第45話 拳豪トーナメント1回戦

 試合終了後少しして先輩からチャットが来た。

「あゆみ氏、1位通過おめでとうでござる」


「先輩も2位通過おめでとうございます。明日は決勝で待ってますね」

「お、おうふ。さりげなくプレッシャーが……。と、ところで明日の本戦はやっぱり自宅から参加するでござるか?」


 やっぱり?


「はい、自宅からですね。何でですか?」


 普通に自宅でしょ?


「本戦出場者は武道館の特設会場に招待されるのでござるよ。勿論交通費も出るし食事も用意されるのでござる。運営から連絡来てないでござるか?」


 え、そうなの?


「連絡は特になかったような……」


 ミラちゃん、連絡来てた?

『メールが来てましたがあゆみには伝えていません』


 ちょっと、ちゃんと教えてよ!

『しかし、人前でプレイするのは無理でしょう?』


 あ、そうか。


「あ、でも。連絡が来たとしても自宅から参加するのは変わらないですけどね。人前でプレイするのはちょっと無理なんで……」


 プレイ中は私寝るからね。

 でも、やっぱりってどういうことだろう?


「ああ、あゆみ氏が事情を抱えているのは知っているでござるから、その辺は詳しく話さなくてもいいでござるよ」


 え? 事情を知ってる? 一体何の?


 はっ!

 まさか……私の胸が小さいのを秘密にしてること?


『それは一目瞭然です』


 うっさいわ!


「連絡が来ていなかったということは運営側もその辺の配慮をしてくれていると思うでござるが、インタビューを求められても必ずしも応じる必要はないでござる」

「あ……ありがとうございます」


 よく分かんないけど、そうか……インタビューとかあるのか。

 ダメってわけじゃないけど、いきなりインタビューされたら緊張して何も言えなかったかも。


 事前に知れてよかった。先輩ありがとうございます。


「ああ、それと本戦からは対戦相手と会話が可能になるでござるが、いやなら音声はミュートに出来るでござるよ」

「へぇ、そうなんですね。でも何で本戦から会話ができるんですか?」


「その方が視聴者にもウケがいいでござるからな。予選では共闘防止のために会話は出来ないようになっているでござる」

「そうだったんですね。それは聞いといて良かったです」


 変なことを言わないように気を付けとかないと。



◇拳豪トーナメント本戦◇


『さて、皆さんお待ちかね。遂に拳豪トーナメント本戦が始まります! 1回戦第一試合は予選第1位 あゆみ選手 VS 予選16位 ジェイコブ・ブラウン選手です。あゆみ選手は今大会最注目選手として番組でも追いかけています。林プロ、この対戦の見どころをお願いします』

『はい、何と言ってもあゆみ先生は拳豪予選の歴代最高記録を更新する実力の持ち主です。しかも驚くべきことに予選をノーダメージで突破しているんです。私個人としては一方的な展開であゆみ先生が勝利すると予想しています。ただ予選での試合を見る限りブラウン選手の方がレベルが高いんですね』

『そうなんですか!?』


『はい。間違いないです。……と言うより、あゆみ先生のレベルは出場選手の中で一番低いと思われます』

『それは……驚きです。意外でした』


『ですので、レベル、ステータス的に見ればブラウン選手だけでなくすべての選手はあゆみ先生よりも優位にあるはずです。その優位をあゆみ先生のプレイヤースキルが如何に覆すか、そこが見所かと思います』

『ありがとうございます。それではブラウン選手からコメントを頂きましたのでこちらのVTRをご覧ください』



 予選16位 ジェイコブ・ブラウン選手

『あゆみ? どうってことねぇ。勝つのは俺だ。予選の借りを返してやる。根拠? そりゃあもちろん俺の方がレベルが上だからな。予選では使いづらいスキルも本戦なら使えるし、不意打ちしか出来ねぇ奴に負けるわけがねぇ。歴代最高記録を更新したとか言ってるが、ありゃあ全部奇襲だろ? ちょっとすばしっこいだけだ。本戦なら足を止める方法はある。足さえ止めりゃレベル差で勝る俺の勝ちだろ』


『ブラウン選手からのコメントでした。残念ながらあゆみ選手からのコメントはいただけなかったのですが、あゆみ選手はニックネーム登録されておりますので個人情報保護の観点からご了承いただけたらと思います。林プロ、ブラウン選手のコメントはどう思われますか?』

