Episode Final 新たな出発

 一ヶ月後、都内某所にて引越し作業に勤しむ二人の男の姿があった。


「おい将太郎、これはどの部屋に運ぶんだ?」

「リビングでお願いします。あと、それ終わったらこの大きいやつ一緒に持っていきましょう」


 業者に頼めばもっと早く済むのだろうが情報が漏れてしまう危険性を考慮して、顔を覚えられていない二人で往復しながら荷物を運搬中だ。

 管理人に許可を得てマンション内の駐車場から台車に乗せてエレベーターを使っているとはいえ、量の多さに寒い季節だろうと汗は止まらない。

 ようやくこれがラスト便となり、二人は無駄な会話をする余裕も無くなっていた。そんななか、最後に食器棚を三段に分け運び終えると同時に三台借りていた車のひとつが駐車場に入っていく。

 将太郎のスマホにも到着したという連絡が入った。


「先輩、瑠璃と社長が着いたみたいなんでもうここからは楽ですよ」

「やっとかよ……」


 休憩用に置いていた椅子に深く腰かけ汗を拭う。

 そんな先輩にお茶のペットボトルを渡し先に玄関に向かう将太郎。


 すこししてドアが開き、彼の存在に気付いた瑠璃香が抱きつこうと一歩踏み出したところで足が止まる。

 受け止め体勢にはいっていた彼はあれと首を傾げた。


「将太郎さん汗ビショビショじゃん」

「あー、ダメ?」

「んー、やっぱいいよ」


 そう言って勢いよく飛びついた彼女を抱っこする形で支える将太郎。


「こらこら、新生活にはしゃぐのはいいが君たちはもう大人なんだからすこしは落ち着きなさい」

「す、すみません社長」


 慌てて彼女をおろす彼を見て本当に任せて良かったのかとため息が漏れてしまう社長。ただ、幸せに満ちた笑顔にこれからも二人の世話をすることは増えていくだろうがいついかなる時でも味方の立場に居続け、この笑顔を絶やさないよう守っていこうと思うのだった。


 さて一方で御報告と銘打たれた配信後の世間の反応はというと、社長に加え将太郎が志願して給与の一部カットを行ったことで反論の声は少数派へと移り変わっていった。また、瑠璃香自身がその後頻繁に仮住宅から日常のツイートを行っていたことで、これまでのインフォメーションが多めだった堅い雰囲気から一変し、年相応の女性らしさが見れてファンは喜んでいた。


 その内容も楽屋やスタジオ内での光景であったり、仮住宅でのインテリアや作曲の様子だったりと写真の全てにおいて住所がバレないよう工夫されていたため、心配するような声もあまり見られなかった。


「そういえば私たちの部屋さ、一緒にしてもらった上に作業部屋まで貰っちゃって本当に良かったの?」


「部屋の内訳なんて誰も知る由もないんだし、僕も疲れたなってときに隣に瑠璃の寝顔があったら癒されるし。まあ、倦怠期が来た時には分けることも出来るからいいんじゃない」


「倦怠期ってやっぱり来るものなの?」


「必ずしもってわけじゃないだろうけど、一応考慮はしておかないとね」


 もうひとつ将太郎との同棲が継続する件について男性マネージャーであることはファンの間で周知の事実なので瑠璃香の心の支えとはいえ、もしや恋仲になっているのではと当初は不安視する者もいたが、楽しそうに会話をしながら料理をつくる彼の姿を背中から撮った動画であったり、彼女のために力をつけようと筋トレに励んでいる動画だったり、顔を見せないよう撮られたその全てに瑠璃香の笑い声が入っていることから、むしろこの二人の関係性を羨む声が出てくるほどには認められている。


 あの事件の報道直後が事務所等に対する信頼の最底辺であり、今は右肩上がりになっていることは間違いない。グッズ等の受け取りも既に廃止しており、手紙のみの対応を行っている点が新たな取り組みとして評価されている部分ではあるだろう。

 当然残念がるファンはいたが何より彼女が幸せで活動を続けてくれることが一番だと今となっては支持されていることがその証明だ。

 また、事件が実際に起きてしまったことでこれまで少しでもその正体に近付こうとしていた者たちも逃げ去り、脅威となりうる存在が激減したのは紛れもない事実である。

 これから彼らがどのような物語を紡いでいくかは分からないが、笑顔の花が枯れないことがファンの総意だろう。


 彼らもそうであると願っている。


「それじゃあ、あとのことは将太郎くんと瑠璃香に任せて私たちはお暇させてもらうよ。車も返さないといけないしね」


「いや、でも三台あるじゃないですか」


「それはほら、こいつが頑張ってくれるだろ」


「えっ、俺ですか?」


 それまでぐったりしていた先輩が顔を上げて嫌だと訴える。

 その肩にポンと手を置いた社長は二人に聞こえないよう耳打ちした。


「今日は二人の門出じゃないか。私たちがいたら気を使わせてしまうだろう。それに個室の店を予約しているんだ。そこで先月の話の続きをしようと思っているんだが……どうかな?」


