【第二章】7日

死後の世界とやらは存在している。ソースは俺だ。

今の俺はそれを証明できる。


「死後の世界ってやつもこのクソみたいな現実そっくりか。ほんと産まれてきたことを後悔したくなる。」



そう。俺はまた目が覚めた。

ただ、前と違うことが一つだけあるる。

「ただ、さっきの現実よりかはマシだな。」

それは目覚めた世界が普通の日常を模しているということだ。そして、俺の部屋のような場所…というか俺の部屋そっくりな場所で目が覚めた。

きっと生きていた世界が死後の世界でも再現される?どちらにせよ最低最悪な気分だが、死んだ時よりは断然いい。

目が覚めた時の癖で俺はサイドテーブルの時計を見た。

06:00 7月1日


ああ、もうそんな時期か。7月の1週目がはじま…


なにかおかしい。非常に大きくて拭いきれない違和感がさにはあった。

俺は前にもこんなことを言った…というか似たようなことを…

そんな俺の思考を遮るように


「吉田〜吉田達郎に清き一票を〜」

選挙カーだ。なぜこう、何度も選挙をするんだ。つい最近も…


最近…?選挙ってこんな短期間で何度もやるものか?

というか俺が死んだのは確か…7月8日…

もしや死後の世界は数日前がターニングポイントとなっていてそこから繰り広げられる?


あまりにめちゃくちゃな理論だが、俺は死後の世界について何も知らないし、それ以上にめちゃくちゃに混乱していた俺の頭には十分すぎる正論に見えた。


腹が減った。パン屋にでも行くか。そう思い、財布があるはずの机を見た。

ただ、そこには俺の頭では納得した理論を全てぶっ壊すくらいに違和感のある、いや。存在していることがおかしいものがあった。


ノートとペンだ。

俺はそれをマジマジと見た。全ては1週間前にリセットされ、世界が再開されたと言ってもいい。

ならなぜ、1週間前にはなかったはずのそれがここにあるんだ?


そして、ふとページを捲る。

そこには何かが書いてあった。

『7月7日

今日から日記を書いていきます。

今日は記念すべき日記の1日目だし、リョウマさんのことについてでも書こうかな。

このノートもリョウマさんにいただいたものです。七夕のお祈りは叶うのを待つんじゃなくて無理矢理するのが叶えるコツなのかもしれないですね。

今日はリョウマさんのお家に泊まる予定です。

何か追加で書きたいことがあったら書きます。

追記)起きたらもうすっかり空は橙色になってた。綺麗な夕焼けが私の今の気持ちをさらに増幅させてくれます。

今日のお夕飯はリョウマさんが寝ている間にカレーでも作ります。美味しく食べてくれるかな。』


無論、自分でこんなものを書くわけがない。そして俺はこいつをシノにあげたはずだ。

となると…死ぬ前に書いたものが死後も引き継がれている…?

他のものの時間は戻っているのにこのノートだけ時間がそのまま…


ふう


ため息をつき、頭を休めるために窓の外を見る。綺麗な朝焼けだ。快晴、ではないが程よくまばらな雲が朝焼けの美しさを加速させる。


ここまでの長考、深考の中で引っかかったのが存在しないはずのノートだ

こいつは…あの店しかないだろう。この謎も、死後の世界での違和感も、あの店がきっと関係している。解明するためには、あの店へ行ってみるしかない。

「死んでるし服装とか気にしなくていいよな。」

今まで恥ずかしくて着ていなかった猫がサングラスをつけているTシャツをパッと着て顔を洗って家を出た。


もう訳がわからない。仮説はノートだけで否定に近い形でねじ伏せられている。混乱しすぎてどうにかなりそうだ。

どういうことなんだ。というかお腹減ったな。財布持ってきて…ねえわ。後でまた買いに行くか。

こんなことを考えていなきゃ今にも頭がオーバーヒートして狂いそうだった。


そうして、店へ着いた。正確には店があったはずの場所へ。

なぜだ?なぜ無いんだ。

そしてふとよぎる過去の記憶


「本当に時間を必要としている人にしか見えない。」


どういうことなんだよ。意味がわからねえ。

「あら、龍馬はん。朝っぱらからこんなところで何してはるん?」

聞き馴染みのある声。

「信乃…」

ここで俺は酸っぱいものが食道をつたい上ってくるのを感じた。

そのまま体に任せて俺は吐いた。

「ど、どないしたん!?いきなり吐いて、体調でも悪いん?」

違う。安堵や疲労、混乱が一気にピークを超えた。

そして何より、思い出してしまった。あの時のこと。あの時に見た肉片を。

「すまねえ、あの日のことを思い出しちまって。」

「あの日のこと?何かあったん?」

とぼけているのか?それとも、覚えていない?

「俺らが死んだ日のことを…」

こう言えばシノはきっと「なんや過去のことを、今うちらはあるんやからまた一緒に楽しみましょや。」とでも言ってくれると思っていた。

「何いってはるん?死んでなんかあらへんから今うちら生きてるんやろ?」


ここで俺の意識は途切れた。混乱、疲労、それ故に文字通り脳が処理落ちしたのだろう。

本当に一体、どういうことなんだ?



次に目が覚めた時、最初に目に入ったのは見慣れた天井だった。

「は〜いい匂いする。というか龍馬はんのお部屋にうちは今実質一人…あれは洋服棚やんな、漁るしかあらへんよな!」

「何してるんだ。」

「あら、目覚めはったん?お体はもう大丈夫そ?一応お口ゆすいでおいでな。」

さっきのことはなかったかのように淡々と話し始める。こんなに切り替えの早いシノは将来があれば有望な女優になれただろう。

「口をゆすぐのは二の次だ。まずは聞きたいことがある。お前は何を覚えてる?」

「へ?えーと昨日の晩ごはんと今日の朝ごはんと〜あとは…」

「そうじゃない。死ぬ前のことだ。俺らが死ぬ前のことで何を覚えている?」

「んーと、うちら死んでへんから今話してるわけやろ?龍馬はんさ、きっと疲れてるんよ。ゆっくり休んで頭スッキリさせや?」

「とぼけないでくれ。」

こいつの言い方に嘘っぽさは感じなかった。どこか本当に覚えていない、というか意味がわからないという顔をしていた。だが、意味がわからないのは俺もだ。何かに共感して欲しかった。

「…本当に覚えていないのか。あの日、7月8日のことだ。ジャックされたテレビも、爆弾も、そして死んだ俺らの無惨な姿も。」

「そういうお話?うちはかわいい御伽噺しか好きとちゃうから…それに今日はまだ7月1日やで?」

「なんで覚えていないんだ!」

声を荒げてしまった。シノは一瞬おどけた後に困った顔をしてこう言った。

「うーん、ほな友達にも確認してみるわ。」

そう言いスマホをいじり耳へと当てた。


「もしもし美離ちゃん?ちょっと聞きたいことがあんねんけど、うちらって死んではったっけ?」


「ちゃうねん。哲学的な話と違くてな、なんとなーくどことなーく気になっただけなんよ。」


「せやよな〜朝っぱらからありがとうな〜また一緒に遊びましょね〜」


「やっぱりうちら死んでへんってよ?」

俺の頭がおかしくなったのか?妄想だったのか?


いや、俺には一つ確かな証拠がある。

「これを見ても、思い出さないか?」

ノートを見せた。あいつの日記が書いてあるそのノートを。

「あら、うちこんなノート見たことあらへんで?でもこの字はうちのものやけど…持ってもへんの二こんなの書くわけあらへんし…」

本当に、とぼけているわけではなさそうだ。

「ほうほう、これって未来日記か何かなん?」

「いや違…くわない。俺らが死ぬ前に信乃が書いたと思う日記だ。本当にわからないか?」

「わからへんな…」

「そうか、じゃあ口をゆすいでくる。答えてくれてありがとう。」


まだフラつく足と冴えない頭で洗面台まで行った。

顔を洗い、口をゆすぎ考え直す。


ここは死後の世界なのか?というか本当に俺は死んだのか?精神異常なのだろうか?

それともあれか、人が死んだ日が各々の意識で違うとかいう、なんと言ったっけな…マンデラエフェクトだ。そいつが俺にだけ起きているのか?


