第46話 拳豪トーナメント準々決勝
◇拳豪トーナメント1回戦第8試合◇
——ワアアアアアアアアアアアアアアアアア——
『予選2位通過の小田選手、危なげなく本戦1回戦を突破しました!』
『小田選手は初の本戦出場と言うことですが貫禄がありますね。他の選手と比べても余裕が感じられます。昨日の最終予選とはまた違った…………』
よしよし、先輩も無事に1回戦突破か。
やっぱり先輩って強いよね。
私も最初勝てなかったし。
今まで最終予選に進んだことないって言ってたけど、あの強さでそれはないって思ったんだよね。
ちゃんと強いじゃん。
『それでは続いて準々決勝第一試合が始まります。予選1位 あゆみ選手 vs 予選8位
『はい、最終予選をご覧になった視聴者の方はご存知かと思いますが、最後に残った工藤選手はあゆみ先生に1分近く攻め続けたものの1ダメージも与えることが出来ませんでした。恐らくあゆみ先生は各企業がこぞって開発中のスーツタイプのコントローラーを使っていると思われますが、足運びが決定的に異なるんですね。解説用に映像を用意したのですが出していただけますでしょうか……。あ、出ましたね。ありがとうございます。これは非常に分かりやすいシーンだと思います。正面からの工藤選手の左足の蹴りを逆側に回り込んで回避しています。一足でこの位置に踏み込んで同時に体の軸も工藤選手を正面に捉えています。カウンターも出来たでしょうし、視界にしっかりと工藤選手を捉えていますので次の攻撃を回避するにしても余裕があります。これを通常のコントローラーで再現しようとすると……こうなります。まず左斜め前に移動して、次に体の軸を変える。この2つの動作が必要になります。あゆみ先生が1ステップで出来ることを2ステップで行うわけです。勿論熟練者であれば一瞬で出来ますが、最後の一瞬で視界が大きくグルんと回りますので次の相手の攻撃に対処しようにも反応が遅れるんですね。当然リスクが高くなりますので相手側に踏み込んでの回避は普通しません。それよりは後ろに下り距離を取って回避するほうが安全ですし楽です。逆に言えば工藤選手としても普段されないような回避をされて困惑した部分もあると思います。工藤選手がこの辺をどのように対策してくるのかが見所かと思います』
へぇ。この解説の人よく見てるなぁ。
そうなんだよね。
現実よりも回り込むっていう動作に対する反応が鈍いんだよね。近距離だと特にそう。
『それでは工藤選手の登場です!』
——ワアアアアアアアアアアアアアアアアア——
『おおお、これは工藤選手の覚悟が感じ取れますね』
『続いてあゆみ選手の登場です!』
——ドワアアアアアアアアアアアアアアアアア——
うおう。凄い歓声だ。
『あゆみ選手への歓声がスゴイですね』
『はい、一回戦の圧倒的な戦いぶりからファンになった人も多いのではないかと思います。あとは声がとてもかわいらしい女性の声だったので一気に人気に火がついたんでしょうね!』
『声……ですか。そういうものなのですか?』
『はい。あの実力でネカマではなかったというのはかなりポイントが高いと思います』
そうなの?
ちょっと理解できんけど。
「あゆみ選手」
あれ?
この人イチゴ頭じゃない!
「予選ではまるで相手にならなかった。とても悔しかったけど同時に衝撃を受けたよ。君への敬意の方が大きかった。昨日の今日で一矢報いることが出来るとは思えないけど、僕はいつか君に追いつきたい。その決意の表れとしてイチゴ頭は辞めることにした。まぁ1回戦は勝ちあがる可能性を上げるためにイチゴ頭にしてたんだけどね」
「イケメンのスキンですね。そっちの方が絶対にいいですよ」
「本当? 一応素顔に寄せてキャラメイクしたんだ」
「へぇ、そうなんですね。私もです」
っていうか、キャラメイクとか何もしてないんだけどね。
勝手にリアルな姿が反映してたから。
「えっ!」
『えっ!』
『えっ!!!』
「え?」
何!?
——ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
『凄まじい歓声です。アリーナが……仮想空間のアリーナが地響きで揺れているかのようです! 林プロも思わず叫んでいます!』
『いや、聞きました!? まさかとは思いましたが、あゆみ先生がお姿そのままのキャラメイクをされているとは思いませんでした! このカミングアウトはとんでもない衝撃ですよ! 「解説者が一人の選手に肩入れするのはよろしくないのでは」というご意見は多数いただいております。「林プロ仕事しろよ」というご意見もごもっともです。しかし、私はこの仕事を降ろされるまで今のスタンスは貫かせていただきます。あゆみ先生! 頑張ってください!』
『林プロが興奮のあまり若干暴走気味ですが、一応フォローさせていただきます。番組スタッフ一同があゆみ選手のファンですので多少偏った内容になることもあるかと思いますが、その点はご了承ください。ただ、あまりに林プロが暴走し過ぎてお見苦しい映像をお届けしてしまった場合は都度謝罪させていただきます』
え?
何これ?
解説の人も、実況の人も、皆なんでそんなに興奮してるの?
私まずいこと言っちゃった?
え、でもいいよね?
別に正体隠してるわけでもないし。
優勝したら現実の方の拳豪トーナメントにだって出るつもりなんだし。
そしたら皆すぐ気づくでしょ。
っていうか、解説の人のテンションが特にスゴイな。
応援してくれてるんだし、一応手は振っておくか。
『うおおおおおおおお。ありがとうございます!』
『あゆみ選手がモニターに映る我々に向けて手を振ってくれています。これは素直に嬉しいですね』
——お待たせしました。間もなく拳豪トーナメント準々決勝第一試合を開始します——
「あゆみ選手、今回は勉強させてもらいます」
「こちらこそよろしくお願いします」
——…3…2…1…始め!——
『あゆみ選手の一礼によって試合が始まりました。恐らく工藤選手も画面の向こうでは一礼をしていたことでしょう。お互いに敬意をもって始まる試合は見ていて清々しいですね』
『全くです』
「予選の時はHPがギリギリで使えなかったけど、今日は最初から全力で行くよ」
「どうぞ。断らなくとも既に試合は始まってますよ」
律儀だね。
「ゴメンね。ここから先は会話する余裕ないから先に謝っとくね。……【九死一生】」
!!
工藤選手の体が光を発する。
この光は……私のと似てる。
突っ込んできた!
速い!!
予想以上に速い!
それに多分これ、そのまま受けちゃダメなやつ。
多分防御を貫いてくる。
不意に音が消えて、工藤選手の突進が遅くなる。
これはあれだ。脳が加速してる。
体が若干重く感じる反面、思考は加速する。
中央のモニターを視界の端に一瞬捉える。
工藤選手のHPゲージは何もしていないのに減り始めていた。
なるほどね。HPを犠牲にステータスを爆上げ、尚且つ防御不可の攻撃が可能……って感じか。
捨て身の一撃ってわけね。
これを避けるのは簡単だ。
そして避け続ければ勝手に自滅する。
でもそれは無粋ってもんだよね。
本気には本気で応えるのが美少女の矜持ってもんでしょ。
私も見せるよ。
本気の一撃。
【
体と、そして拳に闘気を纏う。
右斜め前に踏み込みつつ体の軸を回す。
拳を前に突き出すと工藤選手の
!!
拳の前に壁があるかのような抵抗を感じた。
しゃらくさいわぁ!!
「はぁ!!!!!!」
——ズドンッッ!!!!!!——
【
しかもカウンターで入れたった!!
