第11話 四脳会 001
ピンポーン。
「……」
インターホンの音で目が覚める。何だか懐かしの自家の夢を見ていたような気がするが、起きたら忘れる程度のものだったらしい。
俺は時刻を確認する……うん、まだいけるいける。布団に潜り直して二度寝と洒落こもう。
ピンポーン。ピンポーン。
「……」
しつこい。
この家に来客なんてあるはずもないので、何かしらの押し売りセールスか、二人組の不敵な笑顔が張り付いたおばさんだろう。無視無視。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
「お兄ちゃん、出なくていいの?」
「どうせセールスか何かだから大丈夫だよ」
俺は構わず寝ることにする。この世の何よりも睡眠は大事だ。かの皇帝ナポレオンの逸話で、極短時間しか眠らなかったというものがあるが、あの話は彼の超人さと同時に、どんなに優秀な人物でも睡眠は必要という逆説的な側面も持つのだ。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ガチャ。
「……!」
聞き捨てならない音に身を跳ね起こす。今のは、明らかに玄関の鍵が開けられる音。
ドアロックチェーンなんていう最低限の防犯対策すら施されていないこの部屋は、鍵さえ開いてしまえば誰でもウェルカム状態になってしまう。そもそも鍵を使うより蹴破った方が早そうだが……って待て。
鍵は俺が持っている一つしかないはず。
どういうことだ……まさか泥棒?
こんなボロアパートに?
「……」
俺は枕元を見て武器になりそうなものを探すが、生憎とそんな物騒なものは置いていなかった。
そうこうしているうちに、玄関のドアが開き、何者かが侵入してくる気配がする。
「お兄ちゃん……」
凛音は怯えた声で俺に呼びかけるが……怖いのは俺も同じだった。人間、いざこういう状況になると思考がまとまらなくなる。
……とにかく、先手必勝か。
「よし……」
俺は一呼吸おいて頭を落ち着かせてから、洋室へのドアを素早く開け、不法侵入者を組み伏せるために勢いよく飛び出した。
「……!」
勢いよく飛び出した俺を待ち受けていたのは――スーツ姿の女性。
ほっかむりをした無精髭の男を想像していたが、最近の泥棒は随分小綺麗な身だしなみをしているらし……あれ?
体が宙に浮く。
「げっ!」
気づけば、俺の体は不法侵入者の女性に投げ飛ばされていた。床に打ち付けられた衝撃が、ドシンッとボロアパートを揺らす。
「あ……失礼しました。急に飛び掛かってきたもので、つい」
申し訳ありません、とスーツの女性は頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、すみません」
打ち付けられた腰を擦りつつ、俺はよろよろと立ち上がる。彼女の物腰や態度を見るに、どうやら害意をもってこの部屋に侵入したわけではないようだ。
「えっと、あなたは……」
「突然訪ねてすみません。私はこういうものです」
言いながら、女性は懐から黒い革の手帳を取り出す。
そこには、「
「四脳会特殊対策二課、
「……」
四脳会のメンバー……なるほど。ここは彼女らが管理する物件なので、別で鍵を持っていても不思議ではない。許可なく入るのはどうかと思うが。
四脳会の人を直接見るのは、これが二度目になる。一度目は、このボロアパートを斡旋してもらう際の手続きで会った、福祉課の職員。そもそも、普通に生きていたらそうそうお目に掛かれる人たちではないのだ。
だが、その身分は何よりも保証されている。それこそ、警察組織並に。
「あー、じゃあ、どうぞ座ってください。水くらいしかないんですけど」
「ありがとうございます」
俺に促され、江角さんは腰を下ろす。
クールな雰囲気の彼女は、垢ぬけた茶色の髪を後ろで一つに結んでいる。はっきりした目元と主張しすぎない程度の化粧は、俺の交友関係にはない大人のお姉さんといった感じだ。落ち着きを払ったその態度は、先程成人男性を投げ飛ばしたとは思えない冷静さである。
「これ、どうぞ。あとお茶請け的なやつです、どうぞ」
ただの大学三年生におもてなしを求められても挨拶に困るが、一応は来客に対して失礼のないように振舞おうと努力する。
「……ありがとうございます」
江角さんは口にこそ出さなかったが、目の前に差し出された水道水とスナック菓子を見て、一瞬眉をひそめた……出さない方がましだったかな?
「……では、早速本題に入らせて頂きます。ご存じだとは思いますが、私たち四脳会はカワード関連の犯罪を捜査、解決し、被害者とその遺族のサポートをすることを目的とした組織です」
そう、彼女たちこそ、この国をカワードの魔の手から守っている陰の立役者なのだ。
四脳会。
しかもただ捕まえるだけが仕事ではなく、俺のようなカワード関連の被害者や遺族に対し、手厚いサポートまで施してくれている。今住んでいるアパートも、月々の生活費や大学の学費も、四脳会が用意してくれているのだ。
俺からしたら、正直頭の上がらない相手である。足を向けて寝るなんて以ての外だ。
そんな俺の足長オジサン的な存在の組織の一員が、どういうわけか訪ねてきた。
特殊対策二課と名乗っていたが、その部署は何をしているところで。
彼女は、何をしにきた?
「私の所属する特殊対策二課は、二階堂グループ直属の戦闘部隊になります。大規模な被害を出す凶悪なカワード……彼らを始末するのが、私の仕事です」
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