第2話 髑髏の王《デス・ヘッド》

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シーザー率いる植民団の車列は戦鬼の群れを突破し、コロニーの建設予定地へと向かっていた。


彼らが目指していたのはギルナ山脈と呼ばれるヘルヘイム有数の巨大山脈であり、地質調査で万能鉱物エニグマが産出することがわかっていた。

その一方で、山脈周辺には戦鬼の大群も確認されており、ヘルヘイム有数の危険地帯であった。


もしここにコロニーを築くことができれば、今後の植民活動を有利に進めることができるだろう。


だが、そう考えていたのはシーザー達だけではなかった。


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「かなりの数がいるな」


 偵察にやってきたシーザー配下の兵士達が巨大な岩石によじ登り、双眼鏡を覗き込む。

その先にあったのは、山脈の中腹に築かれた小規模な採掘基地だ。


 だが、おそらく生きている人間はいない。

基地の内外には噛者バイターと呼ばれる戦鬼で溢れていた。


 噛者バイターとは読んで字のごとく、噛みつく人を指す。

顎が外れたかのような大きな口と鋭い牙を持つのが特徴だ。


全身の肌という肌が爛れ、赤黒い肉をむき出しにしているなど、まさにゾンビのような化け物だ。空洞となった目の奥から漏れ出す黄昏色の光がさらに彼らの怪物としての不気味さを引き立てている。


シーザー達がギルナ山脈に向かう途中に遭遇したのもこの噛者の群れである。


 その噛者が採掘基地の内外を徘徊していた。


「アァァ……ウアァァ……」


 噛者の苦しげな呻き声が何重にも重なって轟き、爛れた足で彷徨っていた。


採掘基地を囲う防壁には一か所だけ大きな穴があけられていた。

そこが戦鬼の進入路となったことが伺える。


「殿下に報告しろ。壊滅した採掘基地を発見した、とな。それと」


 と言って兵士は双眼鏡を採掘基地と真逆の方向、自分達が走り抜けてきた荒野へと向けた。


霊障域れいしょういきだ」


 点にまで届く漆黒の、巨大な竜巻。

周囲の光を全て吸い込んでいるかのように鮮明な黒色をした渦が発生していた。

 それが徐々に大きさを増している。


 移動しているのではなく、自らの領域を広げるかのように拡大している。

 ギルナ山脈が呑まれるのに時間は掛からない。



◇ ◇



 偵察隊が戦鬼に襲撃され、壊滅した採掘基地を発見したという報せは直ぐに、麓で野営地を構えるシーザーの下に届けられた。


 野営地には整然と装甲車と軍用トラックが整列し、軍用テントが並んでいる。

野営地の外縁には鉄骨で組まれた見張り台が周囲に睨みを利かしており、兵士たちが監視の目を光らせている。


 野営地には至る所に鷲の描かれた旗が掲げられており、装甲車にもトラックにも、テントにさえも同じく《鷲》が描かれていた。


 シーザーが居る司令部のテントは一際大きく、野営地の中央に配置されている。


「殿下、偵察隊より連絡です。山脈の中腹に採掘基地を発見しました」


 と若い青年将校が偵察隊から齎された情報をシーザーに報告する。


 シーザーはテントの最奥で、その小さな体躯を革張りの椅子に沈め、小鳥のさえずりに耳を傾けるような穏やかな表情のまま報告を聞いていた。

 両脇にはアーラとカーラが控えているが相変わらずの無表情だ。

 

「ですが、基地は既に壊滅しており、内外には多数の噛者がいるとのことです」

「報告をありがとう、ヒアツィント。ちなみに、周囲に噛者以外の戦鬼は確認できたかな?」


 シーザーは青年将校をヒアツィントと呼んだ。

 金色の短髪に緑色の瞳をしたこの青年将校は、ヒアツィント・グラーフ伯爵・カミネッツ大尉。シーザーの副官であり、シーザー配下の軍団を指揮している。


「いいえ。偵察隊の報告では、確認できたのは噛者のみです」


では報告にあった、防壁に空けられた大穴は何だというのだろうか。

防壁に使用されている装甲板は噛者の腕力で破壊するなど困難。

ましてや大穴を空けるなど不可能に近い。


(戦鬼たちはエニグマ鉱が産出する地域に多く集まると聞いたことはあるが)


戦鬼とエニグマ鉱との因果関係は科学的に証明されてはいない。

だが、戦鬼の密度が高いほどより強力で、狂暴な戦鬼が出現するのは確かだ。


ギルナ山脈の鉱脈はヘルヘイムでも有数の規模であり、ここへ来る途中に遭った噛者の大群はかなり大規模なものであった。


 ギルナ山脈周辺は戦鬼の群生地帯であり、戦鬼の密度も際立って高い。

 防壁を難なく突破する強力な戦鬼が出現してもおかしくはなかった。

 

(でも、果たしてそれは、戦鬼がエニグマ鉱に引き寄せられてくるのか、エニグマ鉱に引き寄せられてくる人間に引き寄せられてくるのか)


 エニグマ鉱は万能鉱物として地球で重宝されているヘルポールト宙域有数の戦略資源。

その宝石のように赤い煌きに引き寄せられているのは戦鬼よりもむしろ、人間の方であろう。


「それと、報告にあった《霊障域》がここまで拡大するまでの時間は?」


 偵察隊が発見した漆黒の竜巻のようなものだ。


「気象部隊の報告ではあと4時間です」


「だとしたら、僕らは進むしかない」


寄るべき拠点を手に入れなければ、いずれは霊障の渦に呑まれる。

霊障域から逃げるために一時、撤退という選択肢も無いわけではないが、他へ移動したところで、そこに拠点を築ける確たる保証もない。


(最初は戦闘を避けつつ拠点を築き、徐々に足場を固める予定だったけど……)


