傀儡

「なーそろそろ起きなよ。」

どこか遠くで微かに声が聞こえた。

目を閉じたまま、何も反応しなかったがこの時には俺の意識はわずかながら回復していた。小指に何かひんやりとした金属を当てられていることを朧げながら理解はしていた。

次の瞬間、俺の指先から脳天まで突き抜けるほどの強烈な痛みが襲ってきた。

「がああああっ!」

意識にはなく、ほぼ反射的に喉から声が発せられ、そして同時に俺の喉は酸素を欲していた。

小指の先がなくなってしまったかのような、まるでもげたかのような痛みがある。

強引に覚醒させられた俺の意識が次に理解したのは俺が椅子に固定されていると言うことだった。

体を暴れさせたがガチャガチャと言う金属音が鳴り響くだけで体の自由はなかった。

痛みとこの不自由さが俺の頭を混乱させる。

なぜ俺は動けないのか。手首と足首がひんやりとする。手首を見てみる。鉄の輪っかが椅子と俺の手をくっつけている。足もおそらく同じだろう。

そして必然的に指先まで目がいく。

小指はもげてこそいなかったものの爪が蓋が外れたかのように剥がれていた。そこから赤黒い血が流れていた。


顔をあげて周りを見た。ここは小綺麗な部屋らしい。

次回の端っこに記憶に新しい顔があった。キサラギだ。意識がなくなる前の記憶と今の記憶の辻褄があった。

「やあ、目が覚めたようだね。こいつはめざましにしてはだいぶ有能でしょ?」

言いながら片手に持った折り畳みナイフをパタリと閉じた。あれで爪を剥がされたのか。

「ここ、どこですか。」

荒い息の中、かすれてはいるがなんとか声が出せた。

聞きたいことは何個もあった。なぜこんなとこに?なぜ俺にこんなことを?なぜ俺なんだ?

