第6話 大襲撃 前編


―前書き―


 シーザーは霊障渦の収束と同時にアインスに援軍と物資の補給を要請した。

 時を同じくして、山脈周辺に放った偵察隊が戦鬼の大群を発見。

 真っ直ぐに採掘基地を目指しており、大規模な戦闘になることは確実であった。


 戦鬼の大群を撃ち破り、ギルナ山脈の支配を確固たるものにできるかどうかはアインスからの援軍に掛かっている。

だがここでシーザーは、何も戦鬼だけが敵ではないと思い知らされることになる。


―前書き終わり―



「これが《援軍》ね」


 シーザーは目の前に居並ぶ入植者の大群を見て片方の眉を吊り上げた。

 隣に侍るヒアツィントは表情こそ穏やかだが、小さく嘆息した。


 援軍と称された、揚陸型宇宙船の一団は予定よりも遥かに速く到着した。

 だが、降りてきたのは完全武装の兵士ではなく、着の身着のままの入植者達負け犬だった。


 人数にしておよそ300人、約100家族。

 男に、女に、子供に、エトセトラ。

 

 これは援軍ではなく、追加の入植者だ。


 体はがりがりにやせ細り、纏う衣服は汚れ切っていて不潔極まりない。

 シーザーと共にギルナへやってきた入植者たちも地球の負け組の集まりではあったが、目の前の彼らに比べれば遥かにマシな部類だと思い知らされる。


「早すぎる援軍だったから少し嫌な予感がしていたが、まさかこう来るとはね」


 シーザーはやれやれと肩を竦めるが口元には笑みを浮かべるだけの余裕がある。

 しかし、隣のヒアツィントは動揺こそしていないものの


「アインスには武器や食料、医薬品の補給要請も行っておりましたが、応じてもらえたのは武器だけです。ですがそれも」


 荷下ろしされたコンテナには武器が満載されてはいたが、中に入っているのは旧式の装備ばかり。噛者相手なら確かにこれで戦えないわけではないが、扱いの雑さが際立っている。


「つまりは、民兵を徴収しろって言っているわけだね」


 総督府の考えとしては、入植者の中から戦えそうな男を徴収し、共に送った武器を持たせて兵士にせよ、ということだろう。


「援軍も、物資の補給もこれとは」


「まあ、仕方ないよ。どこも物資不足、人員不足。増員してもらえただけ有難いと考えるしかない」


 とシーザーは極めてプラスに物事を考える。

 というよりも、考えるだけ無駄なので考えていないだけ。


 だが、入植者を家族ごと送ってきたことに相手の悪意が感じられる。

 本来なら、非戦闘員である入植者は戦闘時に足手まといになる。

 

 加えて、入植者たちは生きるために食料を消費する。

 兵士の代替に成り得る男だけを送って来たならまだしも、満足に働けそうもないほど衰弱した女子供や老人までも送り込んできた。食料は彼らにも供給しないといけない。


 そこへ追い打ちをかけるように、戦鬼の大群だ。

流石にそこまでの情報を掴んでこのような嫌がらせを行ってきた可能性は低いが


「ヘルヘイムの入植計画。それを失敗させてでも僕を廃嫡させたい奴がいるらしい」


 正直、シーザーには心当たりがあり過ぎる。

皇族の多くはシーザーの正体を知っており、故にシーザーを恐れている。

いつの日か復讐されるのではないか、と。

だから、彼がまだ幼子であるうちに亡き者にしようと暗躍しているのだ。


「やれやれ」


 と改めて肩を竦めるシーザーと、冷静に新たな策を思案するヒアツィント。

 

