第3話 殲滅戦
防壁の内側は噛者で溢れかえっていた。
「アァァ……ウアァァ……」
と不気味な呻き声を上げながら基地の中を徘徊している。
この基地こそが自分達の居場所だと言わんばかりに外へ出ようとしない。
基地の外に取り残されている噛者たちも、中に入れてくれと言わんばかりに爛れた手で壁を叩いている。少し回り込めば壁に大穴が空いているというのに、それを理解できるだけの知能はもはや残されていなかった。
そんな彼らのもとに、死神とも、救世主ともとれる同類が、ドシン、ドシン、とまるで巨人のような重々しい足音を携えて近づいてきた。
チェーンが高速で巻き取られていくような音がして、次の瞬間、天をも引き裂くような連射音が山脈中に木霊する。
弾丸が薄い鉄板の壁を次々と撃ち抜きながら基地の内外に犇めく噛者を薙ぎ払った。
もともと、大きく破損していた壁はいよいよ原型を留めていられなくなったかのように音を立てて崩壊する。
そして崩壊した壁の向こうから《
全身を重装甲のパワーアーマーで包み込んだ、体長が3mに達する巨人。
それだけでも既に異様だというのに、左腕は27mm口径のリヴォルヴァーカノンと一体化し、背面に装着された円筒形のボックスから給弾用ベルトが接続されている。
さらに、頭部を包み込む甲殻には美しい少年の顔が彫り込まれており、眼は戦鬼と同じ黄昏色の煌めきを放っていた。
「アァァ………エアァァァァ………」
髑髏の王のあどけなさの残る唇が動き出し、噛者と似たような不気味な声を漏らす。
それから空気を引き裂くような轟音と共に27mm弾が射出され、噛者たちを一瞬で肉塊へと変えていく。対機甲部隊用に開発された機関砲のため、噛者の腐った肉体を花火のように四散させるぐらい造作もなかった。
「前進」
髑髏の王は仮面の下から人語を紡ぎ出すと同時に前進を開始。
その背を装甲車と歩兵からなる機械化歩兵が追従し、機関砲の魔弾から逃れた噛者を屠っていく。
髑髏の王の強烈な姿を前に、装甲車も人間の兵士もまるで子供のように貧弱に見えた。
それから部隊は髑髏の王を先頭に基地の中心へ向かって進軍する。
髑髏の王は動く砲座であり、攻め寄せてくる噛者を容赦なく殲滅した。
放たれる多量の弾丸が勢い余って家々を薙ぎ倒し、壁越しに更なる噛者を駆逐していく。
だが、直ぐにある問題が生じる。
髑髏の王が装備しているリヴォルヴァーカノンの弾丸が尽きてしまったのだ。
だが、髑髏の王は補給のために後退することなく、ミンチにされた噛者の前に跪いたのだ。
しかしそれは懺悔のためではない。
髑髏の王の顎が外れたように大きく開かれ、金属の牙が剣山のように生え並んでいる口内を露わにする。
そして咽喉の奥からは眩い
髑髏の王は、金属の牙が剣山のように生え並ぶその口で、噛者の死肉に喰らいついたのだ。
その様はまさに血肉を貪る獣そのもの。
髑髏の王が死肉を食むと、撃ち尽くしたはずの弾丸が次々と給弾ボックスのベルトを通り、リヴォルヴァーカノンに送られ始めた。給弾されていく弾丸は赤黒く、まるで血肉を押し固めて形成したように赤い液体が染み出している。
だが、捕食中の髑髏の王は完全な無防備。
そこへ一体の噛者が兵士たちの銃撃をすり抜けて襲い掛かってきた。
回避は間に合わないが、噛者の牙では髑髏の王の装甲に傷をつけることすらできない。
ならば無視して味方の兵士に排除を任せようと血肉を貪り続けていたその目の前で、噛者の肉体が無残にも引きちぎられた。
噛者を殺したのは赤と黒のコントラストが織りなす鎖のようなもの。
か細い赤色の筋肉を守る様に黒い金属の鱗が覆っている。
ソレが撓るムチのような動きで走者の肉体を破砕した。
鎖は双子の少女、アーラとカーラの背後に出現した空間の切れ目から伸びていた。
双子の双眸が異様な
いつの間に前線に出てきたのかは知らないが、双子は普段通りの涼しい顔をし、すぐ傍で兵士と戦鬼が熾烈極まる攻防戦を繰り広げているというのに、自分達だけは別世界と言わんばかりに振舞っている。
アーラとカーラは髑髏の王に襲い掛かる噛者を片端から縊り殺した。
そればかりか、ただの腐肉と化した噛者の躯に鉄鎖が先端を突き立て、脈動する。
金属のような外見をしているにもかかわらず、それはまるで死体に群がる蛇のような生々しい動きで噛者の躯を喰ったのだ。
そうこうしている間に髑髏の王も捕食を終え、弾丸の補充が完了した。
停滞していた進撃が再開される。
機関砲から次々と27mmの弾丸が発射され、噛者を次々と肉片に変えていく。