『そうですね。ブラウン選手に限らずほとんどの選手はあゆみ選手に不意打ちされているんですよね。乱戦で不意に思わぬダメージをくらってしまうのはあるあるですが、あゆみ選手はそういった奇襲に特化していると思われているようです。正面から相対したら予選の時の様にやられはしないと思っているんだと思います。また私も言及しましたが、レベルは自分の方が上だと認識していますね。これはあゆみ選手から受けたダメージが不意打ちの【ぶちかまし】? にしては100Pint程度と威力が低かったのが理由になります。あと【咆哮】や【威圧】など敵だけでなく味方の足も止めてしまうスキルは最終予選では使いづらいですからね。決して強がりではなくブラウン選手には勝算があるんだと思います』


『なるほど、予選と本戦とでは必要とされる技術がまた違うということですね』

『ジェイコブ・ブラウン選手は最終予選であゆみ選手にとどめを刺されたこともあってリベンジしたいと思っているようです。その辺の意地のぶつかり合いも見どころかと思います』


 凄いなぁ。これが本戦かぁ。

 実況とかあるんだぁ。テレビでも放送されるんだっけ?

 今までピンとこなかったけど、実況を聞いてたら何か実感わいてきたなぁ。


『それでは予選16位ジェイコブ・ブラウン選手の登場です!』


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


 え?


 歓声? 歓声が聞こえるんですけど。

 ノリノリのBGMまで流れて、まるで本当の格闘技の試合みたい。


『あゆみ、この大会はテレビで放送されるだけではなく「リンク」での視聴も可能なのです。つまりアリーナに観客が大勢いるということですね』


『続いて予選1位あゆみ選手の登場です』


 アナウンスが聞こえたかと思ったら一瞬で目の前の景色が変わる。

 気づいたらリングの上に立っていた。


 あ、成程。だから入場じゃなくて登場なのね。


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


 凄いな。


 待機場所にいた時よりも遥かに大きな歓声だ。

 手を振ってくれている人もいる。


 ははっ。何かいきなりアイドルになった気分。


「やっほ~!」


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


 手を振り返したらもっと歓声が飛んできた。

 応えてくれるのって嬉しいなぁ。


「おい、小娘スキン! 予選ではよくもやってくれたなぁ。キッチリ借りを返してやる」


「皆ありがと~!」


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——

 皆の応援の気持ちが伝わってくるよ。


「おい、無視かよ。俺なんか眼中にねぇってか? いい度胸してるな!」


「頑張るね~!」


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——

 これが……これがファンってやつね。


『おおっと、これは予選から因縁のある相手ということで試合前に舌戦が始まるかと思いきや、あゆみ選手ブラウン選手を完全無視です! 観客への声援に応えるのに夢中になっています』


『あゆみ先生には全く悪気はないと思いますが、これはちょっとブラウン選手がいたたまれないですね』


「え? もしかして通じてない? 翻訳機能バグった? ちゃんと翻訳されてるよね?」


——それでは皆様お待たせいたしました。拳豪トーナメント1回戦、第一試合を開始いたします——


「うそだろ! 無視されたまま始まるってのか!」


 お、始まるのか。


——3…2…1…始め!——


「ようやくこっち向きやがったか。予選での借りは返させてもらうぜ」

「いや……借りとか言われても皆イチゴ頭なもんでよく誰が誰だか分かんないんですよね。確か……ブラウンさんでしたっけ?」


 この会話って付き合わないといけないのかな?

 下手なこと言えないんだから煽るのやめて欲しい。

 あ、別に付き合わなくてもいいんだ。

 嫌ならミュートにしてもいいって先輩言ってたし。


 それにもう試合始まってるんだよね?


「そうか、貴様はどうやら俺を怒らせたいらし——」


 【縮地】からの【発勁】、からの連続【足払い】じゃあ!


「——って、え? ……嘘っ!」


 でもって、もういっちょ仕上げの【発勁】。


『まさに電光石火! あゆみ選手、一瞬で距離を詰めブラウン選手を吹っ飛ばしました! 一気にHPケージの大半を削ったぁ! そしてそのまま相手に何もさせず試合を決めました!!』

『今会話の途中でしたからね。不憫ではありますが油断したブラウン選手が悪いですね』


——勝負あり!! 勝者あゆみ!!——

——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


「ちょ……まって! おかしいだろ! おかしいって! 会話しろよ! 視聴者気にしろって!」


『あまりに一瞬の出来事で実況がまるで追いつきませんでした! 今スローが出ました。あゆみ選手一瞬で距離を詰めます。一瞬です。その後……これは【発勁】でしょうか。ブラウン選手が吹っ飛びます。この時点でHPゲージの7割以上が削られています。すさまじい威力です。その後ダウンしたブラウン選手に対し【足払い】です。これを連続で放ちブラウン選手を起き上がらせません。しかし何とか連続の【足払い】から逃れたブラウン選手に対し、狙いすましたかのように再び【発勁】。これで試合を決めました』

