺で出没していたカワードについてです。『落下傘フライハイ』、錦戸にしきど洋二ようじ。『灰の男ブルーカラー』、つつみせん。そして『曲がった爪ネイリスト』、東雲しののめ妃花ひめか。聞き覚えがありますよね?」



「……」



 聞き覚えと身に覚えしかなかった。


 今名前が挙がった三人の共通点を、俺は知っている。



「……もちろん、ここに住んでいたら嫌でも耳に入りますよ。全員、殺人犯ですから」



「そう。彼らは殺人犯として手配されていたカワードです。ただ被害の規模がそこまで大きくなかったので、四脳会は動かず、警察が事件を担当していました」



 江角さんたちも人間だ、そのマンパワーには限りがある。追うべき事件とそうでない事件を区別するのは仕方のないことだろう。



 『私、我慢ができないタイプなのよ。あんまり高スパンで人を殺しすぎると四脳会に目を付けられるからよくないってアドバイスしてもらったのに、それも破っちゃうし』



 『曲がった爪』――東雲妃花の言葉が思い出される。あのまま殺人を続けていたら、彼女も四脳会に追われる身になっていたのだろう。



「……その三人のカワードが、突如として姿を消したんです。警察から情報が上がってこなくなったので調べてみたら、姿を消したというのは何のメタファーでもなく、彼らは一つの痕跡も残さずに消えていました」



「……」



 三人のカワードの共通点。


 『落下傘』、『灰の男』、『曲がった爪』。


 彼らは――



「それは……よかったです。震えて夜も眠れませんでしたから」



「そうですか。随分ぐっすり熟睡なさっていたようですけど」



 言い方に棘がある。家に招き入れなかったのは事実だが、その後しっかり投げ飛ばされたので、その件についてはお相子なのでは。


 江角さんはコホンと咳払いし、俺の目をまっすぐ見つめる。



「単刀直入に訊きます。叶凛土さん。あなたは例の三人のカワードと面識がありますね? そして、彼らを何らかの手段で消していますね?」



「……えっと」



 本当に単刀直入だった。日本刀で左の肩口からばっさり切り裂かれた気分だ。


 ……どうする。


 ここまで自信たっぷりに言い切るということは、向こうも何らかの根拠があって俺を訪ねたのだろう。だとしたら下手に言い逃れせず、むしろ友好的な態度で臨んだ方がいいように思える。橙理とうりのことはもちろん隠すとして、問題は俺がカワードだとバレているかどうかか。


 もし仮に、例の三人を始末したカワードを、この人が殺しにきたのだとしたら。

 その時は――右腕に頼るしかない。



「……その通りです。ちょっと世直しが趣味で、地元を脅かす悪い奴らを懲らしめようと思ったんですよ。もしかして金一封とか貰えちゃったりします?」



「……」



 無言で睨まれた。

 おかしい……友好的の意味を履き違えたかもしれない。



「あなたは、菱岡市の襲撃事件後の検査で、カワードではないと診断されています。一般人のあなたが、どうやって三人ものカワードを殺したんですか?」



「えーっと……」



 確かにあの事件の後、俺がカワードかどうか調べるための謎の検査を受けた。扉越しに加工された音声の相手と会話するだけの、そんなもので何がわかるのかという検査だったのを覚えている。まああれのおかげで、一応事件関係者として容疑者候補だった俺の無実が証明されたのだが。



「……」



 答えに窮する。カワードは五年周期、八月一日にしか発生しない。俺があの事件後に異能に目覚めたとなれば、その定説の例外になってしまうということだ。



「叶さんが三人を殺したのはわかっています。問題はその方法です。もしかして、あなたは?」



「……」



 ばっちりバレていた。というか、その可能性を疑って当然だ。

 そこまで把握されているとは……四脳会、やっぱり侮れない組織ってことか。


 だが、彼女に橙理の存在を教えるわけにはいかない――そういう契約になっている。



「なんで俺が彼らを殺したことを知っているのかって、聞いてもいいですか?」



 とりあえず話題を逸らそう。実際、気になるところではあるし。



「内部情報は機密扱いです。ただ、あなたがどうやってカワードになったのか教えてくれれば、こちらもある程度までは情報を出しましょう」



「それは教えられないというか……」



 困った。

 困ったが、しかし。


 江角さんは、どうやら俺を殺すとか処理するとか、そういう暴力めいたことはしなさそうな雰囲気だ。あくまで情報収集として、例外的にカワードになった疑惑のある俺に、接触してきたってところか。


 ……いや待て、それはこの人の仕事じゃないだろ。彼女は自分で言っていた――凶悪なカワードを始末するのが仕事だと。


 だから恐らく、裏がある。それを思うと、やはり迂闊に口を滑らすわけにもいかない。



「……ん」



 三人を殺したのは早々に認めてしまったし、さあこれからどう切り抜けるかと考えあぐねていたら。


 図ったかのようなタイミングで、俺の携帯が振動する。


 どうやら困り果てた奴隷のために、ゴシュジンサマが一肌脱いでくれるらしい。普段は鬱陶しいだけのあいつからの着信が、今は天からの恵みに思える……我ながら、しっかり飼い慣らされているようだ。



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