 固める前から既に基地が築かれており、しかも現在、戦鬼に占領されている。

 おまけに背後からは霊障域が迫っている。

 

 入植の序盤から想定外なことばかりだ。

 とはいっても、弱音ばかりも言っていられない。


「ヒアツィント、部隊に召集を掛けろ。戦鬼から基地を奪取するぞ」


 とシーザーは椅子から降りた。


「殿下も戦われるのですか?」


「その方が犠牲も減る。入植の序盤で兵を失いたくない」


 それに、とシーザーは不敵な笑みを浮かべて言った。


「今更、人間の子供ぶる・・必要もないだろ?」



◇ ◇



 シーザーがテントを出ると直ちにヒアツィントに指示をする。

 

「ヒアツィント。あの狂人お義父さんがくれた餞別を用意してくれ」


「かしこまりました、殿下」


 胸に手を添え、小さく頭を垂れるヒアツィント。

 それから直ぐにシーザーの下を離れ、部下たちに命令を下す。


「殿下の武装をご用意しろ。残りの部隊は出撃準備。装甲車とトラックのエンジンを始動させろ」


「「「了解ヤボール」」」


 部隊の指揮は基本的にカミネッツ大尉が行う。

 そしてシーザーにはもっと大事な仕事があった。


「「シーザー」」


 唐突に声を掛けられて振り返ると、アーラとカーラがいた。

 相も変わらずの無表情だが、青色の瞳が、戦うの?と問いかけているように感じられた。


「これから採掘基地を奪い返しに行く。僕ら植民団の初陣さ」


そしてここでしくじれば、僕達は終わりってわけ。


 と言って笑うシーザー。

 自分の人生を、命を懸けた戦闘がこれから行われるというのに、シーザーはまるでピクニックに行くかのような軽い口調で話した。

 

 だが、双子はシーザーの言葉に応えることなく沈黙を保っている。

 少なくとも彼女達も危機感を抱いているようには見えなかった。

 

「まあ、そんなわけだからちょっと行ってくるね」


 とシーザーは戦闘準備に入る。


その時、ドクンッ!と体の中心で何かが大きく脈打った。

同時にシーザーの真紅の双眸が黄昏色・・・に変化し、煌きだす。


アーラとカーラは勿論のこと、部隊に指揮していたヒアツィントも、他の兵士たちや入植者たちもシーザーの異変を感じ取り、視線を向けた。


少年の小さな輪郭が徐々に崩れ始め、大きく膨らみだしたのだ。

バキバキと異音を立てながら子供の肉体が全くの別な何かに入れ替わっていく。

まるで裏と表が入れ替わる様に。


少年が変異したのは、体長3m程の人型をした化け物。

枯れ木のようにか細く、骨のような無機質な白色をした体躯。

皮膚を突き破り、顔を覗かせるのは黒色の機械式人工骨格。

胸元には、内臓代わりの微細な電子コードの束と申し訳程度の筋肉があり、その中央に黄昏色の球体が煌々とした光を放っている。


そして頭部は石膏像を思わせる端正な人面が彫り込まれており、仮面の眼は黄昏色の煌めきを放っていた。

その人面はシーザーの面影をそのまま残している。

これこそがシーザーの戦鬼としての姿。髑髏の王デス・ヘッドだ。


髑髏の王デス・ヘッドと化したシーザーは輸送トラックの中でもひときわ大型な車体に近づいた。

そのトラックは荷台に大きなものを搭載しているのが一目でわかるぐらい車体後部が突出している。


人ならざる主がやってきたが、工兵たちは動じることなくトラック後部のハッチを開けた。


 トラックに搭載されていたのはシーザー専用の装備。

 シーザーの巨体に合わせて設計されたパワーアーマーと、大型の機関砲が一門。

 

 パワーアーマーは避弾経始が考慮された曲面の多いデザインで、全体的に丸みを帯びた装甲で構成されている。頭部に装着するヘルメットはゲルマニア帝国軍で採用されているシュターヘルムのデザインを踏襲しており、ヘルメットとアーマーを装着した姿は巨大な帝国兵といったところ。


 これらの装備をシーザーは、むき出しの骨格と血肉に直付けして装着した。

 黒い骨格に纏う肉が装甲と接触した途端、接触面がドロドロと溶けて融合し、液化した筋肉が金属全体へと浸透していった。そして、只の金属の板にしか過ぎなかった装甲が僅かに皮膚のような柔軟性を見せたのだ。


 不気味を通り越して気色悪さすら感じる着用方法だが、装着の補助をしていた工兵たちは気に留める様子も無い。


 続いて機関砲は、対装甲車輛用の27mm口径リヴォルヴァーカノンであり、円筒形をした巨大なドラム式マガジンから帯状のベルトコンベアを通じて給弾される仕組みとなっている。


 髑髏の王がリヴォルヴァーカノンを左腕に持つと、腕の筋肉が増殖を始めて機関砲との接触部分を覆い尽くし、溶け合うように融合してしまう。


 続いて機関砲に弾を供給するためのドラム式マガジンだが、こちらは背中に背負うタイプであり、髑髏の王の背中に直接、取り付けてやらねばならなかった。


 その方法がやはり異質だ。

 背中の装甲に一部だけ穴が空いており、そこから赤々とした触手が何本も顔を覗かせ、まるで餌を求めているかのように蠢いていた。対するドラム式マガジンも背中と接触する部分に穴が空いており、マガジンをシーザーの背中に取り付けると、穴を通じて触手がマガジンの中に入り込み、根を張っていく。


 これでシーザーの武装は完了。

 ズシン、ズシン、と重厚な足音を奏でながらゆっくりと前進を開始した。

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