 その瞬間、先程までの疲れはどこへやらすっと立ち上がる先輩。将太郎と握手して別れの言葉をかける。


「瑠璃のこと泣かせたら事務所総出で相手になってやるからな。ちゃんと幸せにしてやれよ」


「ご心配なく。それと本当にここまで協力して頂いてありがとうございました」


「まあ、可愛い後輩と事務所の宝のためならお安い御用ってところだな。じゃあ、また事務所でな」


 そうして先に一台を返すため先輩はルンルン気分でスキップしながら出ていった。二人は苦笑するしかなく、小さく手を振りながら見送る。

 それから残された社長も将太郎と固い握手を交わす。


「これまで何度言ったかも覚えてないですけど、本当にありがとうございました。社長の策がなければ今回の事件をうまく捌くことは到底出来なかったと思います」


「良いことではないが経験者だからね。あの時の反省を活かせたことで、この歳にして人としての成長を感じさせてもらったよ。

 ただし、これからは二人だけの問題というものもうまれてくるだろうから、そのときはちゃんと自分で対処するように」


「もちろんです。頂いたアドバイスを心に刻んでこれからも日々精進していきます」


 それから瑠璃香とも話す。


「将太郎と仲良くやっていくことは応援しているが羽目を外し過ぎないよう気をつけなさい」


「はい。社長もたまにはご飯食べに来てくださいね」


「ハハッ、仕事が早く終わったときにはお邪魔させてもらおうかな、なんてね。もし呼びたくなったら連絡をくれ。予定はなるべく空けられるようにするから」


 最後に彼女も感謝の言葉を述べて頭を下げた。

 玄関からエレベーターに向かう社長を見送り、その姿が見えなくなってからドアを閉める。

 まだテーブルや椅子、食器棚ぐらいしか置いていないリビングは広々と感じられ手を広げた将太郎は大きく息を吸って長く吐いた。


「気持ち新たにやっていこうか」


「最低限のものは開けていかないとね。私、全然動いてないから体力有り余ってるよ」


 全然膨らんでいない力こぶを自信満々に見せる瑠璃香。

 無理しない程度にねと彼は笑った。つられるように彼女も笑みを浮かべ腕を絡ませて手を繋ぐ。

 その温かみを感じながら将太郎は前を向く。


「さあ、今日からまた君と僕との同棲生活の始まりだ」



 Fin










 ♢あとがき♢


 初めましての方ははじめまして、ここまでご愛読頂いた皆様はこんばんは!

 木種と申します


「君と僕との同棲生活」メインストーリー最終話のため、こういった形でご挨拶させて頂くことにしました。

 まずはここまでこの作品を一度でも読んでくださった皆様に感謝の言葉を述べさせて頂きます。


 誠にありがとうございました!


 カクヨムにて活動を始めてからの初投稿作品でしたのでとにかく誰かの目に止まってくれれば良いだろうと思いここまで書き続けてきましたが、上を見ればまだまだ小さい数字ではあるもののこんなにも読んで頂けるとは······というのが正直な感想です。

 当初は短編連載として投稿を始めたものが、気が付けば中編の長さとなってしまったことは反省ですね。

 でも、それぐらい将太郎と瑠璃香の同じ目標に向かって力を合わせる姿に私自身も熱くなっていたというわけです。

 恋愛経験がなくて初心な瑠璃香とそれに振り回される将太郎の関係性は私も大好きなタイプなので書いていて凄く楽しかったなー。


 基本的に容姿について記載しなかったのは物語との親和性を高める意味でも必要だと思い、このような形となっております。皆様がどんな瑠璃香を思い描いて物語を読み進めていたのか良かったら教えてくださいね


 さて、そろそろ締めようと思いますが初めにメインストーリーの最終話と言った通り、明日からサイドストーリーを投稿する予定でございます。

 ぜひ、お楽しみに待っていてくださると嬉しいです。


 それでは締めの挨拶を。

 二度目となりますがここまでこの作品をご愛読いただき誠にありがとうございました。

 宜しければご感想等頂けると光栄です。

 では、明日またお会いしましょう〜


 木種

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