——!!!!!!——
——!!!!!!——
——!!!!!!——
——勝負あり、勝者あゆみ!!!——
——ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——
一瞬の静寂の後、アリーナが沸いた。
『何ということでしょうか! 一撃!! 一撃です!! 一瞬の交差、その中で放たれた一撃で試合が決しました!!』
『こ、これは……とんでもない試合ですよ。凄いです。速すぎて良く見えませんでしたが、これは……そう、まるで打ち上げ花火のような……一瞬の芸術でした』
『ここでスローが出ました。工藤選手が【九死一生】を発動し、全身からオーラが放たれます。そして一直線にあゆみ選手へと突進し距離を詰めます。スローではゆっくり見えますが、実際は尋常ではないスピードでした。対するあゆみ選手は動きを見せません。避けようとも防ごうともしません。スローで見てもこのまま工藤選手の攻撃が入るように思えます。突如あゆみ選手もオーラを放ちました。そして何と、距離を取るのではなく前に、斜め前に踏み込みますが……動きが反則的に速い! 工藤選手とはまるで違う時間軸にいるかのようです。そしてそのままカウンターでボディへの【発勁】が撃ち込まれます。これにより弾ける様に工藤選手は吹っ飛びます。同時にHPも吹き飛びました!』
『【九死一生】は発動に伴いHPが減っていく捨て身のスキルですね。ステータスが一時的に増加しますが、速度も上がるので精密なエイムは難しくなります。恐らく工藤選手も初撃に賭けていたんでしょうね。一直線に攻撃すれば事前のエイムで攻撃を当てられますからね。当たれば勝ち、当たらなければ負け。そういう勝負に持っていったわけです。この攻撃、尋常じゃなく速かったですね。恐らくキャラメイクも速度重視の設定にしていると思われます。僕なら逃げの一択で運よく避けれるかどうかというところですかね。しかしあゆみ先生は工藤選手の上を行きました。最終予選の連続【ぶちかまし】をした時と同じですね。何かしらのスキルだと思いますが、オーラを纏いカウンターで【発勁】をねじ込みました。リンクでも現実と同じで速度が上がれば上がる程エネルギーが大きくなります。工藤選手、あゆみ先生ともに凄まじい速度で攻撃し、そのカウンターが入ったからこそ一撃でHPを削り切る攻撃になったのだと思われます。一瞬で決着はついてしまいましたがこれは紛れもなく名勝負ですよ。工藤選手は考えなしに無謀な特攻したわけではなかった。勝算は十分にありました。それをあゆみ先生のプレイヤースキルが上回っただけです。僕は工藤選手を称えたいと思います』
——ワアアアアアアアアアアアアアアアアア——
『観客の皆さんも工藤選手とあゆみ選手を称えていますね。あの一瞬でスキルを発動し、【発勁】をカウンターで撃ち込んだあゆみ選手に驚きを隠せません。林プロ、あの一瞬でカウンターを打ち込めるものでしょうか?』
『いえ、先ほども言いましたが僕なら相手が【九死一生】を発動した段階で距離を取ります。逃げ一択です。カウンターなんてとても無理です。他のプロでも同じだと思いますよ。これはあゆみ先生しかできない芸当ですね。もしかしたらこの反応の速さがあゆみ先生の一番の強みかも知れません。これだけの速さがあるからこそ予選での立ち回りが可能だったのでしょう』
——チャリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ——
いやぁ、解説の人がいい感じのこと言ってくれるから「投げ銭」が飛んでくること飛んでくること。
ありがとうございます。
でも今の攻防は楽しかったなぁ。
DLモードプレイヤーでもないのにあれだけ速く動けるのって凄いよ。
下手したらあの上位種のスライム並みに速かったんじゃない?
「工藤選手、とてもいい勝負でした。予選の時とは見違えました」
「いやぁ、今回も完敗だったね。……でも次は、次こそはもっといい勝負にすることを約束するよ」
「へぇ、それは楽しみですね」
「ってことで、フレンド申請してもいいかな?」
「あ、はい、大丈夫ですよ。あっ早速申請くれたんですね。承認をポチッとな」
——BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO——
えっ?
何でブーイング?
私また変なこと言っちゃった?
「強敵と書いて友と呼ぶ」って諺か格言みたいなのあったよね?
別に変じゃないよね?
そして嵐のように凄い数のフレンド申請が次々に飛んできた。
おおっと、これ全部承認するのは無理だぞ。
『おっと、工藤選手のフレンド申請にブーイングが起きています。先ほど健闘を称えていた観客はどこに行ったのか!』
あ、そっち?
私じゃなくて工藤選手へのブーイングか。
『あゆみ先生! 僕もお願いします。フレンド申請するんでお願いします! ああ、無視しないでください!』
ゴメンね、解説の人。
いや、フレンド申請はいいんだけどさ。
何か、皆さんの反応からして公の場ではあんまり承認しない方がいいっぽいし。いっぱい申請が来すぎててもう分からんのです。
『視聴者の皆様。林プロがお見苦しい所をお見せしてしまい誠に申し訳ありません。後程落ち着いてから本人からも謝罪をさせますのでご容赦ください』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます