Episode 18 愛の形
ポッと湯気が出るというのはこのことか。瑠理香の顔は赤く耳まで染まっている。固まってずっと将太郎の顔を見つめたままだ。
あまりにも無言が続いたことで彼も気恥ずかしさが募りとにかく何か話そうと口を動かした。
「どうかなって聞かなくてもちゃんと伝わったみたいだね」
「あ……う、うん」
まだまだ彼の顔から視線は剥がれない。
どうすればいいんだろうと頭のなかをぐるぐる回る疑問。これまでの経験測などはないとなれば参考に出来るのはドラマや漫画といった創作物ばかり。
こういうときよくすることといえば……。
えいと顔を近付けて勢いのまま彼の頬にキスをした。
驚きのあまり反応に遅れている間に彼女は背を向け布団を被るようにして目を瞑る。
そこでやっと思考が追い付いた彼は何か言葉をかけようとして留まった。なにか話してもまともな会話になんてならないだろうと思って。
ふわふわとした時間がしばらく続く。二人の息遣いだけが流れる空間はどうにも甘ったるいものだ。
その後、彼女の寝息が聞こえて彼もようやく眠りにつくことができた。お返しとして頬に軽く唇を触れさせてからだが。
翌朝、将太郎はこの一週間瑠璃香と共に行動することを命じられているため呼び出されたとき以外出勤がなく、加えて昨日の疲れもありいつにも増して寝ている。隣にはもう誰もいない。
そこに友理が入ってきた。瑠璃香が昨日のお礼も含めて朝食をつくりたいと言ったため、そろそろできあがりそうなところで起こしに来た。
「起きてくださーい」
一度声を掛けたぐらいでは今の彼は反応もしない。
友理は無理に起こすのもと思いつつ、どんな手段を使ってでも起こして良いと許可が出ているので容赦なく温もりを奪い取る。
羽毛布団がなくなったことで身を縮ませる彼はさすがに異変を感じたようで微かに瞼を開けた。
「瑠璃……もうすこし寝かせてくれないかな」
どうやら寝ぼけて姿をハッキリと認識できていないみたいだ。そのことを察した友理は面白いところが見れるかもと何も言わず手を握り体を起こさせる。
何もわかっていない彼はされるがままにベッドから降りリビングへと連れていかれた。その先にウキウキ気分で盛り付けている瑠璃香がいるとは知らずに。
「瑠璃さーん、連れてきました」
「あっ、ありが──ん?」
彼女はすぐに二人を繋いでいる手に目がいく。勝手に勘違いしているだけだがあまりにも早い心変わりに動揺を隠せていない。
黄身が割れている目玉焼きを彼のトーストの上に乗せてターナーを置くとスタスタと彼の前まで近付いた。
「あれ、どうして瑠璃が二人?」
そんな寝ぼけたことをまだ言っている彼の頬に強烈なビンタを一発。
衝撃でハッと目を覚ました彼は状況が飲み込めず頭にはてなを浮かべている。目の前にはしかめっ面の瑠璃香、すぐ隣にはクスクス笑う友理、そして確かに感じる手の温もり。そこでなんとなくだがここまでの経緯を察した彼はすぐに手を離してその場で両膝をつく。
「ごめん! 全然気づかなくて本当にごめん! 瑠璃が思っているようなことは何もないから!」
人生で初めての土下座。しっかり額を床に当てて彼女から言葉をもらえるまで動かない覚悟を持った姿はすこし惨めだ。
その後許してもらえはしたがホテルに着くまでの間不機嫌だったのは言うまでもないだろう。
そんな二人のために社長が予約しておいたホテルは広く家具も充実した部屋で、これはあくまで身を守りやすくする目的ではあるが二人部屋にしたことで瑠璃香のテンションは一転上がりっぱなしだ。
内風呂は外の景色が見えるよう鏡張りになっており、どの時期でも楽しめるようになっている。ベッドの感触も柔らかく良い寝心地であることは間違いないだろう。
その他娯楽施設も多数備わっていて一週間持て余すことなく楽しめること間違いなし。
これで昨日の傷跡も完璧に癒せるに違いない。
見るからに喜びが爆発している瑠璃香の姿を微笑ましく見守っていた彼のスマホが鳴る。どうやら相手は社長のようだ。なるべく彼女に声が聞こえぬよう一旦部屋の外に出て通話ボタンを押した。
「もしもし、八倉です」
「そろそろ着いた頃かと思ってね。どうだい彼女の様子は?」
「有難いことに空元気というわけでもなさそうです」
「それは良かった。まあ、その話はここまでにして君のことだが、明日二十時頃に事務所で話をしよう」
「わかりました。そのことは瑠璃に伝えても?」
「彼女も知る権利はあるだろう。構わんよ」
それから事情聴取の日程などの話も含めて十五分ほど話した。
部屋に戻る頃にはさすがに落ち着いた瑠璃香が座椅子に座って待っていた。
「社長からでしょ」
「まあね。明日の夜、僕は事務所に行くから帰ってくるまではこの部屋から出ないように」
「頑張ってね……」
「もちろん。絶対にこれを最後の思い出になんてさせないから。僕たち二人のために精一杯やってくるよ」
将太郎の言葉に小さく頷いた瑠璃香。そこにはこれまでとは比べものにならないほどの信頼が出来上がっていた。
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