 そんな二人の前に、やつれた入植者たちぞろぞろと集まり、憐れみを乞う陽に跪いてきた。


「お願いです……何か食べ物を……」

「子供が病気なのです。どうかお薬をお恵み下さい……」

「我々を見捨てないで下さい……」


 求めるものは千差万別だが、一言でまとめるなら哀れそのものだ。

 これが本当に、銀河全域を股にかけるまで発展した文明の民の姿なのだろうかと考えさせられる。


「跪かなくていい。立つんだ」


 シーザーの言葉に入植者たちは互いに顔を見合わせる。

 だが、相手は皇族。しかも子供で背が高いため、立てば見下ろす形になる。

 それは不敬であり、地球では死を持って償うべき重罪だ。

 だが、シーザーは再度、立つように促した。


「いいから立つんだ。跪く必要など何処にもない」


入植者達は困惑しながらも、皇族の言葉に逆らい続けることもできず、立ち上がる。

そんな入植者たちに向かってシーザーが声をあげた。


「諸君、ようこそ、地獄の星へ。今ここで、新入りである諸君らにこの星でのルールを教えておこう。この星では何があっても、跪くことは許されない。例え相手が皇族であったも、戦鬼であっても、であってもだ。跪くだけの力があるなら武器を取り、鍬を取り、ハンマーを取り、戦え。それがこの星のルールだ」


 唖然とすると入植者たち。

 だがシーザーは入植者たちを置いてきぼりにして話を進める。


「ヒアツィント、彼らに水と食料を。必要な者には治療や医薬品の提供を行え」


「了解しました、殿下」


 今後の事を考えればここで大盤振る舞いするのは得策とは言えない。

 でも、このまま飢民を抱えて戦鬼の大群と戦うことも出来ない。

 未来のことよりも明日のことを。


(今は目前に迫る戦鬼の群れだ)


 続けてシーザーは戦鬼の襲来に向けて防備を整えるべく、指示を飛ばした。



◇ ◇



 焔者アーソナーとは読んで字のごとく、燃えている人を指す。

 全身に炎を纏っていることからそう名付けられた。


 脆さで言えば人間よりも少し頑丈なぐらいで、殺すのはさほど難しくはない。しかし、焔者は死んだ際に周囲を巻き込みながら爆発する。


「アァァ……ウアァァ……」


 焔者の苦しげな呻き声が他の戦鬼のうめき声と重なって轟き、爛れた足が大地を震わせる。


 ヘルヘイムの荒野を大量の戦鬼が進んでいた。

そのほとんどが噛者であり、群れの中に点在する焔者の炎が、まるで戦鬼の軍団のかがり火のようであった。


「来たか」


 ヒアツィントは双眼鏡をのぞき込みながら小さな声で呟いた。

 戦鬼の大群は良くも悪くも想定通りのスピードでやってきた。


 十二分な防御陣地を構築できたわけではないが、兵士も入植者も総出で働き、できる限りの防備は固めた。


 あとは運を天に任せ戦うだけだ。


「全軍、戦闘準備」


 ヒアツィントは監視塔から身を乗り出し、全部隊に戦闘準備を指示した。




 戦場は山脈の入口に築いた野営地周辺。

 採掘基地を発見したときにシーザーが陣を張っていた場所だ。

 野営地の周りを囲むように築かれた堀の中には余った資材や廃材で造った杭が並んでいる。監視塔には機関銃が据えられ、柵の内側に並ぶ兵士と装甲車が並んで銃身と砲口を戦鬼に向けていた。

 

 それだけでは戦力が心もとないため、入植者の男達も徴用し、アインスから送られてきた飢民の男達も徴用した。彼らにはアインスから送られてきた旧式の武器を持たせて兵士たちと共に前線に並ばせている。


「装甲車は正面の群れに砲撃を。歩兵部隊は装甲車の撃ち漏らした敵をせん滅、および焔者を優先的に撃破、殿下は弾の続く限り砲撃を」


「了解だ」


 目の前には戦鬼の大群が大地を埋め尽くして迫ってきている。

 シーザーは気持ちを切り替え、ヒアツィントの指示に応答すると、髑髏の王へと変異する。


 3m近い巨躯を持つ半分機械の戦鬼が、全身をパワーアーマーで包み込み、リヴォルヴァーカノンを装備して戦闘準備完了。


 野営地に巨大な戦鬼が現れても兵士として徴用された入植者の男達は騒がなかった。

 顔を引きつらせ、冷や汗こそ流したものの、絶叫して野営地を飛び出したところで死が見えている。


 怯えているだけでは決して生き残れないと理解していた。



「アーラ、カーラ、タイミングは指示する。その時は頼むぞ」


変異を終えたシーザーは横目で両脇に控えるアーラとカーラを見る。


「了解」

「わかりました」


 と双子は相変わらず抑揚のない声で応えながら頷いた。

 すぐそこまで戦鬼の大群が迫っているというのに、わずかたりとも恐怖を感じていない。

 でも今はそれが逆に有難い。


「さて、始めるとしようか」


 シーザーが砲身を戦鬼の大群に向け、トリガーを引く。

 砲身から27mmの弾頭が発射された。


 もともと装甲目標を破壊するために開発されたリヴォルヴァーカノンだ。

一発の弾丸で何体もの噛者を貫通し、その腐った肉体を木っ端みじんに吹き飛ばす。


 続けて火ぶたを切ったのは装甲車だ。

 30mmの機関砲から連続して弾丸が発射され、噛者の群れを縦に切り裂いていく。

 そのうちの何発かが焔者に命中すると、周囲の噛者を巻き込んで大きな爆炎を上げた。


 だが、戦鬼という化け物には死への恐怖もなければ退却という概念もない。

 目の前で仲間も噛者がひき肉になり、隣の焔者が吹き飛んで爆炎を上げても構うことなく愚直に前進する。


 その出鼻を挫くように監視塔の機関銃が銃撃を行い、大口径の弾丸がその脆い肉体を容赦なく貫通する。


 そして、シーザーや装甲車らが撃ち漏らした戦鬼を殺すのが歩兵部隊の役目だ。


 柵の内側から兵士と入植者からなる混成部隊が自動小銃で戦鬼どもに弾丸の雨を浴びせる。


 リヴォルヴァーカノンや機関砲に比べれば一発一発の威力は低いが、噛者も焔者も脆いため殺すには十分な威力。優先的に焔者を狙うことで弾薬を節約しながら噛者を殺すこともできる。


 また、見渡す限り戦鬼の群れのため、銃に慣れていない入植者たちの下手な鉄砲でも戦鬼には命中する。


 それでも殺し切れなかった戦鬼は野営地の周囲に設けられた堀に落ち、杭によって串刺しにされる。死体が積み上がれば堀としての機能は失われるが、植民団側の弾の投射量と戦鬼の勢いを勘案すれば何とか持ちこたえることができるだろう。


 あとは、こちらの弾薬が尽きるのが先か、敵が全滅するのが先かというだけだ。


 戦鬼は音に反応して、連鎖状に群体を形成する習性がある。

 獲物を見つけた戦鬼は唸り声をあげ、その唸り声を聞いた別の戦鬼がまた唸り声を上げながら続く。そうやって戦鬼は何処までも連鎖的に仲間を集め、獲物に向かって殺到する。


 もし群れの連鎖が途切れることなく続いたらどれだけの大群がこのエリアに集結することになるのか考えるだけでも恐ろしい。


(弾薬が切れる前に群れが途切れることを祈るしかないか)


 裏を返せばヒアツィントに出来ることはそれぐらいしかなかった。



◇ ◇



 戦闘開始から3時間が経過した。

 聞こえるのは銃砲撃の音と、戦鬼どもの呻き声だけ。

 耳を劈くような大きな音に最初こそ耳が痛んだが、段々と聞き慣れた音のように気にならなくなった。


(このまま順調に進めば乗り切れる)


 ヒアツィントは監視塔の上からヘルヘイムの荒野を見渡している。


大地が見えないほどの大量の戦鬼、主に噛者の群れがこちらに向かって進んでいた。

その中に斑のように焔者が点在し、赤い煌きを放っている。


 だが、無限にも思えた戦鬼の数も徐々にだが減り始めている。

 遠目ではあるが、地平線の向こうに群れの切れ目も見え始めた。 


 兵士たちは弾薬を節約するためにトリガーを細かく刻んで引き、一発、一発、丁寧に戦鬼の脳天に銃弾を撃ち込んだ。


 弾薬が空になれば背後に控えている兵士と交代して弾を込め、疲労が限界になればまた別の兵士と交代して休憩に入る。

 

