第47話 拳豪トーナメント準決勝

『準々決勝第4試合は小田選手が勝利を収めました。敗れた朱鈴風シュウ・リンファ選手もお手上げと言った感じの表情です』

『いやぁ、小田選手は安定してますね』


『あ、朱鈴風シュウ・リンファ選手は敗れたものの笑顔でカメラに向かって手を振っています。笑顔が素敵ですね』

朱鈴風シュウ・リンファ選手は中国の有名プロゲーマーですが、ご覧の通りの愛嬌で日本にもファンが多いんですよね。……』


『……さて次はあゆみ選手とあの王梓豪ワン・ズーハオ選手の対戦です』

『お、いよいよですね。この対戦をすごく楽しみにしていました。王選手はあゆみ先生の陰に隠れていましたが、1回戦、準々決勝とかなりインパクトを与えてくれましたからね。今大会の中でも屈指の好カードなのではないかと思っています』


『色んな意味で注目の準決勝が間もなく始まります』


——ワアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


「げひゃひゃひゃひゃっ! キタキタキタキタ! あぁ、この子を好きにしちゃっていいなんて……もう辛抱たまらんなぁ」

「うげっ!」


 何? キモイおっさんがこっち見て舌なめずりしてる。


「キモっ!」


『最初から王梓豪ワン・ズーハオ選手のキモさが全開です! あゆみ選手はあまりのインパクトに茫然と立ち尽くしています』

『しかし、キャラメイクを見る限り王選手は準々決勝までと違ってかなり速度特化してきてますね。あゆみ先生への対策はバッチリしてきているんだと思います』


 うわ、近寄ってきた!


「無理無理無理……」

「げへへ、パンツは何色かなぁ?」


「何でこの人近寄っててくるの! まだ始まってないでしょ!」


 っていうかパンツって何よ!

 次の対戦相手ってこの人なの?


 うわぁ、メンタル的に無理。もう棄権したい。


『あゆみ選手試合開始前から逃げ回っています。これはもう勝負あったか!』

『ははは。いやぁ、王選手は絶好調ですね。これでリアルは18歳の女の子ですからね。しかも自身のキャラとは180度違って可愛い。もうツッコミどころがあり過ぎて笑うしかないですね』


 え?

 ウソでしょ、本当は女の子なの?


 じゃあ、大丈夫か。


「げへへっ。チューしちゃおうかなぁ」

「やっぱり無理でしょこれ!」


『…3…2…1…』


 って、もう始まるの!?


『…開始!』


 カウントダウンと同時に開始位置に強制転移した。

 追いかけまわされて試合が始まるなんてことにならずに済んでよかった。


 しかしこれはあれだな。

 最速で、一瞬で倒さないと。


 こんなキモい人を相手にしてたら精神が汚染されちゃう。


 少しだけガマン。

 少しだけガマン。

 少しだけガマン。


「【闘気解放オーラバースト】」


『あゆみ選手からオーラが立ち昇る! 初手から全力です! あゆみ選手これは試合前のやり取りが相当頭に来ているか!』

『あゆみ先生は元々出し惜しみするような性格ではないので、先生らしい戦略だと思いますよ』


王梓豪ワン・ズーハオ


 来た!

 予想通り例のスキルを使ってきたか。


 【ぶちかまし】の無敵状態を維持する(と思われる)攻防一体のスキル。


 このスキルが発動している間はカウンターは見込めない。

 ただ、持続系のオーラスキルは使用時間に伴って体力を消費していく。


 恐らく1分は持たないはず。

 1分凌げば私の勝ちだ。


「げっひゃっひゃっひゃ。何だそりゃ、ヤル気満々じゃん! 誘ってんのか?」

「問答無用——」


『おおおっと! あゆみ選手が一瞬で距離を詰めたかと思いきや、王選手が凄まじいスピードで距離を取りました!』

『えっ、速っ!』


「うそっ、避けた?」

「ぎゃっひゃひゃ、これもう相思相愛じゃん。滾ってきたなぁ」


 危なかった。

 何なのこのスピード。

 あれで本当にエイムまでできるっての?


