Castle of Helpoort

@SuperSoldier

プロローグ 捨てられた皇子

第1話 地獄門

― 宇宙世紀600年 惑星ヘルヘイムの荒野 ―


 赤い空の下、複数の装甲車と輸送トラックからなる一団が隊列を組んで走っていた。

車列は数十輌にもなる大所帯であり、非武装の輸送トラックを守るように装甲車が外周を固めている。


 そしてどの車両にも《鷲》の紋章が描かれていた。

 

 彼らが突き進む大地は人の血を吸ったかのように赤黒く、地面からは岩なのか金属なのかもわからない巨大な棘のような物が疎らに生えていた。

それだけでもこの惑星が、人類の母なる星、地球でないことがわかる。


そして、この地獄とも見紛う惑星ヘルヘイムへ足を踏み入れた新参者たちに洗礼を与えんと、棘の影から人形をした怪物たちがぞろぞろと姿を現し出す。


「前方に戦鬼センキの群れを発見ッ!突っ切るぞッ!」


 輸送トラックの運転手が叫んだ直後、車体ががたがたと激しく揺れ始めた。

 しかし、それはトラックが悪路を走っているからではない。

何かがトラックにぶつかっているからだ。


 人の形をした何かがトラックにべったりと張り付き、よじ登ろうとしている。


 赤黒い塊であるその怪物は、皮膚がただれ、血肉を剥き出しにしている人間のようであった。耳まで裂けた大きな口と、空洞と化した目の奥から黄昏色・・・の光を放ちながら獲物を探している。


「落とせッ!化け物どもを落とせッ!」


 トラックの荷台側面に設けられた銃眼から自動小銃を突き出し、銃撃する。

 しかし、銃撃しているのは兵士ではなく、ただの一般人だ。

 彼らは入植者。様々な理由で地球に居場所を無くした敗北者であり、生きる糧を求めて地獄と化した宇宙にやってきた。裏を返せば、地獄にでも行かなければ満足に食にもあり付けない境遇の人種ともいえる。


「死ねッ!戦鬼めッ!」

「殺せッ!殺せッ!」


銃弾を浴び、肉を穿たれ、血飛沫を上げ、躯と化した戦鬼が赤黒い大地に転がっていく。立ちはだかるようにトラックの前に立つ戦鬼は履帯に轢かれ、挽肉になる。


銃撃の音と、トラックが戦鬼の亡骸に乗り上げて揺れる度に、トラックの荷台に押し込まれている女子供が悲鳴を上げて泣き叫んだ。


その悲鳴めがけて次々と戦鬼がトラックに飛びつき、襲い掛かってくる。

と、その内の一体を装甲車の機関砲が撃ち抜き、肉体を四散させた。


トラックを守るように円陣を組む装甲車が襲い掛かる戦鬼たちに向かって機関砲による迎撃を行っていた。


だが、いかんせん車列が突破を図っているのは大地を埋め尽くすほどの戦鬼の群れ。

しかも、足を止めれば最期、物量に押しつぶされるのが目に見えている現状では定速走行の状態で発砲するしかなく、装甲車と装甲車の間を多量の戦鬼が通過するのは致し方が無い。


 装甲車の防衛網を抜けた戦鬼が輸送トラックに飛びつき、腐り切った手で金属製のハッチを開けようと引っ掻いてくる。嫌な音が車内に木霊する度に、荷台に乗る人々が発狂したように泣き叫んだ。


だが、誰もが狂気に取り憑かれ、ハッチを開けて外に逃げ出そうとはしない。

彼らは皆、分かっているのだ。外に出れば確実に死ぬ。

だから恐怖に震えながら、無事に自分の乗るトラックが戦鬼の群れを突破してくれるのを祈っていた。


一方の戦鬼たちは人間と違って死を恐れて、泣き叫びはしない。

そして戦鬼は死ぬか、人間を喰らうまで決して退かない。

それが戦鬼の本能なのか、或いは何かの引力が働いているのかはわからない。


「くそッ!死ねッ!死にやがれッ!」


 耳をつんざく銃撃音が車内に響き、マズルフラッシュの閃光が車内を照らし出す。するとトラックの荷台、泣き叫ぶ人々と同じ空間にいながらも、まるでそれらを意に介していないかのように涼しい顔をした3人の子供たちのシルエットが浮かび上がった。


 大人ですら迫りくる怪物たちに怯え、恐怖に抗うかのように怒号を上げているというのに、1人は口元に笑みを浮かべて鼻歌を歌い、残りの2人は外の戦鬼に興味がないと言わんばかりに退屈そうな表情を浮かべている。


 鼻歌を歌っているのは赤色の髪に、同色の瞳をした少年。

整った美しい容貌に、異様に白い肌・・・・・・を持ち、全身を雅な服装に包み込んでいる。見るからに高貴な家の出であるとわかる。


少年の名はシーザー・ゲルマニア。

政争に敗れてこのヘルヘイムに追放されてきた列強が一国、ゲルマニア帝国の準皇子・・・である。


「楽しい、シーザー?」

「楽しいですか、シーザー?」


 少年にそう問いかけたのは、シーザーの向かいに腰かける双子の少女であった。


 一人は青色の瞳の吊り目に、髪はクリーム色のショートカット。

 もう一人は気怠そうな青色のジト目に、同じくクリーム色のショートカット。

 二人とも感情の見えない無表情に、シーザーと同じぐらい肌が異様に白い。


 そして双子はゲルマニアの女性闇魔術師ドルイドの正装に身を包んでいる。

 黒を基調とした、ブーツ、ニーソックス、ホットパンツ、へそ出しのチューブトップ、肩回りを覆う程度までしか長さのないマント、長手袋、といういでたちだ。


「そうじゃないよ、アーラ、カーラ」


 シーザーは吊り目の少女をアーラ、ジト目の少女をカーラと呼んだ。


「ただ、とても綺麗だと思ってね」

 

 防弾ガラスの窓から見える空は、真赤に輝く巨大な惑星の姿に覆い尽くされている。

地球の美しい月と比べると、なんとも禍々しい。


しかしそれ故に人々は理解する。

ここは正真正銘の地獄の星なのだと。



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今からおよそ200年前、銀河に渦が出現した。

禍々しい黄昏色の螺旋を描くそれは《地獄門ヘルポールト》と呼ばれる超空間通路であり、そこを通って《奴ら》が銀河へと押し寄せてきた。


 人類の捕食者たる異形の怪物、《戦鬼センキ》である。

 

 スペースコロニーが一夜で壊滅し、一日で植民惑星が戦鬼に呑まれた。


 追い詰められた人類は持ちうる全ての力を投じ反攻作戦を開始。

 戦鬼の供給源を断つべく門を超え、地獄の宙域、《ヘルポールト》を発見する。

 

そこは劣悪な環境と、異形の怪物たちが溢れるもう一つの宇宙地獄だった。


―『宇宙探検家 ヴィズリー・ガーランド著 《新宇宙発見》より抜粋』―


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