Sidestory 助演男優賞

 一月十四日。

 俺はいつものように受信機から発生する音に耳をこらしていた。どうやら今はこの機械は瑠璃香の事務所にあるみたいだ。

 さっきからオッサンの聴きたくもない鼻歌が流れてきて気持ち悪い。


「また瑠璃香のファンからグッズが届いたにしても、あまりにも多すぎやしないか。ネックレスやらブローチやら送ってくれるのは有難いけど、瑠璃香はこういうのに興味ないからな……。かといって返すっていうのも怖いし、今度こっちに来たときに写真だけ撮っておくか」


 そう、瑠璃香はまだ顔を出していない点から街中でもらったアクセサリーをつけられる訳がなく全て持って帰らない。そのことは把握済みだ。

 そんな瑠璃香が好きなのはキュート系のアイテム。それから将太郎にも使えるようなものも率先して持ち帰る。あれだけ愛していたら当然のことだろう。

 俺個人としては二人はお似合いで将太郎はできた男だから無事付き合って欲しい。そもそも外野の俺たちがとやかく言う問題でもないし。ただ、はっきり言ってこのままだったら社長に押し切られかねない。

 将太郎に頑張ってもらうしかないのか……。


「おっ、今日もあるじゃないか」


 音がさっきより綺麗になった。つまり今社長が手に持っているのは俺が送った瑠璃香向きではないオルゴールだ。でも今、今日もって言ったような。


「おーい聞こえるか」

「っ!」


 何してんだこのオッサン!


「まあ、返事なんかできるわけないか。今俺の声が聞こえているならこれから数時間の間、聞き逃さないようしっかり盗んでおけ。君が好きな二人のことを救いたいならの話だが」


 まさかバレている? しかもさっきの口振りからして随分前から気付いていたみたいだった。

 それになんだ? 今から少しの間聞き逃すなよっていうのは……なるほど、これから将太郎と話すということか。


「いいか。私からは彼らの関係を直接繋ぎ止めることはできない。誰かの手助けがなければだ。これから将太郎くんと話をする。もし君が彼に瑠璃香を任せていいと思えたならば君がすべきことを考えるんだ」


 何を言っているんだこのオッサンは。俺にできることなんて応援するぐらいしか…………いや、待てよ。ああ、そういうことかよ。この事務所ならではの方法なら付き合うまでいけるかどうかはわからないけど、今の関係性を保つことはできるかもしれないな。それにその後であれば恋愛面も発表しやすいだろうし。


「今日の形を見るからに覗きはできないようだな。音を拾いやすいようテーブルの近いところに置いてやろう」


 そりゃそっちもバレてるわな。

 いつからなんてことはもうどうでもいい。恐らくこのオッサンはこうなる可能性を見越して俺を泳がせていたんだ。

 ファンとして殆どの人間が知らない瑠璃香の素顔が見たくてやったことがこんな大事に使われるなんて本当自業自得だな。

 笑えてきた。


「八倉くんは全員の帰りを確認してから来るように」


 オッサンが将太郎を呼んでから数分してノックの音が聞こえてきた。次いで流れてくる声には震えが感じられない。

 どうやら本当に将太郎は覚悟を決めてきたみたいだ。ただ始まりからムードはオッサン優勢か。まあ将太郎にとってこいつは上司なんだから当たり前ではある。俺だってそんな理不尽が嫌で社会から逃げてきた臆病者だしな。

 人の良い将太郎なら世話になった社長さんに迷惑を掛けたくはないという気持ちがあるだろうからなかなか切り込むことはできないんじゃないか。


「僕ただ一人の問題じゃないんです」


 そうだ。これは将太郎と瑠璃香二人の問題だ。


「僕にはそんな彼女を支えられる勇気が初めはなかった。でも…………………考えが変わりました。僕と瑠璃なら乗り越えられる壁だと」


 よく言ったぞ将太郎。お前たち二人なら必ず乗り越えられる……とはいかないだろ。

 世間様は絶対に許してくれない。地獄の果てまで追いかけるのがあいつらの醜さだからだ。だから方法を変えなきゃならないってわけか。ただ将太郎が職を失うだけじゃそこに愛は認められないから。

 あー、やんなっちゃうね。


「ふざけないでください!」


 本当ふざけるなって話だよな。お前にとっても俺にとっても。

 クソみてぇな正義感出せばこの二人を救えるかもしれないだと。今現在で犯罪行為はバレていてもう逃げ場はない俺に更に罪を重ねろってか。

 確かに言葉の節々から将太郎が瑠璃香に対してどれだけの想いがあるのかは伝わったし、そのために自分の人生を殺すことさえ厭わない覚悟だった。

 それでも……。


「また今度持って帰ろうと思います。今日はちょっと……」

「そうか」


 どうやら将太郎は部屋を出ていったようだ。俺にとっちゃ想定内の結果だったが将太郎からしたらショックの方がでかいだろうな。

 さて、ここからまたオッサンとの面談が始まる。


「どうかな、君は。将太郎くんみたいにふざけるなって思ってるだろうね。でもね、もし君が今の覚悟を感じ取れたならこのあとも話を聞いてくれ」


 まあいい。最後まで付き合ってやる。


「私は君がここまでやってきた行為を全て無にしてもいいと思っている」


 えっ? 嘘だろ、このオッサン。


「彼ら二人を守るためなら私は何も躊躇する気はない。ただ一つ条件がある。それは新たな罪を得ることだ」


 だろうと思っていたからそこに関しては驚きはない。方法だって考えればいろいろある。どれをご希望かな。


「私としては瑠璃香に恐怖心を与えて将太郎くんに助けを求めるような展開がいい。明日から三日間、彼には新たな女の子と事前に会って一緒に住んでもらう予定だ。つまりはその間、瑠璃香は一人で家にいることになる。この意味、わかっているね?」


 二人がいるときであればすぐに将太郎が助けようとしてそこまでの恐怖を感じさせることはできないってことか。だからその三日間を狙えと。

 よくあんな大ニュースになった事件を抱える事務所の社長が言えたもんだ。呆れを通り越して笑えてくるよ。


「暴行はもちろんしないでくれ。それだけでも罪の重さが変わってくるからね。これは君のための注意だ。わかったね」


 もうやること前提の話かよ。

 はぁ……本当とんだやつに捕まっちまったみてぇだな。二人を守るため、ねぇ。

 まあこれぐらいのことじゃなきゃ理由を正当化なんてできないだろうな。

 運良く俺が二人の同棲先の向かいに住んでいたのも最終的にはここに導かれるためだったのかもしれねぇ。


「二人のためだと思って…………な」


 はいはいわかりましたよ。

 俺にももう逃げ道はないんだ。馬鹿らしくなにも成し遂げられないで捕まるぐらいならすこしは人の役に立てってか。

 ここは一つ買って出てやるしかねぇな。あくまで俺が一人でしたこと。そういう事実をつくりだしてやろう。




 そうして今に至る。

 準備を終えて駐車場のなかで待機中だ。

 瑠璃香がいつも一人でタクシーに乗ったときにはここまで送ってもらうようにと将太郎から言われて変えたのも熟知している。

 はぁ……これが終わったら瑠理香と俺との同棲生活もお終いか……。

 

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