 汗が……止まんない。

 こんなのまともに相手出来るわけないじゃん。


 1分も持つ? ……いや、弱気になってどうする。持たせるんだ!


『これは……気のせいでなければ、王選手のスピードがあゆみ選手を上回っているように見えました!』

『わ、わたしもです! これは驚きました』


 予想されるあゆみのレベルは30。

 レベル35の私の方が総合ステータスでは上……のはず。


 さすがのあゆみも速度特化にいじった私のキャラにはついてこれないはず。


 大丈夫、勝算はある。

 やるっきゃないんだ。


『あゆみ選手、王選手を捉えられません。まさか速度であゆみ選手を上回る選手が出てくるとは予想しておりませんでした!』

『あゆみ先生が全く追いつけないなんて。ちょっと信じられないです』


 試合開始前はキモイ動きで速度を誤魔化したから意表は突けたはず。


 まさか夢にも思わないだろう?

 私の狙いが……


「ぎゃひゃひゃ、ほら恐怖しろ。得意のスピードで上回られた気分はどうだ? 絶望してるかな? でもあっさり終わらせないから安心していいよぉ」

「あれ? 試合前はあんなに煽って来てたのに、いざ試合が始まったら逃げてばっかりですか?」


 おいおい。


「ぐふふっ。お楽しみはこれからだよぉ。分かったでしょ? あゆみたんはボクちんには追い付けないよぉ? これからじわりじわりと追い詰めて狩ってあげるからねぇ」

「ふーん。でもそう言う割には全然攻めてこないですよね」


 は?

 もう気づかれた? あんなに前振りしたのに?


「いやいや、追い詰められるのはお前の方だと言ってるだろう?」

「ふーん」


『おおっと、あゆみ選手、何と足を止めて王選手を挑発しています!』

『これは大胆不敵』


「ほら、かかってきなよ。私足止めてるよ?」


 ぐっ。


「出来ないんでしょ? ま、来たら来たでカウンターぶち込んでやりますけどね」

「ぎゃはは、そんな安い挑発に乗るかよ。そのスキルが発動してる間は無敵状態なんだろ? わざわざ突っ込むかっての!」


『かつてないハイスピードの攻防が見られるかと思った矢先、両者の足が止まりました。林プロ……これは一体どういう状況なのでしょうか? 』

『そうか。あゆみ先生は王選手が自分から攻めるつもりがないことを見抜いたんだと思います』


『え? 試合前はあんなに追いかけまわしてたのにですか?』

『そうですね。そう思わせるのが戦略だったのかもしれません』


 あの解説め、余計なことを。


「先輩がさ、言ってたんだ。私よりもレベルが上のプレイヤーなら私よりも速く動くのは可能だって」

「自分で言っていて分かっていないのか? 絶望的な状況じゃないか。速度はお前の戦闘スタイルの生命線だろう? 速度で上を行く私にお前は勝てない」


 時間だ。とにかく会話で時間を稼がないと。


「でもね。先輩が言うには、私よりも速く動ける人がいても、私より速くエイム出来る人はいないって。大会で私より速く動く選手がいても攻撃してこないだろうからビビんなくていいって。言葉とは裏腹に今攻めてこないってことはそう言うことでしょ?」

「くっ……」


 くそ、やはり見抜かれてたか。

 何者だよ。その先輩ってやつは。


『先生のおっしゃる通りよくよく考えれば、あの速度でまともなエイムが出来るわけがないんですよ。つまり王選手はもともと攻撃するつもりはなかったんだと思います。つまり狙いは判定勝ちってことになりますね』

『なるほど』


「まぁ、解説の人の言う通りかな。時間切れの判定勝ちを狙ってるんでしょ? 判定になったらHPの多い方が勝つからね」

「ちっ。だからどうした? 何が言いたい? こっちの攻撃がまともに当たらないなら勝つのは自分だってのか?」


「いやいや。このまま行けば負けるのは私の方。HPが少ないのは私だろうし」

「ますます分からん。何が言いたいんだ?」


「それなのに見え見えの時間稼ぎの会話に付き合ったのは、一か八かの戦略を実行したあなたに敬意を表すためね。思いついても中々実行できることじゃないもん。慣れない戦闘スタイルだろうし、相当な度胸がないと実行できないよ」


「敬意? それを伝える余裕がお前にはある。つまり……私の戦略は通じないと言いたいわけか?」


「うん。まぁその程度のスピードならね」


 その程度……だと?