だが、機関砲のマズルフラッシュの光は眩い閃光ではなく、赤黒い液体の飛沫だった。
「一斑は制御室をッ!二班は動力室を押さえろッ!」
と指揮車輛のヒアツィントから無線を通じて各隊に指示が飛び、兵士たちが基地の内部へと進入する。
「お前たちは制御室だ」
髑髏の王からシーザーの声帯でアーラとカーラに指示が出される。
双子は頷き
「了解」
「わかりました」
と二手に分かれた。
◇ ◇
シーザーが兵士たちと共に向かったのは地下。
動力源は破壊されにくいよう地下に配置する。
だが電力が落ちている今、地下は暗く、視界も悪い。
でも確かに、蠢く怪物たちの足音が聞こえる。
「密集しろ」
シーザーの号令と共に、兵士たちが髑髏の王を中心とした円陣を組んだ。
全員が円の外を向いて銃を構え、ヘルメットと銃に付いているフラッシュライトを点灯する。
その瞬間、血と臓物に塗れた禍々しい通路と、今まさに襲い掛からんとしてくる噛者の大群が照らし出された。
髑髏の王は的確に、動く銃座と言わんばかりに噛者を薙ぎ払っていく。
兵士たちは物陰からの奇襲に最新の注意を払いつつ、シーザーの取りこぼしを撃ち殺す。
そのまま地下を進んで行くと、動力室を発見した。
だが、ここだけ扉が固く閉じられており、開かない。
扉の向こうから何かが蠢くような小さな音が聞こえてきた。
「カバーしろ」
とシーザーが指示をすると、兵士たちが扉を中心に展開し、迫りくる戦鬼との戦闘に移行する。
戦線を離れたシーザーは閉ざされた扉に体当たりを食らわせた。
圧倒的な質量から来る一撃に扉がひしゃげ、二度目の突進で吹き飛んだ。
「突入」
内部にも戦鬼が犇めいている。
そう確信して飛び込んだが、結果はシーザーの斜め下を行っていた。
「アァ……ェェ…………ェゥ………」
動力室には確かに噛者がいた。
だが、噛者たちは誰も彼もがガリガリにやせ細っていた。
自分の足でもはや立つことすらもできず、力ない動作で地面を這いずるだけ。
おまけに、噛者の殆どが女や子供であった。
(ここに逃げ込み、そのまま助からなかったのか)
だが、それだけのこと。
死んで戦鬼になったのなら、それは敵だ。
シーザーは這い寄って来る赤子の戦鬼を金属で出来た足裏で容赦なく踏み潰した。
死人に用はない。
生き残るためには余計な感傷は不要。
むしろ、簡単に殺せる相手で都合が良かったと喜ぶべき。
這いずるしかできない弱り切った戦鬼を手際よく処分し、兵士の数名が発電機の制御端末にアクセスした。
燃料は僅かだが残っており、システムも死んではいない。
動力室の入口へ引き返し、押し寄せる戦鬼を砲撃していたシーザーの背後から、発電機が稼働する音が聞こえてきた。
地下通路の照明が点灯する。
◇ ◇
アーラとカーラは制御室に向かって進んでいた。
だが、こちらはシーザーら以上に順調に進んでいた。
双子が空間を引き裂いて呼び出している鎖が全周を防御するように円を描きながら噛者を縊り殺していく。
兵士たちは鎖の描く円の内側に入り、その隙間から銃撃するだけでよかった。
それに、制御室は地上部分にあるためそこに通じる通路も明るく、視界も良かった。
基地の内部は相も変わらず凄惨な状態であり、歩く度に何かの肉片を踏みつけて、嫌な感触が足裏に伝わってくる。
でも、アーラとカーラは無表情。
そして基地の最上階に目的としている制御室があった。
内部にはやはり噛者が犇めいており、先頭を歩むアーラとカーラに襲い掛かってくる。
だがすぐに、攻守が逆転。
何本もの鉄鎖が空間の裂け目から現れては噛者を貫き、巻き付き、すり潰し、吸収していく。一体、どちらが怪物なのか分からなくなるほどに圧倒的な光景だった。
制御室に並ぶディスプレイが点灯し、コンソール類が起動したのはその時だ。
兵士達がコンソールに着き、端末の上に転がる誰の者ともわからない千切れた手を払いのけた。
そして直ぐに基地全体の制御システムの掌握が行われる。
「システム再起動完了」
「
「シールド、展開します」
兵士がシールドの起動ボタンを押すと、一瞬だけ基地の灯りが消え、直ぐに再点灯する。
大量の電力がシールドの展開装置に供給され、甲高い起動音を奏でた。
そして、オレンジ色をしたドーム状の光の壁が基地全体を覆ったのだ。
「
システムの掌握は完了した。
それから程なくして、基地の噛者も一掃された。
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