まともなことは考えられなかった。ただ、俺はまたこの7月1日を体験するらしい。


「おかえり龍馬はん。」

「ああ、さっきはすまなかった。」

「全然問題ないで〜」

ニコッと笑ってくれるシノに俺は心底救われた。

「…明日暇なら今日泊まっていってくれないか。考えてることが一人だと整理しきれなくて。」

「もちろんや!でも寝間着とか持ってへんで?」

「それは俺のを貸すから。」

「わかった!」

こうしてまた泊まってもらうことになった。

シノはワクワクしてるのかどこか嬉しそうだ。

「申し訳ないが少しだけ寝てもいいか?」

「朝早いしさっき吐いたし、それに疲れてはるやろ?ゆっくりおやすみや。」

目を瞑った。

そして俺は考える。ここが死後の世界にしろ時間が戻ってはいる。ただ、俺以外誰も死んだことを覚えていない。何かのバグか?

もしくは死んでいない?ただ、あれが夢だとしたらあまりにも明晰すぎる。思い出すだけで吐くほどのものを夢だと信じられるわけがないだろう。

あれは現実だ。俺はまた7月1日からの7日を過ごすことになるのだろうか。

「なあ、信乃。天気予報を見てくれ。」

「わかったわ。でもいきなりなんでなん?」

「そこに書いてある内容は今日の昼に全て変わる。明日、つまり今週の日曜から来週の今日まで全部晴れになるはずだ。今の予報が書き換えられて。もし、この死後の世界が生前の一週間を模しているのなら。」

1週間全ての天気予報が修正されたのだ。そんなものを忘れられるわけがない。

「ほんまに?じゃあお昼に見てみるわ。」

「おやすみ。」


眠りにつくのは早かった。夢の中で俺は奇妙なものを見た。あの日の光景。死にゆく皆の姿。肉片になるシノ。そしてその後、体が圧迫されるような、そうだな。例えるなら高層ビルのエレベーターの中のような。圧力がかかる感覚があって、7月1日に戻った。

「時間が戻ってる。」

夢の中で誰かがそう言った。そいつを見ると少し靄がかかっているような、誰だかわからない。



そして目が覚めた。俺は一つ、間違えていたのかもしれない。

確かに俺は死んだ。ただ、もしかしたらここは死後の世界ではないのかもしれない。夢の中の話を真に受けるなんて馬鹿馬鹿しいし、その内容もおかしいものだが、それが今、一番の正論なのかもしれない。

「信乃。」

呼びかけるが返事はない。耳を済ませるとリビングからテレビの音が聞こえる。

ギョッとした俺はバッとサイドテーブルを見る。

13時20分 7月1日

よかった、8日ではない。

リビングへと向かうとシノはいた。

「おはよう。」

「あら、お目覚め?ゆっくりできた?」

「ああ。おかげさまで。天気予報は見たか?」

「今から見るわ。ちょっと待ってな…」

スマホをいじるシノ。そしてその顔に驚きが表れる。

「ほんまや…全部龍馬はんの言う通り変わってはる…」

「信乃、もう一度聞くが俺らが死んだこと覚えているか?」

頭を左右に振るシノ。覚えていないらしい。ならここを死後の世界ではなくこう仮定してみよう。


7日もの時間が戻った現実の世界である、と。

そしてあの時言われた時間…28日と129680秒。これは戻る時間なのだと。

所詮仮説に過ぎず、証明することは不可能だ。

だが、もしそうならば俺は何かを変えられるかもしれない。

シノだけでも救うことができるかもしれない。

ならばその可能性に賭けるしかないだろう。

そして俺は口を開いた。

「信乃。俺たち人類は7月8日に全員死ぬかもしれない。理由は説明できないし、話せるものも俺の仮説に過ぎないが。」

「冗談はよしてや龍馬はん。」

「冗談なんかじゃない。俺はお前が好きだ。だから、この悲劇からお前を救いたい。頭のおかしいやつの戯言として聞き流してもいい。それに本当に起こるかというのも、高確率だが可能性でしかない。俺の愛したお前をもう死なせたくないんだ。」

「…へ?」

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