 入植者たちも完全に兵士たちと同じようには出来ないものの、弾の節約を意識しながら戦っていた。

だがその一方で、入植者たちの中には口元に笑みを浮かべたまま顔の筋肉を硬直させている者たちもいた。PTSDを発症しているのだ。


 初めての戦闘で、しかも相手は人外の化け物たち。

群れの切れ目が地平線の先に見えたとはいえ、殺すべき怪物たちは大量に残っている。

いつ戦況が覆るかもわからない不安の中、長時間に渡って戦い続いたことで入植者たちの精神が犯され始めていた。


 おまけに野営地の周囲を囲む堀もその半分近くが戦鬼の死体で埋まっていた。

噛者が掘りを乗り越えて柵にたどり着くのも時間の問題だ。


 数は多くないが、兵士たちの中でもPTSDを発症している者もいるだろう。

 兵士たちは戦闘のプロであるが、それは人間を想定した戦いだ。

戦鬼との戦闘においては素人同然であり、人外の怪物を前にして恐怖を感じない筈がなかった。

 

 それでも兵士や入植者がなんとか精神的に踏みとどまれているのはシーザーの存在が大きい。


 彼は人間ではない。 

 そして髑髏の王と化した彼の力は凄まじい。


 ヒアツィントの眼下では、シーザーがリヴォルヴァーカノンを連射し、戦鬼を薙ぎ払っている。準備していた弾薬は既に底をついているが、彼は戦鬼を喰うことで弾薬を補充することができる。


 彼が味方に居る限りなんとかなる。兵士や入植者はそう思って戦うしかなかった。


「アーラ、カーラ」


 シーザーが合図を出すと、彼の両脇に控える双子の少女、アーラとカーラが動き出す。

 オカルトの類か、はたまた超自然科学的なものなのか正体は不明だが、彼女たちは生き物ように動く鉄鎖を空間の切れ目から出現させる力を持つ。

それを使って堀に転がる戦鬼の亡骸を吊り上げ縛り上げ、それを餌としてシーザーに献上した。

 

 シーザーが背中に背負っている給弾用のドラムマガジンの上面がポットのように開くと、そこに戦鬼の亡骸を押し込んだのだ。

両サイドを固める兵士や、装甲車に搭乗する操縦者たちには見えないだろうが、監視塔の上に立つヒアツィントには良く見えた。


 ドラムマガジンの中は巨大な口だ。

まるで獣の口内を覗き込んでいるかのようにはっきりと見える。

無数の牙が並び、その奥、マガジンの底に当たる部分は黄昏色に輝いていた。


先の戦いでは、シーザーは鉄仮面の裏側に隠していた口を使って戦鬼を貪っていたが、今回は背中に背負ったドラムマガジンの中に口を形成している。


 そこへ定期的に戦鬼をアーラとカーラが押し込み、喰わせることで弾薬を切らすことなく砲撃を続けることができた。


 どういった仕組みになっているのかは全く理解できない。

 そもそも、戦鬼という怪物は勿論、亡者に関しても未だ多くの部分が謎に包まれている。

 戦鬼の研究者でもなければ生物の研究者でもないヒアツィントには逆立ちしても答えは出てこないだろう。


 であるならば、彼に出来ることはただ一つ。

事態に変化の兆しが見えるまで、ただ行く末を見守るのみ。


(私は本当にヘルポールトの中にいるのだな)


 人類が初めて到達したもう一つの銀河。その中に浮かぶ惑星の一つに今、自分はいる。


 6年前、ヒアツィントがシーザーの護衛部隊の長に任じられたとき、自分がヘルヘイムに来ることになるなど想像もしていなかった。



◇ ◇



 更に2時間後。

 夕暮れが近づき、惑星の空を赤い巨大な星の姿が覆い始める。


戦いは順調に進んでいた。

 群れの勢いは弱まり、切れ目がもうすぐ傍まで迫っている。


 堀はほとんどが噛者の死体で埋まってしまっているが、現状のまま戦いが進めばなんとか乗り越えられるだろう。


そう、安堵しかけた時だった。


戦鬼の群れの中から巨大な何かが飛び出してきた。


「ウオォォォォォォォッ!!!」


 その巨大な何かは咆哮をあげながら目にも留まらない速度で突進してきた。

噛者の死体で埋まった堀を乗り越え、柵を突き破り、装甲車を弾き飛ばし、監視塔に体当たりしてきた。


 ヒアツィントが目視出来たのはそこまで。

彼は突進によって根本から折れ曲がった監視塔から投げ出され、地面に落下した。


 全身を強く打ち、視界がブラックアウトする。

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