Episode 3 失敗は成功のもと
二日が経った。昨日は仕事の日で無理に言葉を交わすことも無く終わった。
引越しのこともあり今月の仕事量が少なくなっているため、仕掛けるタイミングはいくらでもある。
今の彼にはそれがどうにも気まずくて彼女にとってはラッキーな展開だ。
今日は珍しく朝早くから瑠璃香が起きていた。
たとえ説得されたふりをするとはいえ、すぐ諦めた様子ではそれほどのものだったのかと彼に呆れられてしまう。
それでは再燃させようと奮起しても火種が消えてしまいかねない。だからこそいつものように二人分の朝食をつくるなかでも時間を早めることでアピールを忘れないようにしている。
「おはよう」
まだどの距離感で接しようか悩んでいる彼の登場だ。
そんなことを気にせず彼女は積極的に詰めていく。
「おはよう。今日一日おやすみでしょ? お家でいいから一緒に映画でも見ない?」
同棲かつ仕事のパートナーである二人は互いのスケジュールを全て把握している。
そこを上手く利用した彼女は逃げ道をつくらせないようお家デートという形で誘う。
時間は掛からないし、なるべく近くで存在を感じられるしで現状最良のプランのうちのひとつだ。
「お誘いは嬉しいんだけど、今日はティッシュとか調味料とか足りないものを買いに行こうと思っててね。その後で良ければ構わないよ」
断るには無理があると承知の彼もなんとか落ち着いて計画を練る時間を得るために条件を提示した。
ここで一歩踏み出したいところではあるがあえて彼女は引く選択を採る。
今、必要なのは諦めたいけど可能な限りはこの時間を味わいたい女の姿だ。少しでも同情を誘い決断を揺るがさないとならない。
彼女一人の意思では状況は好転しないことを分かっているからこその策。
とにかく押して引いてを繰り返すことで理性を抑制している部分を揺らし続けるしかない。
「そっか……わかった。もうすぐ出来上がるから、顔洗ってきたら? それにそんなはねた髪じゃ外出れないよ」
「ああ、そうだね……」
見るからに諦めの良さに戸惑った様子。首を傾げて洗面所に向かう姿は思うつぼだった。
将太郎の影が見えなくなってからうんうんと頷いた瑠璃香は満足気だ。
それから二人は和のテイストでまとめられた朝食を食べ将太郎は言っていた通り車で買い物に出かけた。
残った瑠璃香の様子を見てみるとせっせと自室とリビングを行き来して着々と準備を進めていた。
初めの頃は礼儀として毎日かけていた掃除機も今となっては週に一度。今日がちょうど六日目だったので急いで済ませている。なんとも微笑ましい光景だ。
お気に入りのアクセサリーを付けてちょっぴりメイクを施し気合いは十分。
さて、何の映画を見ようか考える。
普段から映画は良く見ていたのでジャンルは何を選んでも基本的に不思議はない。とはいえ、今ラブロマンスものは少し演技じみているだろう。
流行りの韓国映画だったり、彼の好きなアクションものだったり。でもそれじゃあただ映画を見て終わるだけ、感想をただ言い合ってまるで友達みたいだ。
ここは譲っちゃいけない。
あくまで彼は付き合ってあげている体で、何が見たいと聞いても返ってくるのは瑠璃の好きなのでいいよといった当たり障りのない言葉だろう。
であれば、初めから主導権を利用して雰囲気作りがしたい彼女。ただ、ホラーを見るにも外の光が強くて台無し……。
「あー、どうしよ、どうしよ。やっぱり無難なやついくしかないのかな」
あれこれと悩んでいるうちに時は経ち、挙句の果てには早起きと動き回った疲れで急な眠気に襲われ誘われるままにベッドに体を預けてしまった。
◇◇◇◇◇◇
「瑠璃、そろそろ起きなよ」
好きな声にハッと目を覚ました彼女の視界の中心には好きな男の顔。
慌てて隣に置いてあったスマホを手に取って時間を確認する。
「最悪だ……」
そこには十四時二十分の文字。
しっかりと寝てしまった後悔や自分への怒りから枕に顔を埋めるように押し付ける。
そんな様子をみた彼は隣に座り優しく頭を撫でた。
「頑張っていろいろ準備してくれたんでしょ。今日はもう何もないし、時間は余るほどあるんだから今からでも見ようよ」
「……何が見たい?」
「うーん、あっ、そうだ。ちょうど瑠璃が売れ出した頃にさ、二人で見たいねって話してた映画あったじゃん。結局仕事三昧で時間なかったけど、この前確認したら追加されてたんだよね。だから、見ない?」
「……見る」
「よし、決まりだ。ほらっ、起きて。せっかくの可愛らしい顔が見えないと台無しだよ」
彼の甘い言葉に従ってゆっくりと体を起こした彼女。なんだか恥ずかしくて顔がすこし赤い。
それから崩れた化粧を落としにいっている間に彼が用意を済ませる。そうして二人はクッションの上に横並びに座り先程話していた映画を観た。
内容は寂しさ残る純愛物語。病弱な少女と、病気との戦いをずっと近くで見守ってきた青年の実らない結末。
互いに好きでいるのにどうしようもない邪魔ものが結びつくことを許さない。やるせなさが残るお話しだった。
途中、映画に感化されて寂しさに胸を埋められてしまった彼女が肩を寄せた時、彼の手が一瞬その小さな手を包み込むように重なりそうになったが宙に浮いてそして力なく戻っていった。
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