Episode 10 魔法の声

 同棲体験初日の夜。

 八倉は一通りの説明と友理が持ってきていた少々のグッズを飾り終え、好物だというカルボナーラを作った。

 美味しい美味しいと笑顔で食事を楽しむ友理に心温まり今は友理の趣味でもあるゲーム、なかでも対戦型格闘ゲームをしているところだ。

 皿洗いのとき横並びになると平均的な身長である彼と比べても友理はさほど変わらない。女性のなかでは高身長でスラッと伸びた脚は美しい。

 普段はコンタクトをしているが彼の、実家にいるような感覚でくつろいでくれていいという言葉で今は眼鏡に変えている。


「あー、負けたー。八倉さん強くないですか?」


 ちなみに今の敗北で九勝三敗の八倉リード。最初に十先と決めていたのでリーチだ。


「僕もこの仕事始めるまではこういうゲーム触ってたからかな。でも、友理さん手加減してくれてるでしょ」

「わかります?」

「だってこのゲームよくやってるって言ってた割には使ってるキャラクターのコンボとか技のリーチとかあんまり覚えてなさそうだったし」

「まあ、そうなんですけど……もし気を悪くさせたならごめんなさい」

「いやいや、僕にも楽しんでもらおうって思ってのことでしょ。むしろ気遣ってくれてありがとうだよ」


 相手の気持ちを考えて素直に謝れるところは良い。気遣いがすぎるというのもよくはないがこういった細かな部分が必要になるときは必ずある。


「バレちゃったわけですし、ここから本気でやってもいいですか? 八倉さん手も足も出なくなっちゃいますけど」

「いいのかなそんな大口叩いても。少しハンデを与えすぎたんじゃない。僕はもうまぐれでも一回勝てばいいんだから」

「見ててくださいよ」


 そして二十分後。

 LOSEと表示される彼の画面。あんぐりさせた口が閉じない。


「えへへ、どうです? 絶対無理だって思える状況こそ案外いけるんですよ。結局は自分次第なんですから」

「いやー、ほんと凄いね。こういうのが好きなの?」

「あんまりジャンルに拘りはないんですけど、そうですね、こういう対人系はちょっと多いかもです。お父さんがゲーマーだったので」

「なるほど、そういうわけか……そうだいいこと思い付いた。せっかくゲームが好きなんだったら配信とか動画とかはどう? デビュー前に名前や顔だけでも覚えてもらうのは大事だし」


 友理はモデルを目指しているので元々顔を出すことは問題ない。彼がいるのも安全確保が第一の理由だ。


「うーん、どうですかね。ああいう人って一般人と比べものにならないほど上手だから皆見てくれるんだと思うんですよね。正直、私はそこまでのレベルじゃないし……」

「どうだろう。最近はほどほどに上手い女の子が頑張る姿を応援したいって人も多いと思うんだ。可愛らしい顔を持っている場合が多いけど、友理さんも負けてはない。おまけにスタイルもいいときた。顔出ししながらやったらデビュー前のプレミア感も相まって視聴者さんはついてきてくれるんじゃないかな」

「そ、そこまで褒められると頑張りたいなって気になっちゃいます」

「でしょ。現にSNS上で君が使っているアカウントでゲームのことたくさん呟いているから、ゲーム好きってレッテルはもう既に貼られている。今さらやり始めても何らおかしくはないんじゃない」


 彼女の資料をまとめていたとき、このジャンルに目をつけていた彼はいろいろと調べていた。

 実際に本職がありながらゲーム配信をしている人はそれなりにいる。モデルも例外ではない。先輩方に比べたら知名度で圧倒的に劣るがフォロワーの反応はゲームの話題のときがモデル活動を始めてない今では一番良い。

 事務所の名前を使えば多少は注目度もあがる。可能性はゼロではないだろう。


「ああ、ただ動画をとるにしても配信するにしても私全く知らなくて……。八倉さんの言ってくださったみたいに配信してみたらって言われたことはあるんですけど、そのときも同じ理由で……」

