第4話 漆黒の中の漆黒
ヘルヘイムの夜に抗うように巨大な炎が上がっている。
キャンプファイヤーなどと呼ぶには規模が桁違いだ。
それもその筈。300体近い遺体を焼いているのだから。
噛者の亡骸と、戦鬼化していなかった入植者たちの死体も分け隔てなく焼かれている。
遺体を焼いている炎の前で、弔いのために祈りを捧げている者たちの姿もある。
今は亡き入植者たちの宗教が何であったかは定かではないが、弔われぬまま焼かれるよりはいいだろうという考えだろう。
「おい、そろそろ時間だッ!中に戻れッ!」
兵士が採掘基地の入口から祈りを捧げる人たちに声をかける。
巨大な漆黒の巨大な渦がすぐ傍にまで迫っていた。
強い風に加えて、底冷えするような冷気が肌を撫でてくる。
それに加えて渦からは人の悲鳴のような音が轟いてきた。
入植者たちは急ぎ採掘基地の中に戻り、兵士がゲートを閉じる。
採掘基地が黒い渦に呑まれたのはその直後だった。
◇ ◇
ヒアツィントが報告のためにシーザーの下を訪れたのは、採掘基地が黒い渦に呑まれた直後だった。
シーザーは基地代表の私室
彼は革張りの椅子にゆったりと腰かけており、その両脇を固めるようにアーラとカーラの双子が立っている。
だが、部屋は基地を制圧した直後から一切の手が加えられていない。
つまり、基地内を戦鬼が徘徊していた時から何も変わっていないのだ。
部屋の中には人のものか、戦鬼のものかも分からない肉片が散らばり、壁や床には血がべっとりと付着している。
兵士のヒアツィントでさえも思わず手で鼻を覆いたくなるような死臭が充満していた。
にもかかわらず、シーザーは涼しい顔をして革張りの椅子に腰かけ、穏やかな表情を浮かべていた。
その両脇に控えるアーラとカーラも相変わらずの無表情だ。
「殿下、報告に上がりました。破損した壁の修復と基地内の遺体の処理は完了しました。KEKKAIシールドも正常に稼働しています」
「そうか、ヒアツィント。ご苦労様」
シーザーは柔らかな笑みを浮かべてヒアツィントを労う。
彼の机の上には血に塗れたタブレット端末と、データディスクが積まれていた。
基地に残された記録。
入植者たちがあの場所で生きていたという確かな証拠。
シーザーはその中身を確認していたようだった。
しかし、その赤色の瞳には大人顔負けの知性が宿っており、言葉にはせずともヒアツィントに報告の続きを促している。
「気象班の報告では
とヒアツィントが報告すると、シーザーは視線をガラス張りの壁へと向けた。
オレンジ色のドーム状の
「アァァァァァァァッ!!」
という人の悲鳴のようなものが聞こえてきたのはその時だった。
深い闇の中で何かが蠢いている。
闇よりも更に深い漆黒の色をした人型の影が渦の中を飛んでいた。
それも一体や二体ではない。数百、数千、とにかく沢山だ。
浮遊する黒い影がオレンジ色のバリアと接触し、火花を散らした。
だが、直ぐに次の影が飛んできて、再びバリアと接触して火花を散らした。
霊障渦の中に居る間はそれが代わる代わる、永遠と続けられる。
「
とシーザーはバリアにぶつかってくる影を見て笑った。
霊障渦と叫者は、戦鬼によってテラフォームされた惑星で起きる超自然現象と、その内側に巣くう戦鬼の名だ。
どちらも発見されてから数世紀近い年月が経過しているにも関わらず、未だ多くの謎を抱える存在だ。
両者についてわかっていることはたった4つ。
霊障渦の中に居る間は外部との通信が遮断される。
また、霊障渦に呑まれた者は例外なく命を落とし、叫者に憑依された者は生者であっても死者であっても戦鬼へと変異する。
霊障渦と叫者を撃退する手段はなく、
「通信リンクは復旧済みですが、この状況ではアインスに増援や物資の要請もできません」
アインスとはゲルマニア帝国が有する、ヘルヘイムの衛星軌道上に存在する宇宙ステーションだ。
アインスには軍事と行政の責任者である帝国弁務官が配置されており、ヘルヘイムの入植活動を支援していた。
ギルナ山脈を確保した今、その基盤を盤石にするためにもアインスからの増援と物資の補給は必須だった。
だが、霊障渦の中に居る間は外部との通信は出来ない。
「諦めるしかないさ。それに、霊障渦が発生している間はどのみちここには近づけない」
2,3日程度をやり過ごせるぐらいの物資はある。
「それよりも、入植者達はどうしてる?叫者たちの声に戦々恐々としているんじゃないのかい?」
基地の外からは絶え間なく叫者たちの禍々しい声が轟いてくる。
まるで地の底から這い出てきたアンデットの叫び声のようだ。
「怯えてはいますが、一先ずは安定しています。基地内が片付くまでは食堂や会議室といった広い場所で寝泊まりしてもらいます」
同じ人間同士で密集していた方がまだ安心できるだろう、というヒアツィントの判断だ。
それに、基地は制圧こそしたが凄惨な状態であることに変わりはない。
この基地が、普通に人が過ごせるようになるには時間が必要だ。
「今日は皆、よくやってくれた。大盤振る舞いとはいかないけど、入植者や兵士達には十分な食事とビールでも振舞ってあげて。故郷の味を堪能すれば少しは気がまぎれる」
ホームシックになる可能性もあるが、腹をすかせたまま基地の外を飛び交う怪物に怯えるよりかましだ。
「かしこまりました。そのように取り計らいます。それと、殿下の御食事も直ぐにお持ちします」
「僕は無くて大丈夫だよ」
と、シーザーはさも当然のように応える。
ヒアツィントもその意図を理解しているだけに少しだけ顔を強張らせる。
「たっぷり戦鬼を食べたから、これで数か月は持つよ。それよりもヒアツィント、君こそちゃんとご飯を食べなきゃだめだよ。君は
―
シーザーは最後にそう付け加えて、にっこりと笑った。
そもそも、皇族であるシーザーがなぜヘルヘイムのような危険な惑星に、入植者を率いてやってきたのか。
全ての始まりは、彼の12歳の誕生日に起きた《シーザー暗殺未遂事件》に端を発する。
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