第11話キュウを抱く


 そこには埃まみれ、砂まみれになりながらも、キラキラとした視線を寄せているメモを手にした女の姿があった。


「アンタは確か……ササフィさん?」


「覚えてくださったのですね! ありがとうございます! 改めまして"夕刊冒険者達"から"月刊冒険野郎ども!"に異動となりましたササフィです!」


「へぇ、あの有名な月刊誌に異動ですか?」


「はい! 先日の夕刊記事が認められまして! 実は今! 来月号の特集として冒険者訓練士の方を取材しております!」


「あーいや、俺はそういうの……」


「記念すべき、私の月刊誌デビューにぜひ! ぜひ! トクザトレーナーのことを書かせてくださいっ!」


「いや、だから……」


「ああ! あの巷で有名なサク三姉妹の影に、信頼できるトクザトレーナーの存在あり! 血と汗と涙! 努力と努力! 友愛と勝利! グレイトですっ! さぁ、率直に、今のご感想は!?」


……どうやら聞く耳は持ってくれていないらしい。

 だけどまぁ、俺がこうして書かれることで、あいつらがもっと有名になれるんだったら……


 こう思えるようになったのも、キュウ達のおかげなんだろうな。


 またローゼンにからかわれそうだけど。


……

……

……


【三度目の大手がら! 三姉妹の長女――キュウ・サク、魔族を撃退する!】


『皆さんが無事で本当に良かったです! 大会は中止になっちゃいましたけど……次回こそは優勝できるようトクザ先生と一緒に頑張りますっ!』(キュウ・サク談)


『もし狩りや、魔物退治でお困りのことがありましたら是非サク三姉妹をご指名ください。特にキュウ・サクがお勧めです』(専属冒険者訓練士・トクザ談)


――日刊冒険者たちより一部抜粋――


この日の一面を飾ったキュウの写し書きは、闇のルートで未だに高値取引されているらしい……





【大失態! これが勇者か!? 王国の勇者制度に異議あり!】


 先日、王国内で弓大会が催され、魔物の襲来に合い、会場は大混乱に見舞われた。

この日の警備に問題があったのは当然のことながら、ここでも最も言及すべきは、現役の勇者が、この大混乱の最中、何もしなかったことである!

 この日、弓大会に出場していた勇者Pは……


――冒険者春秋より、一部抜粋――


 この雑誌も、このスキャンダラスな題目が話題となり、それなりに売れてしまったらしい……




⚫️⚫️⚫️



 今日は予定外だったが、久々に戦っていい汗が流せたと思う。

 キュウも優勝こそできなかったものの、賞金相当の20万Gは手に入れられたし、御の字だろう。


 こういう時はやっぱり、自宅でビールに限るね!


「も、戻りましたっ!」


 玄関からいい匂いを身にまとい、湯のおかげで少し体の赤いキュウが入ってきた。


「お帰り。さっぱりしたか?」


「はい! おかげさまで! やっぱり大きいお風呂って足が伸ばせて良いですね!」


 最初は元貴族のキュウ達に公衆浴場を使わせるのはどうかと思ったが、どうやら気に入ってくれたらしい。


「どうだい、風呂上がりにキュウも一杯?」


「良いんですか?」


「もちろん! 嫌じゃなかったらだけど」


「じゃ、じゃあ……一杯だけ……」


 俺は床下の冷室から瓶詰めされたビールを取り出した。

 とりあえず、キュウがどれだけ飲めるかわからないので、小さめのグラスを用意する。


「それじゃ、今日はお疲れさん。乾杯!」


 グラスを打ち合って、ビールへ口をつけた。

 キュウは細い喉へ、ゴクリ、ゴクリとあっという間にビールを流し込んだ。


「もう一杯いるか?」


「あ、いえ、大丈夫です……」


「そ、そうか……」


 なんだもう酔ったのか? さっきよりも顔が赤いような……

 キュウは俺と視線が重なると、僅かに俯いた。

しっとりと濡れた髪がはらりと落ち、間からは白い首筋が見え隠れする。


 妙に色っぽいキュウの様子に、年甲斐もなく胸が鼓動を放った。

 そうして訪れた妙な沈黙タイム。


 何を俺は色気付いてるやら……てか、こんな感覚何年ぶりだ?


「そ、そういや、コンとシンは遅いな。まだ浴場に?」


「いえ、あの子たちはその……今日は帰ってきません。少しお金に余裕ができましたから、久々にそれぞれベットで寝てはどうかとホテルに泊まってもらっています……」


……と、なると、今夜は俺とキュウの2人きり。

しかも、この雰囲気って……まさかね。

良い歳して妄想なんていかんいかん。


 不埒な自分を一蹴すべく、ビール瓶へ手を伸ばす。

 そんな俺の手を、突然キュウが握ってきた。


「ど、どうしたんだ……?」


「色々とありがとうございます。先生には、感謝してもし尽くせません。今も、昔も、そしてこれからも……」


「キュウ、お前……」


 キュウの細指に更に力が篭った。


「私、今すごく幸せです。憧れだった先生にこうして毎日面倒を見ていただけて、更に一緒に住まわせていただいて本当に……そして、ここ暫くのことを通して、私改めて……先生のことが……トクザさんのことが大好きなんだって思いました!」


……は?

