夢と知らせば

目が冷めたのはほんの日常に等しい日だった。

いや、普通の日常であるに違いない。目が冷めて最初にサイドテーブルを見る。見たことのないものがいくつか散らかっていた。

6:00 7月9日

また時間が戻ったのか?

いいや、違う。猛烈な違和感の正体はその日付だった。

抜け出せた?今までのは夢だったのか?あのリアリティに満ちた光景が夢だった?信じられない。

サイドテーブルから窓へと視界を移す。外はいつもとは違うよくわからない景色。ただそれに違和感は感じなかった。

「龍馬はん、いつまで寝てはるん?」

バッと隣を見る。

「いつから居たんだ。」

そこにはシノの姿があった。やっと抜け出せたこの地獄。夢にまで見た自由。それをシノと過ごせるというのか。

にこやかにこっちを見ているシノは俺の今までの苦労を労ってくれた気がする。


その時急に天井が崩れ始めた。

ボロボロと崩れていく天井の隙間から外が見えた。そこから見えた景色が視界いっぱいに広がる。

一瞬の隙きの間に目の前に見えたのは海だった。一歩前へと進む。家だった場所から草原へと移った。チクチクとした感覚が足の裏に伝う。

「龍馬はん。はよおいで。」

いつの間にか先の方にいるのか、だいぶ遠くから声が聞こえる。

ゆっくりと一歩一歩進む。

こういうのはきっと三人称視点とでも言うんだろう。俺は声のした方へと進む。進み続ける。しかしなかなか進んでいる感覚はなかった。

ただ、聞こえるさざなみの音と澄んだ青空は俺の進みたい気持ちをひたすらに駆り立てた。

進んでいるうちにいつの間にか周辺は真っ黒な景色となっていた。ベンタブラックと表現するのが正しいいほどの暗闇だった。

進んでいるといつの間にか目の前にあの店が見えた。何かに導かれるように中へと入ると一瞬の閃光の後に砂浜へとついた。

そこから見えた海の水はまるで宇宙のように神秘的だった。黒いインクの中にいくつも輝く宝石が散りばめられているような。ただそのインクは多少透明度もあるらしく、それがまたその美しさを引き立てる。

ふと上を見上げると綺麗な月が出ていた。水面にもそれが反射しているらしくまさしく宇宙そのものだった。

「なあ、龍馬はん。きれいやな。」

横を見る。そこにはシノの姿があった。

ザッパーン

波の音がした数秒後俺たちは波に飲み込まれた。

その後突如放り出されたベンタブラックの空間で俺は何も考えることなくぼーっとしていた。

そうして何時間か経った頃、突如眩しい世界へとまたしても放り出された。

ムクリと起き上がった俺は目をこする。サイドテーブルを見る。

6:00 7月2日

目を疑った。なぜ、8日ではないんだ?

俺はあの地獄を乗り越えたはずじゃ…


ああ、そうだったか

すぐにわかった。あれは夢だったわけだ。あまりの酷さに夢の中だけでもいい世界を見ていたかったという欲望が暴発したのだろう。


かの小野小町はこのような句を読んだらしい。

『思ひつつぬればや人の見えつらん 夢と知りせばさめざらましを』

その人を思いながら寝たから夢に出てきたのだろう。夢と知っていたら目覚めなかったのに。という内容だ。

俺にとってはその人を思うだけでなく、自由をも求めていたからそれが夢に出てきていたのだろうか。


なんて最悪な現実だ。俺はこんな世界を生きたくない。

ああ、夢と知りせばさめざらましを。

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