「ここは僕の研究室だ。僕がここの王様なんだよ。君は僕に従うんだ。」

指先の脈が激しく俺に伝わってくる。キサラギの言うことより指に意識が集中する。

「君は僕のモルモットになるんだよ。研究もそうだけど、少しばかり僕のおもちゃになってもらうよ。」

そう言いながらナイフを再び出した。

すでに肉が剥き出しになってる小指にナイフを突き立て、ぐりぐりと回した。

「ぎゃああああああ!」

さっきよりも激しく苦しい痛みと、骨を削られる何とも言えない感覚が俺の体全体に駆け巡った。体に異物が無理矢理入ってくる気持ちの悪い感覚はさらに痛みを増幅させた。

情けないことに、というかこれは仕方ないことだと思う。あまりの痛みに俺は失禁してしまった。指先からドロドロと滴る血と尿が混ざり気持ちの悪い匂いが部屋に蔓延する。

「汚いな。」

キサラギはナイフを抜いた。

「ごめんね。僕はなかなかおもちゃの扱いが下手らしくてね。中国で色々教えてもらったんだけど拷問は上手くできないんだ。」

そう言いながらまたナイフをしまい、右腕を大きく振り上げて、それを俺の顔へとぶち当てた。

遠心力と体重の乗ったそのパンチは俺の鼻にモロに当たり椅子ごと俺はぶっ倒れた。

「ゲホッゴホッ」

反射的に涙が出て鼻の奥がツンとする。血の匂いと鈍い痛みがさらに俺を襲ってくる。

すでに俺の体はボロボロでいつ死んでもおかしくない状態だと思っていた。

「まだまだ死ねると思わないでね。これからが本番だよ。じゃあ一回用意してくるから。」

そう言いながら俺の椅子を起こした。見た目ではわからなかったが俺の重さがかかっている椅子を軽々しく元に戻すのを見る限り筋肉はかなりあるらしい。

「ゲホッ…」

何を用意するんだ。痛みによって覚醒させられたら俺の頭はもう気を失うことすら許さない。

「大人しくしといてね。」

そういいキサラギは部屋から出て行った。

いや無理だ。もう逃げなきゃだめだ。巨大ロボットの初号機に乗る予定のパイロットもこれは逃げなきゃダメって絶対に言うだろう。

ここでぼーっとして大人しくしたがってたら多分というか絶対死ぬ。とりあえず逃げてそこからは後で考えよう。

全身全霊で俺は暴れた。

しかし、どれだけ暴れてもガチャガチャと音が鳴り響くだけだった。

逃げられない。無理だ。俺は死ぬんだ。

今までの中で一番死を怖く感じた。というより死ぬまでのプロセスが怖い。


ガチャ

「おお、お利口にしてたんだね。じゃあ引き続き頑張ろうか。」

キサラギが帰ってきてそう言った。

そしてなにかの液体が入った注射器を取り出した。

「何を、するんですか。」

俺はもうこの男に恐怖心を抱いていた。たった数回の拷問だったが俺の心を潰すには十分だった。

「こんなに血が出てしまってかわいそうじゃないか。僕は誰かを助けてあげたくて科学者になったんだっていったよね。

この中の液体は体の再生能力を上昇させるものなんだ。」

そういい液体を俺に注入した。

体が熱くなる。まるで燃えそうな勢いで体の熱が上がる。


「ハアハア…」

やっと熱さが収まってきた頃だろうか。一番熱を帯びていた指先を見る。


「傷が…治ってる。」

傷が治っていた。爪もきっちりある。

「よかったね。これで何回もずっとずっと楽しめるよ。」

ニコッと笑いながらそう言ってくるキサラギにより、自分がさらなる絶望の淵に立たされたことを悟った俺はもう我慢できなくなっていた。

「嫌だ!誰か助けて!もう嫌だ!」

悲痛な叫び声とガチャガチャとうるさい金属音が部屋に響く。

「うるさいよ。」

そう言いながら中指の爪と肉の間にナイフをねじ込み一気にスライドさせた。

「ああああああああっ!」

さらにガチャガチャとうるさく響く金属音は俺の痛みに対する語彙を代弁するかのようだ。

さっきの小指とは違い上手くいかなかったのか半分くらい爪が残った。

「まだまだ僕と一緒にたくさん遊ぼうね。」

そう言ってケタケタと笑い出すキサラギは悪魔そのものだった。

そしてその笑い声にコーラスするかの如く俺はまだ叫んでいた。

「ねえ!次は何しようか?指を全部潰す?それとも肋骨でも抜き取ってみる?」

ケラケラ笑いながらキサラギはそう言い放つ。

そうしてどこから出したのかハンマーを持っていた。

「嫌だ!やめて!やめろ!やめてください!」

涙も鼻水も唾液も垂れ流しながら叫んだ。

恥も何も考えられない。

まだ始まってからきっと30分も経っていない。なのにもう俺の精神はボロボロだ。

「じゃあ…こっちが先だ!」

そういいキサラギはナイフを出して俺の指の爪を剥いだ。

「がああああああッ!」

まるで指がもげるようなあの激痛がまた俺を襲う。

そしてそれに苦しむ余裕もなくキサラギはその指にハンマーを振り下ろした。


グチュと何かが潰れた後、砕けた音が混じったような音が明確に聞こえた。

「ぎゃああああああああ!」

無理矢理潰された指は肉がモロで出ていたのも相まって燃えるような、金属の冷たさもあって意味のわからない感覚に陥った。

ただ明確なのは今まで感じたことのないような激痛だった。

「面白いねえ!さあ!まだまだ始まったばかりだ!盛り上がっていこう!」


そう言ったキサラギは俺を簡単には殺さなかった。


体感時間で数十日にも感じるほど長く苦しい拷問が続いた。

酸を注入されたり、指を切り落とされ食わされたり、骨を抜かれたり、針を食わされたり、目にタバコを押し付けられたり。

言葉にすることも、思い出すことも嫌なトラウマを何個も何個も…

言葉として話すことが難しいほどの多くの痛みに襲われた。

一番最後に聞こえたキサラギが言った言葉が確かなら、この拷問はほんの二日の間で行われていたらしい。

このたった二日でも、俺は十分すぎるほど苦しみ、弄ばれた。

まるで傀儡のように、キサラギの手で弄ばれていたのだ。


そして俺は意識を失った。

意識を完全に失うまで、最後まで俺が感じていたのは


恐怖心たったそれだけだった。

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