Episode 16 閉幕の時

 外には男と社長の二人のみ。


「今回したことは反省するんだぞ。しっかり罪を償うようにな」


 抵抗できないよう縛られている男はもう笑わない。俯いて疲れたという様子だ。

 社長は廊下に置かれている紙を拾い上げ胸ポケットにしまう。高年齢のためここまで走ってきたことでもう既に体力は消耗され、喉が渇いて仕方ない。

 もうそろそろいいだろうと一度なかに声をかける。


「おい、将太郎くん。すまないが一旦見張りを変わってくれないか。私も瑠璃香の顔が見たいんだ」

「あっ、わかりました。どうぞこちらに」


 入れ替わる形で八倉は外に出る。もう気力のない男を一瞥してため息をついた。

 社長の怒った姿を見て情報を流したのは別の人間なのではと考えを改めたが結局は誰なのかわからない。たしかに会社の資料を盗み見た者がいれば社員誰にでもチャンスはあっただろう。しかし、そう考えてしまうと謎の人物の姿を捉えることができない。

 こうなったら直接目の前の男を問い詰めるのがいいだろうと話しかける。


「お前にいくつか質問がある。無駄口叩かないで答えてくれ」


 男は頷きを返した。今は協力的なようだ。


「どうやってこの場所を知った? もし誰かから教えられたのならそいつの名前も教えてくれ」

「あんたが考えてるようなことはなんもねぇよ。偶然タクシーから降りてくる瑠璃香の姿を見つけたんだ。そんときはネットで活動してたときに一回見せていた服来てたし、あんたの事務所が一緒に住む方針があるのは発表されてたからな」

「嘘じゃないな?」

「嘘なんかつかねぇよ、つっても信じらんねぇだろうけど。まあ、ほんとなんだわ」


 今は男の言う通りどの発言にも信憑性はないんだから疑っても仕方ないと彼は一旦全てを受け入れる。それに彼女が外でタクシーから降りたことを叱ったのは同棲したての頃に何度かあった。その時に見られていたのなら髪型や目元はバレていてもおかしくはない。

 事実からも矛盾する点はなく、そのまま話を続けていく。


「どうやって僕と瑠璃の名前を知った?」

「俺、向かいのマンションに住んでんだわ。ここと比べりゃクソちいせぇけどよ。だから瑠璃香があんたに連絡してるとこ聞いて名前知ったわけ」

「なるほどな。僕には気付けないわけだ」


 大人しくペラペラと話してくれる男の言葉は軽く感じるが即興でつくったとしたら現実味を帯びすぎている。

 彼は不思議と男の言っていることは真実なのだろうと思えてきた。奇妙な笑みがなければただのそこらにいるような男だ。顔に特徴的な部分はなく彼女が何度も会っていたことなんて覚えていられないだろうと。

 そこでようやくサイレンの音が聞こえてきた。

 ホッと一安心した彼は男の足の縛りを解いて逃げないよう腕を組む。

 なかにいる二人に警察が来たことと先に下に向かうことを伝えてエレベーターに乗る。

 ロビーにおりたときには管理人に話をつけ突入しようとしている警察官を見つけた。

 それから彼が事情を説明して男を引き取ってもらい、これから聴取に協力して欲しいと言われ承諾した。その前に上に被害者である彼女と所属事務所の社長がいることを報告しようとしたとき、ちょうどエレベーターが着いた音が鳴りなかから彼女が降りてきた。

 犯人である男はもう既にパトカーのなかにいて姿は見えていない。


「ああ、こちらが被害者の女の子です。瑠璃、社長は?」

「さっきまで一緒になかに入られないよう動かした家具を元に戻してたんだけど、話を聞かれるだろうからここは私に任せて先に下りてなさいって」

「そういうことか。まあ社長は一番最後に来たからあまり事情は知らないだろうしね」


 そうして数分後、寒い空気に覆われている外とは関係のない屋内の力仕事で汗を額に浮かばせた社長が事故現場の確認に行った警察と一緒におりてきた。

 その表情は笑顔で二人のよく知る社長の姿そのものだ。

 三人はその場で軽い聴取を受け、彼女は後日詳しく話を聞かせてもらうことになった。

 自宅に犯人が入ってはいなかったがそこにまた帰るというのは彼女に酷かもしれないと社長が計らい、今日は一旦友理との家で過ごすよう提案してそれから一週間ほどは近くのホテルの部屋を借りることを約束した。


「社長、いろいろありがとうございました」

「なにもそんな頭を下げないでくれ。君たちを守る人間として当たり前のことをしたまでだ。それにここからは君の番なんだから。しっかりと瑠璃香のこと頼んだよ」

「はい」

「ああ、それとこの一週間が終わったら最後の話し合いをするから会社に顔を出すようにね」

「……はい」


 社長は満足した表情で彼の返事を受け取ると警察の了承を得て事務所に帰っていった。

 残された彼らも一時的に調査を終えた後解放され、必要なものを持って見慣れた事務所の車に乗り込み友理の待つ家へと向かう。

 いつもは後部座席に座る彼女も今日は助手席を選び走行中ずっと彼の太ももに手を置いてその温かさを感じていた。

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