キュウが、俺のことを? こんな冴えないおっさんを?

いやいや、待て待て。

好きという言葉には色々と意味がある。

が、色々考えても仕方がないので、素直に……


「ありがとう。まぁ、俺もなんだ……キュウのことは好きだぞ」


「本当ですかっ!?」


 キュウは机をバン! と叩きながら、飛び跳ねるように立ち上がった。

 僅かに胸元がはだけ、いつも小切手をしまっている深い胸の谷間が目の前へ突きつけられる。


「お、おう」


「うう……ひっく……」


「な、泣くことか?」


「だって……ひっく……嬉しいですもん! よかった、勇気出して伝えて、本当に……!」


 キュウは子供みたいに泣きじゃくっている。

 ハンカチの一枚でも用意した方が良さそうだと立ち上がる。


 するとふわりと石鹸の良い匂いが香り、柔らかい感触が俺を背中から包み込んでくる。


「キュウ……?」


「先生、その、えっと……実は今夜、このために、コンとシンにはお泊まりしてもらってます」


 キュウの腕がぎゅっと俺の体を抱きしめてきた。


「大好きなのもありますし、これまでのお礼とか、色々と含めて……私をその……」


 きっとこの先は恥ずかしいのだろうか、キュウは突然言い淀んでしまう。

 さすがにこの状況になって妄想がどうとかいうのはやめた。

せっかく勇気を出して、伝えてくれたキュウに失礼だと思ったからだった。


「私を、えっと……!」


「皆まで言うな。なんとなく、キュウが言いたいことわかってる……一応、聞いておくけど、俺で良いのか? 俺、冴えない萎びたおっさんだぜ?」


「そ、そんなことありません! トクザさんは10年前にお会いしてから、今日までずっと変わらずの、私の憧れの、そして大好きな人なんです!」


「それに……言いづらいんだけど、ここ何年かご無沙汰で、上手くできるかどうかわかんないぞ?」


「私だって初めてなんですから、上手にできるとは思いません。だから、お互い探り探りでどうでしょうか……?」


 どうやらどんなことを言ってもキュウは引きそうにもなかった。

それに俺自身も……良いんだよな? 本当に……?


 俺は決意を固めた。

 そっと、彼女を引き剥がし、互いに向き合った。


「じゃあ行くぞ、キュウ」


「はい、先生……」


 キュウはそっと目を閉じ、艶やかな唇を向けてくる。

 俺はそこへ、久方ぶりに自分の唇を重ねた。


 忘れかけていた暖かい気持ちと強い幸福感が沸き起こる。

そして数瞬後にはもう、俺とキュウは互いに深く、唇を重ね合っていた。

熱情が堰を切ったように溢れ出ていた。


「お、お上手だと思います……初めてだったので適切な表現か自信ありませんけど……」


 キュウは真っ赤な顔をしながら、指先で濡れた唇へ触れていた。


「好評ありがとよ。キュウが満足してくれたのならよかった」


「……まだ、満足しきれていません……」


 キュウは俯き加減で、恥ずかしそうに服の裾を摘んできた。

 もちろん、ここまで来たら、さすがの俺だって臨戦態勢だ。


「俺の部屋で良いか?」


「はい、お願いします……」


「お互いゆっくりな?」


「はい……ゆっくり……先生を噛み締めます……!」


 俺はキュウの肩を抱き、自室へ向かってゆく。


「にしても良い匂いだな。風呂上がり最高」


「このお誘いのために一生懸命洗いましたから」


「あーじゃあ、俺も入っときゃよかったなぁ」


「じゃあ、朝になったら一緒に入りに行きましょ? コンとシンが帰ってくる前に!」


「いいね、それ!」


 キュウは本当に綺麗で可愛くなった。

心底そう思いながら、俺は扉を閉ざすのだった。



……まさか、こんな展開になるだなんて、正直びっくりだった。

ローゼンのやつ、こうなるってわかってたのか?

って、あいつは一体何者なんだよ!


 というか、キュウ達と一緒に住むようになって、どんどん若返ってる気がする……


「なぁ、キュウ」


「なんですか?」


「この家に来た時、最初に言った"身体でなんたら"が本当になったな?」


「も、もう! そのことは忘れてくださいっ! 恥ずかしいです……」




*と、こんな感じの進行です。次は次女のコンちゃんです(笑)

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