第36話 願い

◇小田国俊◇


「ぐ……信じられんでござる」

 

 今のは紛れもなく【縮地】だった。

 まさか……まさか……この短期間で修得したのか?


『6』『6』『4』……


 速い。完全に翻弄されている。簡単に転ばされるし次々に攻撃を受ける。躱すのは無理だ。

 全然捉えられない。止められない。闇雲に打っても難なく躱される。

 それでも偶然の相打ちに賭けて手を出すしかない。



 モーションの自由度が圧倒的なVR勢。

 その中でも最新のスーツ使用者とは言えこんなことがあり得るのか?


 確かに通常のスキル修得条件を満たさなくても現実で再現できる挙動であればスキルとして発動できるのがVR勢の強みではある。


 あゆみ氏のレベルは20の武道家見習い。「レベル50以上」「王級職以上」という【縮地】のスキル修得条件を当然満たしてはいない。


 つまり、あゆみ氏が【縮地】を使えるということは、現実でも【縮地】使用できると認定されたことになる。


『6』『4』『12』……


 いや、あり得ないだろ。


 俺だって古武道の『抜き』という概念を学んで、それを剣道に応用してようやく去年会得した高等技術だぞ。


 大学の現役の時でさえ【縮地】を使ってる奴は見たことが無かった。

 近い動きをする奴はいたけどな。


 現実で【無拍子】の挙動をする武道家や格闘家は多くいる。予備動作を消すという概念は特に珍しい概念ではない。


 しかし【縮地】となると話は別だ。


『6』『12』……


 【縮地】は『抜き』、『無拍子』、並外れた瞬発力、そして足の動きを見えなくする『袴』があって初めて成立する(と思っている)。


 修得しやすい格闘技は剣道もしくは薙刀だろうか。


 あゆみ氏はジムには通っているらしいが、武道経験者という話は聞いたことが無い。


『6』『12』『6』『6』……


 そもそも俺に【縮地】を教えてくれる人は誰もいなかった。

 学生時代は10年以上剣道をやってたけどその名前すら聞いたことが無かったくらいだ。


 ってことは、やっぱり今会得したと考えるのが妥当か。

 俺の【縮地】を見て覚えたんだ。


 俺が編み出した【縮地】の移動距離はゲームとは異なり現実ではわずか1mにも届かない。俺にはそれが精いっぱいだ。


『リンク』内ではステータス補正があるから、数mの間合いを詰めることが出来る。

 

 ステータスで劣るあゆみ氏の【縮地】の距離は俺よりも短くなるはずだ。

 しかし、あゆみ氏の【縮地】は俺よりも明らかに速い。


 何たる格闘センス。何たる身体能力。

 まさに怪物だ。


『6』『4』『12』……


 加えてこの速度でのキャラコントロールとエイムの正確さ。

 恐らく速度設定の敏捷値依存度は100%になっているはず。


 ここまで速度設定を上げると自分の体を操作する感覚とはまるで違ってしまうはず。

 というか、反応が追い付かない筈なんだよ普通は。


 スーツのことを差し引いてもプレイヤースキルが尋常ではない。


『8』『4』……

 ダメだ。反撃しようにも当たらない。


 VR勢はモーションの自由度が圧倒的である反面、自身の体を動かしてコントロールするため長時間の戦闘は体力を大きく削ってしまう。……そのはずなのに。


 激しい無酸素運動をし続けているはずなのに……。


『5』『4』『12』……


 一体この子の体力はいつ尽きる?

 息切れくらいはしているのか?

