Episode 15 解放

 やっと自宅へ戻ってきた八倉は車を外に停めロビーの機械に鍵をさしてなかにはいる。男が使ったせいでエレベーターは上で止まったまま。待ってられないと階段を必死に駆け上がっていく。

 階が近付いていく度に男の声が大きくなってきた。目的の階層に着いたときにはハッキリと瑠璃香と名を呼んでいる声が聞こえ彼の怒りも頂点に達しかける。

 廊下の先に見えた男の姿。全身黒を基調とした服装で染めてマスクまで完璧だ。


「やめろこの野郎っ!」


 恐怖など感じていない様子で将太郎が突っ込んでくる。もちろん避ける気などない。


 彼の勢いのまま倒された男は息を漏らして相当な衝撃を受けているようだ。そのまま押さえつけられそうになりすこし抵抗の色を見せたが力はうまく入っておらずすぐに優位を取られてしまう。

 彼は周囲を見て仲間の助けが来ないことからなかで怯えている彼女に声をかけた。


「瑠璃! 僕だ、将太郎だ! 無事なら返事を頼む」


 外で騒いでいた男の様子から単独犯という情報は間違いないと確信して彼女の安否を確認しようとする。

 その声はなかで隠れている彼女にしっかりと届き、こちらもGPSアプリで本人だと確認してバリケードの前から返事をする。


「私は大丈夫! 将太郎さん、ありがとう」

「それじゃあそこでまずは警察に連絡し忘れていたなら今からでもして欲しい。それが済んだなら何か手足を縛れるようなものを持ってきてくれ」

「わかった」


 そこでようやく警察という手段を思い出した彼女はどうして最初からそうしなかったんだと反省しつつ通報する。

 外では男の顔を見てやろうとマスクを外しにかかっていたところであったが突然男が笑い声をあげ始め動きが止まった。なぜ笑うのかわからない彼は気味悪さを感じて下手に触れれば被害が出るかもしれないと伸ばしかけていた手を引っ込める。


「クックック……来てくれて良かったよ、将太郎」


 知っているはずのない自分の名前を呼ばれた将太郎は見るからに頭を悩ませている。そのせいでストレスの負荷も大きくなっていることだろう。もう少しだ。


「あのときみてぇに襲われずに済んで、本当に良かったよなぁ」


 その瞬間、男の顔近くに彼の拳が振り下ろされる。僅かな自制心でギリギリ外れてはいるが男の耳にはたしかにズドンと鳴ったように感じられた。

 眉根を寄せた顔で睨みつける彼はこれ以上我慢がきかないように見える。

 それでも男は口を閉じない。


「てめぇの大事な女が襲われそうになってるっつぅのに俺のこと殴れねぇのかよ。そんなんでこれから守れんのか? なぁ?」


 まるでこれまでのことを全て見透かされていたかのような発言に彼は再度拳を振り上げた。

 男は煽るように引き笑いをし続ける。

 一発ぐらいならと彼がグッと力を込めようとしたそのとき、廊下から聞き覚えのある声が飛んできた。


「将太郎、やめろ!」


 その声にハッとした彼は振り向く。するとそこには走ってここまで来たために肩で息をしながらこちらに近付いてくる社長の姿があった。

 右手にはスマホが握られており誰かからの連絡を受けここまで辿り着いたように見える。


「社長、来てくださったんですね」

「はぁはぁ……当たり前だ。友理くんから連絡を受けたときは何事かと思ったが君が間に合ったみたいで良かった」


 彼の元にやってきた社長は取り押さえられている男を見て一発、頬を叩いた。


「君かっ! 私の大切なタレントと社員を傷付けようとした馬鹿者は。どうやってここを特定した! 言ってみろこの野郎!」


 胸ぐらを掴んで激しく揺らす社長の姿は部下を完璧に守りきれなかった悔しさを晴らすようだ。

 彼は先程までそんな社長を疑っていたことを反省した。

 そこでようやく瑠璃香がガムテープを持ってドアをすこし開ける。まだ恐怖が拭いきれておらず犯人の姿を見ないようにして。

 彼はそれを受け取り、社長と共に男の手足を縛った。


「よし、これでひとまずは大丈夫だろう。将太郎、君は瑠璃香のところに行ってあげなさい。この男は私が見ておくから」

「……ありがとうございます」

「こちらこそだ。二人にこんな思いをさせてしまって本当に申し訳ない」

「いえ、そんなことは。それじゃあ、瑠璃の様子を見てきます」

「頼んだぞ」


 玄関先に男と社長を残して彼は家のなかへ入っていく。正直なところ社長が現れてから気が気でなかった。早く瑠璃の安全をこの目で確かめたいと。

 ドアを開けた先には不安を和らげるために将太郎の匂いがする枕を持った彼女が立っていた。

 すぐに外傷がないか確認しようとした彼だったがそんなことはお構いなしに彼女のほうから駆け寄って勢いのまま抱きつく。その存在を確かめるよう胸に顔を押し当てて彼を胸いっぱいに感じようとしている。


「ごめんね、瑠璃。怖かっただろう」

「怖かった……怖かったけど将太郎さんなら絶対助けてくれるって信じてたから」


 彼女の声は震えていた。やっとこの恐怖から解き放たれた安心感から涙が止まらない。顔が汚くなることなど気にもせずただひたすら声を上げ泣いている。

 そんな彼女を見て心が痛む。彼はギュッと強く抱きしめてその頭を優しく撫でた。もう大丈夫だと落ち着けるように、何度も何度も。

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