第5話 寄り道

「なんか、すみません。」

「何で謝るのよ。」

 彼女にはさっきまでの覇気はく、愛想笑いをしているようだった。

 沈黙が続く。この数日で彼女とは少し打ち解けたような勘違いをしていたが、まだ互いは互いのことを知れていない。たかだか隣人なのだから。

 雨の音と傘の間が、二人の心の隔たりを表している気がした。

 切り出したのは楓だった。

「あの、少し濡れて寒いので寄り道しません?」

「え?」

「そこ曲がるとコンビニあるじゃないですか。」

「うん…。そうね。」

 彼女は自分が気を遣わせてしまったと思ったのか申し訳なさそうにしている。


 彼女はそこそこ身長が高い。故に、彼女の身長と楓が高校生の平均より少し小さいということも相まって2人の間には少しの差がある。

 普通に楓の方が身長が高くて、彼女の小さな歩幅に合わせる、なんていうよくある展開は叶わない。むしろ彼女の歩幅に合わせてるのは楓の方だ。だがそんなのことは男として合わせる顔がない。

 だから気持ち大股で。彼女の隣を歩くというのはそんな気分。


 コンビニの自動ドアが開き、流れるように中へ入った。中は空調が効いていて、入った瞬間に雨の湿気から一瞬にして解放された。

「何か買うの?」

 買うものはもう決めていたのか、真っ先に菓子パンコーナーに向かった彼女が尋ねる。楓はそのまま彼女についていっている。

「先輩はパン?」

「うん。明日の朝食で久しぶりに買おうかなって。」

「いつもは?」

「高校生なんてものが外で買うなんて贅沢中の贅沢なのよ。自炊よ!じ、す、い!」

「なるほど…」

 楓の場合、他の家庭とは少し違って、両親が食材などの仕送りを毎週してくれる。それでいつもやりくりしているので食事についてはあまり考えてこなかった。こうして買い物に行くという行為自体も楓にとっては久々だ。

 一応、高校生でひとり暮らしという数少ない共通点があるのに、その唯一が噛み合わないことに彼女は疑問を持ちながらも真剣にパンを選んでいる。

 少し経って「よし、これだ。」と言って彼女は立ち上がると、切れ目の入ったパンにソーセージが挟まっているホットドッグのようなパンを持った。

 メロンパンやクリームパンなどのいかにも可愛げのあるパンではなくソーセージパンというのが、朝の短時間でお腹を満たすという学生らしいもので、楓にアピールをしている彼女がこれを選ぶのが少し意外だった。それに、彼女の外見の清楚感とは変わって、意外と合理的思考なところがまた意外だった。

「私はもう買うけど梶原くんは?」

 彼女はレジの方を指さして歩き始めていく。

「俺は、まぁ、大丈夫です。」

 さっきの家庭観ギャップを遠回すためにそれらしい言葉を選ぶ。

 そうしてレジにソーセージパンを持っていく先輩について行った。

 ふと目に入ったレジの横に、それが置かれていた。時間帯的に残りはもう少なく、コンビ二の不動の評判であることが窺える。

 

「あの、肉まん2つ下さい。」


 彼女といると、気持ち大股。他意はないが。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先輩による俺の落とされ方 カス @usatyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