「大した自信だ。日本人は謙虚なんじゃなかったのか?」

「これも先輩の受け売りだけど、私ってさ、速いのはエイムだけじゃないみたいなんだ」


「へぇ、何が速いのか是非お聞かせ願いたいな」

「どうでもいいけど、さっきから言葉遣いと言うか、キャラ変わってない? っていうか変態に見せかけておいてこっちが素なのかな?」


「おい、言うな。それは営業妨害だぞ」

「ふふっ。これは失礼しました。まぁ、自分で言うのは恥ずかしいけど、頭の回転と言うか判断力というか……相手の動きの先を読むのも速いんだって。だから時間切れは期待しない方がいいよ。5秒あれば捉えられるから」


 5秒?

 何だよその自信は?


 っていうか、もう1分は経っただろ?

 まだ体力は切れないのか?


『なんとここで、5秒で捉えるとあゆみ選手が宣言しました』

『あゆみ先生は試合の盛り上げ方が分かってますね。高速かつ高度な攻防は視聴者に理解されないことも多いのですが、それを狙ってやったことが分かれば如何にすごいことかが分かりますからね』


「おいおい、それは流石に馬鹿にし過ぎじゃないか?」

「先輩と対戦するとたまに速度特化の設定にしてくることがあるからね。大体何をしてくるかは予想できるんだ」


 ぐおおおおおお。

 だからその先輩って何者だよ! 既に対策してるってのか?


 奇策から奇をはがされたら愚策にしかならんじゃないか!


 それでも今私が出来ることは変わらない。

 逃げ切るしかない。少しでも時間を稼ぐんだ。


「じゃ、じゃあ、5秒で捉えられなかったらどうするんだ?」

「ん~。そのときはあなたの勝ちでいいよ……」


「ははは! 言ったな! 女に二言はないよな?」

「その5秒の勝負に関してはね。試合の勝敗は別の話でしょ?」


「なっ!」

「試合の勝利は実力でもぎ取ってよ。それとも実力で勝つ自信がないのかな?」


 ぐ、くそおおおおおおおおお。

 馬鹿にしやがって。


 が、言ってることは正論だ。

 普通なら問答無用で攻めてくる。


 足を止めて会話で大分時間を稼がせてもらえたんだ。

 敬意を表すと言っていたが、中々の心意気じゃないか。


「ぎゃははは、言ってくれるじゃないか。いいぜ。やってやるよ。どの道やるしかないんだからな。全力で逃げ切ってやる!」

「うん。何かカッコ悪いことをカッコ良く言ってるね」


 お陰で楽しい試合になりそうだよ。


「うるせぇ、来るなら来いや!」

「うん、じゃあ行くよ~。あ、それとね。ここからは私も本気だすから」



 なっ。 本気?

 今までは手を抜いてたってのか?



 速っ。


 一瞬で距離を詰めてきた。

 何て速い【震脚】! いや、これは【縮地】か!


 くっ、下がらないと。あれ? 右?

 いやっ、消えた? 何で?


 有り得ない! まさか【縮地】の連続使用!?


 そんなバカなっ! いや、とにかく動け!

 滅茶苦茶でもいい。

 止まっていたらやられる!


