夢か現か
今日はまた学校から早退した。
かつてエリートだと自負していた自分が見たら大泣きするレベルで落ちぶれたら高校生になった俺は高校2年目にして何もかも嫌になってしまった。
それは水もやらず枯れたエーデルワイス
なんて言い回しは結構俺に合うと思ってる。美しく咲けるポテンシャルはあったのに自らの可能性に溺れて何もかも怠ってきた。自分に水をやることすら。
そして俺はなにもできなくなった。もう何にもついて行くことすら、いやついていく権利もない。
「帰った。」
こう言っても無表情な家にこだますらしない。親父も母さんも早いうちに死にやがった。兄弟もいねえ俺はただ一人で暮らしている。母さんの方のおばさん達は学費や生活費を送ってくれる。
俺を匿うくらいならそうしたいってことなんだと思う。
毎度の如くすげえ寂しいななんて思いながら部屋に行き昔買ったCDをひたすら流す。
どれも面白みがあるわけではないが、それを流しつつ読む本は寂しさを忘れさせてくれる気がする。
また一冊読み終わった。というかまた読んだ。
こいつらももういらねえかな。
ただただ何もかも嫌だ。そうだな、死ぬ方がマシって言葉はこのためにあるのだろう。
本をでかい袋に入れて重たい腰をあげて
ドアを開ける。
西日が目に刺さる。もう夕方になりかけてるのか。
夕暮れ時なのになんとなく暑いのはこのクソみてえな夏の特徴だと思う。四季とかなくなって全部秋になれば過ごしやすいのに。てかなんで四季なんてあんだよ。とかくだらないことを考えていると行きつけの近場の古本屋に着いた。
ここの店主の爺さんとかは中々本の趣味が似たもの同士で、初めて本を大量に購入した時、レジを通した本のことで話が弾んだ。
それ以来幾度となく通っていたが、まあそいつも今日までだ。
レジにそいつらを置くと爺さんは少し眉を顰めた。
「どういう風の吹き回しだ?」
そりゃそうだ。こいつらは俺が何度読んでも飽きなかったくらいの良作どもだ。
そしてこの爺さんも俺と同じことを思っただろう。
「本は俺の人生をどうにかしてくれる訳じゃないですから。」
なんて言ってみると爺さんは一瞬目を見開いて何かを察した。
「何があった。」
小さい声でかろうじて聞き取れるような滑舌だ。
「もう疲れたんで。俺の代わりに読んでください。」
「お前、少し考える時間を作ったらどうだ。」
「んなものもういらないですよ。」
爺さんは急にマジな顔になりこう言い出した。
「お前、時間を買ったらどうだ。」
この爺さんは何言ってんだ。
「ジジイの戯言とでも思ってくれて構わない。現にその顔を見る限り。そう思ってるんだろ。じゃあ少しジジイの戯言に付き合ってくれよ。」
ああ、この爺さんももうボケたのか。死ぬのが怖くて、少しでも時間が欲しくてこんなアホなこと言ってやがるんだろう。
「駅の近くに綺麗な店があるらしい。俺も聞いた話にすぎねえが。その店で時間を買えるんだとよ。詳しいことはわからねえけどな。この話を聞かせてくれた奴にもらった地図がある。持ってくるから少し待て。」
自分の好きな本について話せた爺さんがこうボケるのをみるとなんだか悲しい。もう生い先が短いという恐怖から生まれた自分の妄想を事実のように話すことでその恐怖心から逃げてるのか。
「ほら、少し汚ねえけど堪忍してくれ。」
地図はきったないが駅の近くの喫茶店の隣ってことを書いてくれてる。文字で、だ。地図は役に立たないけどまあ場所はわかる程度のものだ。
「ありがとうございます。今までお世話になりました。ご縁がありましたらまた話、したいです。」
「また来いよ。」
そうして店を出た。うっさい電車の音を聞いてみえてきた駅の横のパン屋。そこで夕飯となるメロンパンを買う。
ちっせえパン屋だけど味は絶品だ。
「あら、龍馬はんやない。」
またこいつの声か。
「龍馬はんもこの店よく来はるん?」
「馴れ馴れしく呼ぶな。そしてくっつくな。邪魔だ。」
