Special Episode 1-1 ライバルはお母さん!?
さて、将太郎と瑠理香が同棲を始めて半年も経たないなかやってきた元日。初詣を終えた彼女は満面の笑みを浮かべて将太郎と自宅へ帰ってきた。
「おみくじ、大吉出てよかったです」
「そうだね。今朝投稿したカバー動画も伸びていたし、良いスタートを切れたんじゃないかな」
メジャーデビューを今年の下半期に予定している彼女はそれまでなるべく多くの方に名前を覚えてもらうため、スカウト時より既に活動していた歌い手としての活動により力を入れている。
数千万と視聴回数が跳ねることはないが安定して百万越えを達成できるほどには人気を博しており、現役高校生という要素も相まってその歌唱力の高さにさらなる成長を期待する声も多い。
そこに目をつけた所属予定の事務所社長がスカウトしてデビューするまでの間、担当マネージャーである将太郎との同棲を方針として命じられている。
元々都内出身ではない彼女は憧れもあり、迷いなくその提案を飲んだ。
「そういえば、さっき大吉だって喜んでるときに近くを通った人に可愛らしいカップルねって言われてたんですけど、そんな風に見えるのかな? 八倉さんと私って歳離れてるのに」
「どうだろうね。瑠理香さんが若いからそこだけ見て言ったと思うよ。今日の為にお母さんから送られてきたその服も似合ってて可愛いし、なおのことはしゃぐ学生って感じに見えたんじゃないかな」
母親としては着物を着せて彼に写真を撮ってもらう予定であったが瑠理香がいちいち着付けるのが面倒くさいから嫌だと事前に断っていたため、せめてこういう日なのだから普段着ではなく大人らしい服装をしなさいと送った。
仕方ないと思いつつ彼女はそれを一式着用している。
「あんまりそういうふうに面と向かって言われると恥ずかしいかもです……」
「そういうところもなんじゃない。初々しいっていうか」
愛らしい顔を持ちながら歌に集中してほしい、そこで評価してほしいと全く見せていない彼女は恋愛に触れてくる場面も殆どなく、素直な反応で頬を赤らめた。
六歳も離れているためお隣に住むお兄ちゃんというような感覚であった将太郎と共に過ごしていくうちに細かな気遣いを感じられて、このとき既に頼れる人間性に好意を抱き始めている。
家族と離れる前までは引っ越して楽しい都会の生活が始まると思っていた彼女であったが、いざ来てみればこれまで経験のしたことがない疎外感があり、その気持ちを察した将太郎はどうすればよいものかと事務所にて社長に頼み母親の連絡先を教えてもらい、よく知る方からアドバイスをお聞きしたいと幾度もやり取りをして無事に彼女の心に充実感を与えられたことが何より互いの絆を深めているのだろう。
とにかく瑠理香はこれ以上話しているとさらに追い詰められそうで部屋着に着替えてくると言って自室へと足早に向かった。
それに伴い彼もまたせっかくの休みにこんな服装でいるのも嫌だと着替えることにした。
両者とも部屋着になったのち、リビングにてこたつでゆったり座りながらテレビをつける。早くもいつもと変わらないゆるい日常の始まりだ。
「そういえばさっき確認したけど、お母さん今日いらっしゃるんだってね」
「はっ?」
あまりの驚きに声が上ずってしまった瑠理香。全くそんな話自分の耳には届いていないとすぐにスマホを手に取りLINEを確認しても、今朝あけましておめでとうと送り合ったのが最後でその前も年末の挨拶と他愛ない話しかしていない。
頭が混乱している彼女は隣でほらと言って見せてきた彼の画面を見つめた。
「いつも瑠理香がお世話になっています。もしよろしければ一度将太郎さんが住んでいらっしゃる御自宅にお邪魔させてもらいたいのだけど、社長さんにお願いできないかしら?」
「わかりました。今ちょうど事務所にいるのですぐに聞いてきますね」
「ありがとうございます」
その後に承諾を得た旨の連絡が彼からなされている。
そもそもこれまで二人がどのようなやりとりをしていたのかも知らない彼女は、それ以前の頻繁にやり取りが繰り返されている箇所も気になって仕方ない。大抵が仕事など関係のない日常会話なことも気がかりだ。
若くして瑠理香を産んでいる母親はまだ三十代。それに整った顔立ちをしているため、もしかして将太郎とよろしくない関係になっていてもおかしくないのではないか。馬鹿らしいがそんなことまで頭のなかに出てくるほど彼女は整理がつかず理解が追い付かない。
なにより目についたのは将太郎さんと彼のことを呼んでいること。
自分の母親だからこそ知っている親族以外への呼び名。たとえ幼児期にできた男の子の友人でさえ名前で呼ぶことはなく名字にくん付けだった。当時の瑠理香でも違和感があってよく覚えている。
優しく綺麗な点からそれでも好かれていたがいつ振り返ってもおかしいなという思いがあり、ある日聞いてみたことがあった。
そのときの答えはお父さん以外の人を名前で呼んだことがないからというものだ。
それだけ大事にしている部分だと解釈していたからこそ、この文字にどうしても意識が向いてしまう。
「で、でも何時に来るとか日にちとか書いてないじゃないですか」
「ああ、それなら電話で直接話したよ。そしたら、仕事がお休みの間がいいですよねって気を遣ってくださって、今日のお昼前に着くよう向かいますって。
もしかして新しい曲でも録ろうとしてた?」
「いや、そんなことはないですけど……なんだか嫌な予感がするなーって」
「大丈夫だって。今日大吉出たんだから初日からそんな裏切られるようなことないよ」
全てがフラグに聞こえて仕方ない。それ以外にも将太郎と二人きりでこたつに身体を隠しながら中身のない話をして、ただただ気持ちよい時間を過ごしていたかったという願望が消え去ったことにショックを受けつつ、もうどうしようもない事態にとにかく今は対応していかなければと切り替えるしかなかった。
「あっ、そんなこと言ってたら下に着いたって。ちょっと迎えに行ってくるね」
瑠理香はそう言って明るい表情で玄関から出ていく彼の後ろ姿を見つめていた。
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