「諦めちゃったのか。でも、友理さんがさっき言ってたじゃないか。結局は自分次第だって。もし本気でやるなら知り合いにその辺詳しい人がいるから紹介するよ。僕も手伝えるよう勉強するし」


 その瞬間、友理の瞳がキラキラと輝いた。


「も、もしかしてそれってRURIさんですか?」

「そうだけど、さすがに知ってくれてた?」

「当たり前ですよ! 声をかけてもらってこの事務所に入ろうって決めたのもRURIさんがいたからですもん!」

「直接言ってあげたら瑠璃も喜ぶと思うよ。それでどうなんだい?」

「……あんまりうまく話せる自信がないのでやるなら動画から始めたいなって。チャンネルの登録者さんが増えてきたら配信って形でもいいですか?」

「そこは友理さんのモチベーションが大事だから維持できるように調整していこう。ゲームだけじゃなくてプライベートの光景とか撮ってみてもいいしね」


 友理をその気にさせたところで逃がさないように追い討ちをかける。


「早速電話してみようか」


 今からですかと驚く友理をよそに彼はスマホを取り出してお気に入りに登録されている番号をタップする。

 友理にはわかりようのないものだが彼はこの二日間ずっと我慢していた。生活の一部となっていたものが突如としてなくなるのはどうしても喪失感が生まれてしまう。

 たとえ事情があり仕方ないとしてもそこに感情が乗れば乗るほど耐え難いものとなる。

 友理に彼がこの話を振ったことは本心からの勧めであることに変わりはないが、その裏には合法的に彼女と話したいという目論見があった。

 コール音はすぐにやむ。


「もしもし、どうしたの?」

「急で申し訳ないんだけど、瑠璃にお願いしたいことがあってね。明日か明後日のどこか時間空けてもらえないかな?」

「私のスケジュール把握してるでしょ。どっちも空いてるけど何の用事?」

「連絡したの見てくれてたら知ってると思うんだけど、今日から一応次の子の担当として三日間一緒にいるんだ。それでデビューまでのステップとして動画作成したいなって話になってさ」

「それでお手伝いして欲しいんだ。その子にお熱だから私のスケジュールももう忘れちゃったんだ」

「ごめんね。でも、もうちょっとだけ僕のワガママを聞いて欲しい。それに……」

「それに?」

「……この先はまた会ったときにね」

「仕方ないなー。じゃあ明後日の夕方ぐらいからどう? せっかくなら一緒にご飯も食べたいし、四時くらいで」

「わかった、ありがとう。楽しみにしてるよ」

「私も。じゃ、またね」


 通話中、相手の声が聴こえてこない友理は彼の言葉から交渉がうまく進んでいることが伝わりどんどん笑顔になっていった。それほどRURIに会うということが嬉しいわけだ。

 スマホを置いた彼との距離は縮まり、おやつを貰う犬のようにまだかまだかといつ会えるのかを待ち望んでいる。


「明後日の十六時にだってさ。ついでに夕食もどうぞって」

「やったー! ありがとうございます、八倉さん。私、絶対諦めないで頑張ります!」

「やる気があることは何よりだ。ただちゃんとそれを行動に移さないとだからね。明後日会うまでにどんなタイプの動画にしたいのかとかこういうゲームをやりたいだとか、それ以外の部分でどんな姿を見せていくのかを簡単にでいいから携帯のメモにでもまとめておくように」

「わかりました。あー、あのRURIさんに会えるってなったらすぐにでもやりたくなってきました! まずは先輩方の傾向を調べてみようと思います!」

「いいね。そうやって下調べすることは大事だと思うよ。じゃあ僕も頑張ろうかな」


 そして二人は先程まで遊んでいたゲームの電源を落として各々部屋に戻っていった。

 久しぶりに聞けた彼女の声に癒された彼も今は気力が溢れている。この三日間は友理に付きっきりで出勤することはない。

 自分がしてやれること、もし辞めなければならない状況になっても残せることは全力で取り組もうとパソコンを立ち上げる。

 それに通話を終えて彼の想いはなお強くなった。

 絶対に諦めない。彼女と共になるまでは何があっても、と。

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