『凄まじい猛攻でしたね。あゆみ先生が距離を詰めるために使ったスキルは【縮地】ですね。おそらくブラウン選手は距離を詰めてきたら【咆哮】か【威圧】で動きを止めようとしたんだと思いますが、その時間を与えませんでした。【発勁】の後連続で【足払い】を放てるのはあゆみ先生ならではの強みですね。最期は足払いから逃れて起き上がってきたブラウン選手を再び【発勁】で吹っ飛ばして派手に決めてくれました。あと【発勁】の威力なんですが……昨日よりも更に上がっている気がします。また強くなったんですかね?』


『あゆみ選手底が知れません。まさに問答無用でブラウン選手をねじ伏せました。圧倒的な実力を見せつけ1回戦を突破しました!』


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


「皆ありがとう! お陰様で無事に勝てました~!!」


 ぽっと出の私にも声援を送ってくれるなんて、皆いい人だなぁ!


——チャチャチャチャリンチャリンチャチャチャチャチャリンチャリンチャリンチャチャチャリンチャリンチャリン——


 うわっ、ナニコレ?


 すごい勢いで目の前を応援メッセージが流れていく。

 と同時にゴールドがどんどん増えていく。


『あゆみ、これはいわゆる「投げ銭」というやつです。特定の相手にプレゼント付きのメッセージを送ることができる機能がリンクにはあります。ちなみに試合前は選手の集中力を乱すため「投げ銭」ができるのは試合後だけです。テレビ視聴ではなくわざわざ会場で視聴する目的はこういった形で直接選手を応援したいからですね。ファンは大事にした方がいいですがこれだけ多いと一人一人に返信するには骨が折れますね。後でお礼の動画をアップしましょう』


 うん、分かった。

 皆にとっては単なるゲーム内通貨かもしれないけど、私には現金と同じなんだよ~。


 もう、本当にありがとう!


「皆応援ありがとう!」


——ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ——


『あれ、あゆみ先生に「投げ銭」がゴールドでしかできないですね』

『林プロ、「投げ銭」してたんですね(仕事してください)』


『もちろんです。数少ないあゆみ先生とコンタクト出来る機会ですからね。これは逃せませんよ。でも本当はゴールドではなく現金に換金できるチケットで応援したかったのですが……ということは拡張パックを入れてないのかな? ……ん? まさか……』


『どうされました?』

『いや、あゆみ先生の素性に迫ってはいけないような気もしますが……。まぁ、私が言及しなくても直ぐに誰かが言及するでしょうね。拡張パックというのは皆さんご存じだと思いますが、完全無料で遊べるリンクでもお金を使うことが出来るようにするための追加機能です。リンクは運営に対する課金要素はないのですが、プレイヤー間での金銭のやり取りを可能にしてほしいという要望が多々あったため希望者が追加導入できるように実装されました。リンクはゲームの枠を遥かに超えて社会生活に影響を及ぼすようになりましたから社会人の方はほぼ皆さん拡張パックを導入されていると思います。ただ、未成年の場合は許可制になっていまして許可がない場合は拡張パックを導入できないんですよね』


『つまり、あゆみ選手は未成年だと?』

『その可能性が高くなったと思います。一般的に人生経験のある方が有利と言われるリンクですが、若くても実力のあるプレイヤーはいますからね。あゆみ先生の声は若い女性のようでしたし……。一瞬あゆみ先生の素顔はあのスキンそのままの見た目なのかもしれないと思ったんです。自分そっくりのスキンにする方はそれなりにいますからね。ただあゆみ先生は素性を隠したいでしょうから違うと思いますが……』


 お、解説の人正解。スキンは素顔そのまんまだもんね。

 でも、ん? 私は別に素性を隠したいわけじゃないんだけど……そう思われちゃってる?


 何でだろ?


『あゆみ、「リンク」は通常はフルネームでしか登録できないのです。ニックネームで登録できるのは「ストーカーから身を隠す必要がある』というような考慮されるべき事情のある人だけなのです。あゆみの場合は「DLモード」プレイヤーということで、特別待遇の一つとしてニックネーム登録が可能となっていす』


 あ、そういうことね。名前がフルネームじゃないから変に気を遣われていたのか。

 まぁでも、人前じゃプレーできないからそれでもいっか。



 いいんじゃない? 

 素性の知れないミステリアスな美少女!


『なるほど胸が小さい女の子ということですね』


 そうそう微小女ね。……って、だれの胸が微小のじゃあい!

 微小・女じゃなくて、美・少女!

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