——タタッタタタタタッタタタッ


 自分でもどう動いたか分からない。

 前後左右にジャンプを加えて無茶苦茶に入力している。視界から入ってくる映像はブレ過ぎて訳が分からない。


 一先ず出合い頭の不運な事故は免れたらしい。


 大丈夫、速度は私の方が上。

 このまま滅茶苦茶に動いていればあゆみには捉えられないはず……


——ズドン!!!!!!——

——ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——


『決まったぁ!!! あゆみ選手の【発勁】が炸裂!! 王選手を一撃のもとに沈めました!!』

『信じられませんが、予告通り5秒以内にケリを付けましたね。流石先生です』


『勝負あり! 勝者あゆみ!』


 なっ!


 なっ!


 なっ!


 何がっ、どうなってやがるっっ!


 あんな滅茶苦茶な動きを捉えられる筈がない!


「いえ~い、私の勝ちだね!」


『あゆみ選手、見事速度で勝る相手を捉えました。林プロ、どうご覧になられましたか?』

『いや……信じられません。王選手は完全にランダムに動いてました。あんな異常な速度の相手を捉えるなんて……通常攻撃なら偶然当たることもあるかも知れませんが、射程の短い【発勁】を当ててますからね。偶然ということではないんでしょう。あゆみ先生自身がおっしゃってましたが王選手の動きを完全に読み切ったとしか思えないですね』


 読み切った?

 馬鹿なっ、私だってどう動いたか分かっていないんだぞ。


『ここでスローが出ました。……まず、あゆみ選手が【縮地】で一気に距離を詰めます。向きを変えて再度加速。【縮地】で王選手の右側を抜けます』

『ここで王選手はあゆみ先生を見失ってますね』


『王選手は後ろに下り、左に弧を描くようにジャンプ、続けてランダムに動き回ります。あゆみ選手は王選手を追いますが、一見するとランダムに動く王選手を捉えきれていないようにも見えます……』


『そうですね。「ランダムに動いている」=「直線で動いていない」ってことですからね。ある程度の距離に迫ってさえいればいずれ自分のいる方向に切り返すタイミングもあると、先生は踏んでいたのかもしれませんね』


『なるほど。そして王選手3度目のジャンプ移動。が、何と! いつのまにかあゆみ選手が王選手の着地点に回り込んでいるぅ! そして狙いすましたように【発勁】! 王選手、これに全く反応できず! カウンターで一気にHPが削られていくぅぅぅ!』

『一言。ただただ驚愕です。スローだといとも簡単に狙い撃ったように見えますが、実際は目で追うのも困難なスピードで動いてますからね。読みの速さ、反応の速さ、エイムの正確さ、全てが常人離れしてないとできない芸当です。普通は相手のエイムを乱すために回避にジャンプ移動を含めるのですが、逆にあゆみ先生はジャンプ後の軌道を読んで狙い撃ったような気がします。断言しますが僕には到底無理な芸当ですね』


『速度で勝る王選手であれば直線で逃げても良かったのではないかと思いますが、その点はいかがでしょうか?』

『あ、それは無理ですね。1対1のアリーナのサイズですが結構狭いんです。1辺が剣道のコートの約3倍、30mとなっています。数字だけ見ると広いようにも思えますが王選手のキャラクターのように速度に特化した場合はたった1歩で数メートル移動する身体能力があります。直線で逃げるとすぐに端に追い詰められてしまうんです』


 確かに解説の言う通りだ。

 直線で逃げることは出来なかった。


『あと、2度の【縮地】の直後、あゆみ先生であれば攻撃することも出来たかと思いますが……』


 そうだ。あれだけの反応が出来るなら当然あの時も攻撃できたはずだ。

 なんで見逃したんだ?



『こればっかりは本人に聞かないと分かりませんが、もしかしたらカウンターで一撃で仕留めることにこだわったのかもしれませんね』


「そうそう、解説の人大正解! キモいイメージが強すぎちゃって何度も触れたくなかったんだよね。あと今更だけど先生って呼ぶのは恥ずかしいからやめて!」

『おおお、先生が答えてくださるとは! 先生、どうか弟子にしていただきたいのですが!』


「話通じないな。この人」


——ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ——


 ふふ。そうか。


 こりゃ完敗だわ。

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