こいつは姫宮信乃。多分京都らへんから転校してきた。転校生の挨拶として一番最初に言った言葉が「教室ぼろいなぁ」とかで最初からパンチの効いたやつだった。
ラブコメとかであるような「じゃあ、あいつの隣空いてるから」ってやつで俺の隣の席で生活し始めた女だ。
そこから毎日話しかけてくるしうるさいし関西的な訛りが耳障り。最近は学校をサボったり早退すると家まで来てまで話してくる。なんでこいつ俺の家知ってんだよ。本当に変なやつだ。
にしても、死にてえって時に会うなんて最悪だ。
「パン買って帰るから。邪魔すんな。」
「そういえば明日土曜日やん?お家行ってもええ?」
明日土曜なのか。時間感覚ももう適当だ。ただ、とりあえず明日来るの意味は理解しがたい。
「来んなよ気持ち悪い。」
こんなことを言いつつも、今までの学校生活で誰も相手にしなかったし、誰も相手にしてくれなかった俺からしたら、こうしてタメがしつこいくらい話しかけてくるのは嬉しい気持ちがある。
ただ、厄介なのも事実だが。
「明日うちは特に予定あらへんし、龍馬はんも暇やろ?」
「暇だろ?じゃあ行くってそれがよくわかんねえよ。本当に来んなよ。」
「いけず…」
こんな会話をしつつもメロンパンをきちんとレジに通して店を出る準備ができるくらいには近くで話しかけてきている。そんなシノを置いて店を出た。
「明日行くからなー!!」
実質耳元ってレベルで近いのにでかい声で叫ぶシノは多分犬くらいのIQしかないんだろう。
外はもう少し暗くなり始めている。そうだな。例えるならば、きれいな景色が表紙になっている小説。そう、表紙の雲みたいな、紫がかった雲だ。
好きな曲を口ずさみながら人通りの少ない道を無理やり選んで帰路へと着く。
普段通らねえ道を無理矢理選んだからか、口ずさむのに集中してたからかわかんないが、側溝に落ちてしまった。
「ッ…」
叫ぶのを我慢した。
本当は死ぬほど叫びたかった。痛いからもあるが、気に入っていた服や靴はぐちゃぐちゃになり、ほとんど唯一のズボンと言ってもいいズボンは擦れて破けた。メロンパンもドブに使って食えたもんじゃない。
人の心はすごく繊細だ。絶望して、少しでも死についてかんがえている時はこんなくだらねえことで本当に死を覚悟できる。
まじで死のう。明日死のう。
まじ決めた。ぜってえ死ぬ。
この世の憎悪を全部煮詰めたような感情が渦巻いて、その場のノリで電車に飛び込むことにした。俺以外も絶望させたいから、という幼稚な理由だ。
きったねえ格好で、やっとの思いで家に着いた。ズボンは洗わなきゃならねえ。パンツで駅に行けば多分先に捕まる。
中身は出さなきゃならねえ。小銭と、レシートと…
ただでさえ汚ねえのにもっと汚れた地図。
乾いた笑いが出てくる。行ってみてもいいかもな。爺さんがまじでボケたのも確認できる。
人って死ぬ前になれば全部どうでも良くなる。ソースは俺だ。
たしかこんなことを考えながらズボンを水洗いして干した。
なんもしてねえけど今日は疲れた。明日、俺も死の恐怖から店の幻覚をみねえためにでも寝よう。
電気を消した。
「全部壊れちまえ。世界も、誰も彼も」
ぽつりと呟いて少しの間目を瞑る。
朝だ。休みの日に限って早く目覚める。
今は…
4時か。
もういっそ早めにその店とやらを見に行って始発で死ぬか。
そうして顔だけ洗って家を出た。
服はドブズボンとシロクマがサーフィンしてるダサい服だ。
駅までは短い曲を一曲聴き終えるまでには着く。そして、喫茶店側は俺の家の方だからもっと早く着くだろう。
まだ外は青くなり始めた頃だ。でかい建物が障壁とならず遠くが見えればおそらくほんの少し朝日も登り始めてる頃だ。
歩きながらどうしてこんな店が気になるのか、爺さんの話が何故俺の中で引っかかってんのか考えた。
答えはすぐに出た。
こんな話を昔にも一回聞いたからだ。そう。そんな記憶がある。
だから少しだけ信じてるって?馬鹿らしいな。そもそもあるとしたらみんな行っている筈だ。
気が付いたら地図に書かれた場所についていた。
そして俺の予想は外れた。
小綺麗な木でできた、ロッジのような店があった。
俺からしたら反実仮想がまじで起きたようなものだ。気になるのは必然だ。
朝だし開いていない…と思ったが電気は付いているし店内の様子も外から見える。
中にはショーケースがある。おそらく何かが入っているのだろうと言う妄想に駆られるが、それはショーケースが空だという奇妙な現実から目を背けるためだ。
ためしにドアを押してみる。
開いてしまった。
店員さんがいた。普通のことだが、俺は誰もいないと思ってた。
ここって時間をくれる場所ですか?と聞く手間が省けたのは店員が先にこう言ってくれたからだ。
「珍しい。時間が欲しいお客さんですか?」
スーツ姿の女はそう言った。
くだらないおふざけも過ぎると面白くなってくる。世界が俺をからかってるのか?わからねえけどとりあえずは気になってることを聞く。
「もし、ここが時間をよこす店ならなぜ他の奴は来ないんですか。」
これで確信をつける筈だ。墓穴なりなんなり掘って嘘がバレるだろう。
「それは、この店は本当に時間を必要としてる人にしか見えないからですよ。」
思わず吹き出してしまった。女は頭の上にはてなマークみたいな具合に不思議がる。
ひとしきり笑った後、店を出ようか迷ったが、死ぬ前に少しおふざけに付き合ってやろう。なんて考えてみた。
「じゃあ、時間ください。」
「わかりました。ではあなたの人生などもろもろを照合して、何時間差し上げるか計算するのでしばらくそちらで座って待っていてください。」
そういい手でさしたのはイギリスにありそうな綺麗なソファーだ。
人生やもろもろから照合とはどういうことだ?ここはそういうファンタジーを楽しむ店なのだろうか。
周りを改めて見渡してみた。
ショーケースにはいろいろ入っている。ノート、縄跳び、ぬいぐるみ、針金。
ガラクタだらけのショーケース。入れるものにしてはだいぶ貧相だ。
そうしてソファーに座りしばらくすると背中が暖かくなってきた。何事かと思い後ろを見ると、後ろは窓だった。なるほど。だから暖かくなったのか。日の出によって暖められた背中は早くに起きた俺を眠りを誘うには十分な材料だった。
うとうとしていると
「犬塚さん。お待たせしました。」
そう呼ばれた。確かにそう呼ばれた。名前を言った覚えはない。ただ、それを当たり前かの如く受け止めることができるような、不思議さがこの店には最初からあった。
「計算した結果、お時間は28日と129680秒ですね。」
「思ったより多いんですね。」
思ったより多かった。
そしてなんとか秒ってどんくらいだ?
「さて、この店に来るお客様にはショーケースの中身を差し上げてるんですが、何が欲しいですか?」
あれを客にあげてたのか。てか全部いらねえな。
悩んだ挙句、どれにしようかなで決めることにした。
どれにしようかな…
「じゃあ、ノートでお願いします。」
「かしこまりました。あ、ペンもおつけしますね。」
少し親切だな。すごくいらないが。とりあえずもらってその辺に置いとくか。
「あ、この店に来る人は大抵死のうとしてますしあなたもおそらくそうでしょう
?もし死ぬ予定でしたら明日まで待ってみてください。あなたの人生を…はい。あなたの人生を見た限り、明日死ぬらしいので。」
ズバズバ言いやがるな。
「え、明日死ぬんですか。」
「はい。なので1日生きてみてもいいのではないでしょうか。」
「ああ、はい。わかりました。では失礼します。」
「では、さようなら。」
そうして俺はペンと本を持って店を出た。外はすっかり明るくなっていた。
なんか夢みたいな意味の分からいない時間だったな。
夢か現か、ふと振り返るとその店は
無くなっていた。
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