Episode 9 二人の距離

 二日酔いで頭痛がやまないまま、仕事のために一度自宅へと帰ってきた八倉。


 時刻は十時。昨日夜更かししたせいで瑠璃香は目を覚まさない。

将太郎は音を極力たてぬよう慎重に部屋に入り私服を大きなスーツケースのなかに仕舞っていく。必要最低限の日用品は事務所側が初めだけ用意してくれているので荷物は少なめだ。

 最後に頭痛薬を引き出しから数個取り出して家から出た。


 ここから新たな住居予定地までは車で三十分。それにしても時間は余っている。


「なにして過ごすかな」


 こういうときの暇つぶし用具は基本持ち合わせていない。スマホにゲームアプリをいれているわけでもなし。

 今までは彼女がいることでこの時間をそもそも感じることが少なかった。

 次の子は性格が暗めと自分で書くほどだ。初めから会話に詰まったり、居心地の悪さを感じたりしてしまう可能性がある。そこをどうやって解消していくのかと考えることでとにかくは時間を使う。

 彼は軸になるプランを持って対応するタイプではないから、当然資料から得た情報を元に初めはアプローチするものの相手の反応を見て臨機応変に行動する。

 いろいろなパターンを想像して駐車場に篭もること約一時間、ようやく時間もいい頃になってきたので目的の住所に向かって車を発進させた。



 ◇◇◇◇◇◇



 瑠璃香が起きたのは昼過ぎ。


 目覚めたときに彼からの連絡を確認してすぐ枕に顔を埋めた。寂しいと素直な感情が押し寄せて離れない。


「将太郎さんなりに頑張ってくれてるんだから今は応援する……そう決めたけど顔も見れなくなるなんて聞いてないよ」


 アルバムの思い出フォルダを開けば彼との軌跡が並んでいる。初めはあった二人の隙間が枚数を重ねる度になくなって時には彼女が腕を組んだり肩を寄せたり、人目を気にしろって怒られたこともあった。

 二十歳の誕生日を迎えたときは初めてのお酒に浮かれて酔った挙句、彼の頬にキスしようとして断られたこともいい思い出だ。

 そんな二人はいつも表情に色があって美しい。


「……余計寂しくなっちゃった」


 もう起きてしまおうとベッドから降りて部屋から出た。顔のケアを終えてからリビングで朝食代わりの昼食を食べる。

 今日はチーズベーコンを挟んだホットサンドだ。


 久しぶりの一人きり。何をしようか決めあぐねているのか瑠璃香はスマホの電源を入れたり切ったりばかりだ。それに寂しさを紛らわせるためにぬいぐるみを隣に置いている姿が愛らしい。

 いつもより早くご飯を食べ終えたのはストレスの表れだろう。ちょっと悩んだ末にもう一枚プレートで焼き始めてウキウキ待っているところはまだ子供らしさを感じさせる。

 食事後、掃除機をかけている途中将太郎の部屋に入るかどうか一瞬戸惑ってはいたが結局は入っていく。普段なら遠慮なく進んでいくのだが時期が時期なだけに考える時間を与えたのだろう。


 部屋のなかはいつもと殆ど変わらない。部屋の隅に置かれた加湿器も本棚に並べられている小説の羅列も、彼女があげたキャンドルを大切に保管しているところも何もかも。

 朝に二日酔いのせいですこし荒れたベッドをなおそうとしてそのまま飛び込んだ。彼の匂いが染み付いていて安心する。

 毛布を手繰り寄せて抱きしめれば胸いっぱいに彼を感じられて幸せだ。


「いない間だけならここで寝ようかな」


 究極のストレス発散方法を見つけニヤニヤが止まらない彼女だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 待ち合わせ場所で新たな担当者を拾って体験同棲する場所に着いた。彼が思っていたよりは話せる子で暗いといっても今のところの雰囲気は良い。

 名前は佐々山ささやま友里ゆり。高校在学中にスカウトされたが卒業するまで待ってもらっていた。事務所側の都合も相まってようやく同棲体験という話になったとか。


「とりあえず荷物を運ぼうか」

「はい」


 旅行好きで荷物のまとめ方が上手なので時間は掛からずすぐに部屋へと運び終える。


「部屋どっちにする?」

「私が選んでいいんですか?」

「もちろんって言っても、二部屋しかないけどね。好きな方選びな」

「ありがとうございます!」


 黒髪ロングに黒レースの服で来たときはちょっと季節も相まって驚かされた彼だったが散歩が好きだったり、ゲームが好きだったりとハッキリ自分をさらけ出してくれたことで楽に進行できている。

 彼にとってあくまで仕事は仕事。社長との件はあったが気持ちの切り替えが上手くできないようではこの職は務まらない。

 今はこの子がすこしでも居心地の良い場所だと感じられるよう努めている。


「じゃあ、こっちでいいですか?」


 友理が選んだのは玄関からすぐ右手にある部屋だ。ちなみにもう片方はその対面にあるからさして変わらない。


「クローゼットとかカーテンとかの家具も先に用意されてるから好きに使ってね」

「そこまでやってくれるんですね」

「そこら辺はきっちりしないといけないからね」

「なるほど。正直、こういうの凄い不安だったんですけどいざ来ると楽しみだなーってなりますね。ホテルで感じる雰囲気っていうか」

「そのままずっと楽しい気持ちが続いてくれたら僕は嬉しいよ」


 そんな言葉を交わしていると彼のスマホが鳴った。

 社長からの電話だ。


「ちょっとごめんね。先に自分の部屋で荷物片付けといて」


 一旦外に出てから応答する。


「どうされました?」

「佐々木くんとちゃんと進めているか確認したくてね」

「今、無事に部屋に案内し終えましたよ。仕事はちゃんとしますから安心してください」

「分かってはいるが一応ね。それと隠れて自宅に戻ったり、瑠璃香と会わないように頼むよ」

「ええ、それも分かってますから」

「信じてるぞ」

「もちろんです」


 通話はそこで終わった。

 どうして今更と思いながらまた部屋に戻って友理にいろいろとこれからの説明を始めたのだった。

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