Episode 22 【御報告】この度の事件につきまして

 一月二十五日、事務所内にて配信が始まった。歌手RURIに起こった暴行未遂事件についてだ。


 多くの人間の視線を感じてしまう記者会見は今の彼女には良策ではないと判断した旨は事前に連絡され、事務所運営の元、事件の説明やその対応、今後の活動について話が進んでいく予定となっている。

 未だ画面にはしばらくお待ちくださいの文字しか映っていないにも関わらず、既に視聴者数は数十万人に達していることから世間の興味を引いていることは明らかだろう。

 席に座った瑠璃香は映像が流されるまえに将太郎と言葉を交わす。


「みんなが受け止めてくれたらいいんだけど、やっぱりこういうのって緊張しちゃうなー」

「瑠璃の声が聞きたくてここに集まってきてくれている人もいるはずだから、今は自信持っていこう」


 事務所内には邪魔が入らないよう社長と彼ら二人に機材の手伝いをしてくれている先輩の四人しかいない。

 ここらの機材は主に瑠璃香が使っているものばかりで説明等も問題なく進んだ。


「もうすぐ映像出すから将太郎は捌けてくれ」


 先輩の指示に従って彼が移動した後、五秒前とカウントが始まる。

 瑠璃香は顔バレ防止用にいつもメディア露出する際に使用するお面をつけ、社長がその隣に座り準備万端だ。

 先輩の声がなくなり、視聴者に映像が届き始めた。

 まずは社長の一礼から。


「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。まず初めに代表取締役である────」


 進行は将太郎が担当している。

 社長の挨拶が短く済まされ、瑠璃香の紹介も終え早速事件の話へと切り替えていく。


「それでは先日弊社所属タレントでありますRURIの自宅マンションにて発生した事件につきまして、改めて御報告させて頂きます」


 社長は味わいたくはないこの緊張感に一度水を飲み、言葉を間違えないよう意識して話し始めた。


「初めにご心配をお掛けしておりますファンの皆様、そして関係者様に心よりお詫び申し上げます。私の犯罪に対する警戒心の甘さが此度のような事件を生み出す隙を与えてしまったこと、大変申し訳ございません」


 チャットを確認している将太郎の目には今すぐ辞任すべきだという意見が散見された。二度目のこととあって反感を買っていることは間違いない。

 このような反応になることは当然想定済みだ。


「ここからは事件の状況について説明をさせて頂きます。弊社では現在未成年であるタレントに対しまして、担当マネージャーと共に住むというシステムを敷いておりますが、当日諸事情にて当マネージャーが現場に居なかったこと、偶然にもそのタイミングでRURI自身がタクシーを使い外に出掛けていたことを把握して頂きたく思います」


 それから犯人である男がどのようにして彼女の住所がわかったのかなど、多くは将太郎に説明したことをなぞる形で画面の先にいる人間へと事情を述べていく。

 反応としても彼と同じく偶然の重なりに対して信じられないという者もいれば、不運の連続にここまで社長を叩くようなコメントが流れていたことを踏まえて同情する者など様々だ。


 ファンとしてはそもそも事件が起きてしまったこと自体が悪なのだから、社長を責め立てたい気持ちが生まれるのは当然のこと。しかし、そのなかに同情という形で揺らぎ始めた人物がいるのもたしか。

 そこに畳み掛けるように続いて瑠璃香が話し始めた。


「ファンの皆様が私のことを心配して励ましのメッセージを多く送ってくださったこと、大変感謝しております。ひとつひとつを目にする度に傷がすこしずつ癒されるような温かみを感じました。ですが、そのなかに事務所へ酷く誹謗中傷されているものを見つけ凄く悲しくなりました。

 それも私のことを思ってのことだとは承知しておりますが、事実として私はあの日までの三年間を事務所の配慮のおかげで無事誰からも被害を受けることなく過ごせて来れました。特にマネージャーの方は多くの時間を過ごしていく内に未熟な私の心の支えとなってくださり、そういった面でも守られていたと実感しています」


 瑠璃香本人の言葉により、コメントの流れも変わっていった。

 たしかに顔がバレてはならない彼女の情報が三年間全く出回らなかった事実を賞賛するようなものが流れ始めたのだ。それはつまり、事件の犯人以外にはここまで身元を特定されずに済んでいた証拠。

 事務所側が用意したシステムが機能していた何よりの証明となる。


 そこに特定されてしまった方法の情報を踏まえると視聴者の大半は実際のところ、体制として間違えていたところはないということに気付き始めた。

 ここまでも社長の想定内。

 誰にも邪魔をされぬようネット活動をしていたRURIに馴染み深い配信を選んだのもこの為だ。

 策はまだまだ繰り出されていく。

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