 全然体力が落ちている感じがしない。


 果たして目の前にいるのはゲームの天才か、それとも天才格闘家か……いや天才って言葉じゃ収まらない。やっぱり怪物だな。


『6』『5』『12』……

 【縮地】を使ってあゆみ氏は数mもの距離を詰めてくる。

 距離を詰めるタイミングは全く読めない。というか目で追えない。


 目で捉えても反応するのは無理だろこれ。


 レベル差は2倍。ステータス差はもっと大きいはず。

 しかし、今のあゆみ氏に勝てる気がしない。


『4』『8』……


 一撃一撃は弱いけど、確実に削られていく。

 反撃を試みるも全く当たる気配がない。


 こりゃ勝てない。


『勝負あり! 勝者あゆみ!』


 負けたか……。


 実力で完全に負けた。

 もともとプレイヤースキルはあゆみ氏が上だった。

 俺は単にステータス差で勝ってただけだ。


 その圧倒的なステータス差をプレイヤースキルによって10戦程度で覆された。


 まぐれではなく完璧に。


 この子はきっと上に行く。

 もしかしたら今の重量級全盛時代はあゆみ氏によって終わりを迎えるかもしれない。


 いや、きっとそうなる。

 ランカーたちはきっとあゆみ氏の戦闘スタイルに影響を受ける。


 俺はこのままでいいのか?

 このままなら……ずっとうだつが上がらないまま人生の時を消費していくだけだ。


 変わるなら……今じゃないのか?


………

……


◇あゆみ◇


「だぁ~、勝てないでござる!」


 何戦したかもう覚えていない。

 でも私は大きく先輩に勝ち越していた。


 時々先輩の攻撃がまぐれ当たりすることもあったけど、いつしかその痛みに慣れていた。

 痛みで動きが鈍ることが殆どなくなって先輩が勝つ可能性がさらに低くなったのもあるだろう。


 あと、先輩も色々と試しているようだった。


「先輩、今日はもう止めにしましょうか」

「そうでござるな。これ以上は明日に差し障るでござる」


「ありがとうございます。今日はとても勉強になりました」

「いや、こちらこそでござる。新たなプレイスタイルを開拓出来そうな気がしているでござるよ」


「じゃあ、お互い二次予選突破を目指して頑張りましょう!」

「うむ。頑張るでござる。……あゆみ氏……実は一つお願いがあるのでござるが……」


 ん? お願い?


「何ですか?」

「拙者のチームに入ってほしいのでござる」


「チーム? 別にいいですよ」

「本当でござるか? ありがたいでござる」


「……ってよく分かってないんですけどね。何したらいいんですか?」

「そう言えば、信じがたいことにあゆみ氏は初心者でござったな。簡単に言えば、チームを組んで色んな試合に出てほしいのでござるよ。あとはチームでボスモンスターの討伐やゲーム攻略をすることもあるでござる」


「いいですよ。私フレンドは先輩しかいませんし、他にチームを組める人なんていないですからね」

「うーん。……率直に言って、あゆみ氏は天才でござる。いや天才以上でござろう。拙者や他のチームメンバーと違ってこれからどんどん有名になって、大企業からもばんばんスカウトが来るようになるでござる。億超えの年俸も夢ではないでごるよ」


「億!? ……って冗談ですよね!?」


「いや、冗談ではないでござる。企業と契約していなくても年収が億を超える有名リンカーは結構いるのでござる。あゆみ氏は間違いなく実力で有名リンカーになれるでござるよ」


「本当に?」

「ウソではないでござる。……拙者は……恥ずかしながらプロゲーマーになりたかったでござる。ただ実力及ばず30を超えてもフリータをしているのが現状でござる。恥を忍んで言えば、あゆみ氏と一緒にプレイしていれば企業からのスカウトが来るのではないかという下心があるのでござる。逆にあゆみ氏は拙者らとチームを組むことで道を狭くしてしまうかもしれないでござる。でもどうか、……どうか、この情けないおっさんに、そしてチームの皆に力を貸してください。お願いします!!」


 先輩は確かに私から見たらおっさんだ。そのおっさんが女の子にお願いするのって結構恥ずかしかったんじゃないかと思う。


 それに聞いてもいないのに下心まで暴露してるし。

 本当に見た目の印象と違って……と言ったら失礼だけど馬鹿正直と言うか誠実だね。


「ええ、いいですよ。さっきからそう言ってるじゃないですか。先輩からは沢山教えてもらってるし、私は先輩のお陰で『リンク』を始めて人生が変わったんです。少しくらい恩返しさせてください」


「か……かたじけないでござる。恩に……着るでござるよ……」

 先輩のキャラクターはずっと突っ立ったままだ。

 お辞儀も土下座もしてるわけじゃない。


 でも今先輩は画面の前で深くお辞儀をしていると思う。


 先輩の声はかすかに震えていたのだった。

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