【第三章】6日

「6日か、前回より短いな。」

誰もいないが冷静な風を装う。というか何かしら話していないと本当に頭がおかしくなりそうだ。この死が後何度続くのか。まだ22日分くらいあるんだよな。考えたくもない。

憎悪も恐怖も後悔も、全て何かのモチベーションに変えるしかない。この後もおそらく何度も繰り返す時間を進み続けなければならない。

そんな中で俺への救いはただ一つ、シノだけだ。そんなシノを俺の唯一の生きる希望として考え続けるしかない。

今日は7月2日。前回のデータの復元なのだとすればもう少しすればシノがうちに来るはずだ。

ただ、もし戻った先の時間軸が初めて死んだ時だとしたらどうだ…?


俺はノートを開く。考えをまとめるためにペンを取り描き始めた。

このループの起点が前回死んだ世界線への復活なのか、それとも一番最初の時間軸が起点なのか。後数時間すればわかるが…最初の時間軸に戻っていなければいいな。


紅茶のパックをティーカップに入れ、ウォーターサーバーから熱湯を出して注ぐ。

ボブマーリーのwoman no cryを口ずさみ、気分を上げる。今日1日がいい日になれば嬉しいが。熱い紅茶をすこしだけ飲む。紅茶が通った場所が苦しいほど熱くなる。ただ、それがまた俺にとっては心地よい。

さて、シノが帰ってくるのは何時頃だったか、おそらく8時までにはくるはずだが。

時計を見る。

7:10

ぼーっとしている時ほど時間の流れは早いものだ。後50分以内に来なければ、ループは一番最初の時間軸か。

カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされながらまた紅茶を飲む。静かな空間でこれはまるで優雅な貴族のようだな、とか考えて少しワクワクしている自分がいた。

これはソワソワしている感情を隠すためのものなのか、曖昧すぎてよくわからない。しかし、良いもの以外の可能性を考えたくない現状においてこれをワクワクによるものとして片付けるのが最適であるはずだ。故にワクワク感としてあえて言っておこう。


俺は一つ前の7日間において幸せを感じすぎた。その幸せからシノと恋人でないところに落とされるのはなんとも嬉しいわけもなく、考えたくもない可能性だ。ただ、思考を巡らせれば巡らせるほど、おそらくここは最初の時間軸であろうことは明らかである。

ただ、それは俺の勘違いで、俺が戻ったのは前回の7日間のうちの残り6日地点であってほしい。それに縋って俺はただ、過ごしていた。


気がつくと時刻は8時20分を回っていた。

希望はいつのまにか断たれていた。

「腹、減ったな。」

言い訳のようなものだ。現外に出てシノを探したいというのが本音である。ただ、一人にしろ素直になるのは俺にとって恥ずかしかった。


洗面台へと行き、顔を洗い歯を磨く。その間も時間が気になって、もしかしたら来るかもしれないなんて淡い期待をしていた。

歯磨きが終わり口の中のものを吐き出す。近くにある宇宙空間にいる猫がプリントされたTシャツに着替え、財布を装備し外へ出た。俺はたった今恋人を失ったんだ。


浮気をされたとか、別れたとかそんなんじゃない。俺たちの思い出はシノの脳には何一つとして残っていない。その思いに浸れるのは俺だけだ。今この世界で、付き合っていた記憶を持っているのは俺だけだ。

そう考えると別れるよりもずっと寂しい。

そうしてシトシトと降る雨の中を俺は歩いていた。周りの景色や音がぼんやりとしか聞こえないほど俺はぼーっとして、絶望していた。

いつまでもこのままじゃダメだと分かっていても、体はその状態から抜け出せずにいた。


いつものパン屋へつき、2、3個パンを買う。そこそこ高いこの店ではこの程度でも値がはる。

冷めたパンはあまり好きではない。俺は少し早足で帰った。手にほんのりと伝うパンの温もりと匂いが俺を少しだけ元気付ける。

帰りに人通りが少ない路地裏を通る。

そのとき、後ろから話しかけられた。

「あの、すみません。」

振り返るとそこには爽やかそうな眼鏡をかけたいわゆるインテリ系の男が立っていた。

「はい。どうかなさいましたか?」

すると男は言いづらそうにこう切り出してきた。

「実は私、科学者をやっているものでして、その、今新しい実験をしているんですが…一人では出来なさそうでアシスタントを一般人の中から探していて…」

どうやら科学者らしい。しかしなぜアシスタントを一般人から探す必要があるのだろうか。

「よろしければ、やっていただけませんか?」

それで俺を選ぶ理由もわからない。ただ、何に縋るのもこの気持ちの整理になるかもしれない。

「構いませんよ。」

「本当ですか!それではあちらに止めてある車の方に乗っていただいて、早速研究室までご一緒お願いします!」

男は嬉しそうにしながらそういった。


そして車に乗り込んだ。

少し高そうな車の中ではジャズのような音楽がかけられており、リラックスできる空間となっていた。

「手に持ってるのはパンですか?」

「はい。」

「いい匂いしますねえ。冷めないうちに食べちゃった方がいいかもですね!なのでご自由にご飲食してください。」

それに科学者なら俺のこのループについても少し聞いてみればわかるかもしれない。

「あの、素朴な疑問なんですが時間って戻れるんですかね。」

運転しながら科学者は答えた。

「理論上不可能ですが、きっといつかできる日はくるんじゃないでしょうか。」

そう言われ黙り込んで考えてしまった俺のせいで車内にジャズだけが響く空間となり、おそらく気まずい空気になっていたのだろう。科学者が自己紹介を始めた。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は如月悠二。よろしくおねがいします。」

「俺は犬塚龍馬です。」

キサラギはその後も色々話してくれた。子供の頃から科学者になりたくて頑張っていたこと、いくつかの発明品が既にできていること、立派で優れた科学者になり、誰かのために何かをしたいということ。

俺はやはりキサラギの人の良さに感心してしまった。子供の頃から憧れていた職業につき、誰かのために何かをしたいだなんて。


そうこうしているうちにキサラギの研究所に着いた。白くて清潔感のあるまさしく研究室のような場所だ。周りには木々が生い茂っており、話を聞くことに夢中になっていた俺にはここまでの道がわからなかった。しかし帰りたくなれば送ると言ってくれたキサラギに俺は絶対的な安心感を持っていた。


そんな考えでいっぱいになっていると

「次は如月駅です。」

電車のアナウンスのようにキサラギが後ろからそう言う。唐突なそれにおどろいて振り返ろうとした。

その瞬間頭がぐわんとぶっ飛ぶかなような衝撃に襲われた。

と言うよりか実際にぶっ飛ばされていた。

何かを持っているキサラギがこちらへと近づいてくる。

俺の目の前でしゃがみ込んで顔をニヤニヤと覗き込んできた。

何が起きたのかわからない。思考を廻らせようにも頭の中でノイズが鳴り止まない。

だんだんと狭まる視界と意識。そんな中、キサラギが言った言葉を最後に俺の意識は闇へと誘われた。



「こんな所には誰も来れやしない。

そうだろ?だってまるで異世界だから。」

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