kotodama
リュウ
第1話 kotodama
何万という人が通り過ぎる交差点。
その様子が画面に映し出される。
顔認識システムが、怪しい人物がいないかを検索している。
指名手配や捜索願の出ている人物の顔データは、設定済である。
次々と表示される顔とデータ。
信号が変わるたび押し寄せる人波。
監視員が、画面を見つめる。
「交代だよ」
後ろから、交代要員が声をかけた。
「変わったことあった?」
「無いね」目を抑えながら、席を代わった。
今、交代した男は、このシステムを悪用していた。
通りすぎる人の中から、人を指定すると、追尾が始まる。
個人情報までも入手可能だった。
この男は、好みの女性をターゲットにゆすりや暴行を繰り返したいた。
いつものように、女性を漁っていると、ある人物に気付いた。
それは、厚手のパーカーをスッポリと被り、こちらを睨んでいる。
顔はわからないが、確かにこちらを見ている。
カーソルを合わせ、拡大してみる。
<判別不能>の文字が、次々とスクロールしていく。
男は更にその人物をアップしていく。
画面がパーカーの中を映し出していた。
画面が真っ暗になる。目が離せない。
急に画面中央から、こちらに向かってくるものがある。
多量の点だ。
近づいてくる。文字だ。多量の文字だ。
その文字は、”死ね”。
目が閉じれない。
頭の中が”死ね”の文字で一杯になり、溢れているのが自分でもわかる。
何も考えることが出来ない。
どんどんと頭の中に入り込んでくる。
頭は、その情報量に耐えれなくなり、崩壊してしまった。
「おい、大丈夫か?大変だ!」
異変に気づいた監視員が叫んだ。
男は、目耳鼻から血が噴き出し意識が無かった。
画面には、いつものように交差点を行き交う人が映し出されていた。
「やっと、見つけたよ」
老人は、僕の前に立ちそう言った。
僕の頭は、誰だろうと検索中だ。
老人は、手を差し出した。握手?
僕は、躊躇した。
それは、僕の能力に問題があるからだった。
僕は、人に触れるとその人が理解できる。
どんな人か分かってしまう。
それは、残酷なことでもある。
外見とかけ離れた心の持ち主と出会ってしまうと、悲しくて落ち込んでしまうからだ。
そんな、僕を見かねて老人が私の手を掴んだ。
なんだこれは?
こんな気持ちになるなんて、不思議だ。
暖かい毛布に包まれているような感覚。
「私は、どうかな?」
僕は、言葉が出ない。
「君の能力は知っているよ。安心していい。
君に手伝ってほしいのです」
と、言って黒塗りのワンボックスカーを指さした。
僕は、誘われるままに車に乗せられ、アイマスクをされた。
逃げようなんて考えられなかった。
一時間くらい走ると、車から降ろされアイマスクをされたまま、部屋に案内された。
そして、アイマスクを外された。
光が眩しい。
そこは、白い壁の狭い部屋だった。
まるで、ゲーム用の部屋のようだった。
大きなディスプレイとゲーム用椅子が部屋の真ん中にあった。
「見せてやろう」
老人は、そう言うと壁に組み込まれた金庫の扉に手をかけた。
ダイヤル錠をクルクル回し扉を開いた。
扉の厚さは、十センチはあるだろう。
中は暗くてよくわからない。
一体、何が入っているのだろう?
老人は、壁の照明スイッチを入れた。
小窓から灯りが漏れる。
僕は、その小窓を覗き込んだ。
二メートル四方の部屋だった。
その真ん中に一辺が六十センチのキューブが置かれている。
周りにも、同じような箱が、ところ狭しと並び尽くされ、緑色のランプが点滅していた。
キューブから配線が血管のように周りの箱に伸びている。
「コンピュータ?」
「そうだ。これは、天才と言われた男が作ったもので、我々が管理している。
壁厚は二メートルの鉛の入ったコンクリートで作られ、電力は、何処にあるか分からない発電所から供給されている」
「もちろん、発電所も我々が管理している」
「何が出来る」
「これ自体は、何も出来ない。簡単に言えば、貯蔵庫だな」
「貯蔵庫?」
「君は、言霊を知っているか?」
「聞いたことはある。言葉に何らかの力があるでしょ」
「そうだ。相手を思う言葉は、身を守ってくれると言われている。
しかし、その逆もあるのだ」
「その良くない言霊の力は、凄まじい力を持っている。
それは、ネットに溢れている。これは、それを集めている」
「言霊を集める?」
「人は、その言葉を形にする際、念じてしまうのだ。
文字、映像に念のエネルギーが封じこまれるのだ。
”死ね”とかいう文字は、数えきれない程、ネットに転がっているからね。
その負のエネルギーをここに蓄積している」
「何のために?」
「正しく使うためだ」
「正しく使う?」
「悪しき人間には、消えてもらうためだ」
「消えてもらうって、殺すってこと?」
「結果的には、そういうこともあるだろうな。
蓄積したエネルギーを圧縮して、その人間に与えるだけなんだ。
どうなるか、その時にならないとわからない」
「人殺しなんて、手伝えるはずがないじゃないか?」
「そうか?被害者は、被害者の家族はどうなってもいいのか?
加害者は、裁かれるか?君は気付いているだろ」
老人は、振り返って小窓を閉めた。
「悪しき人間には、亡くなって貰いたいのだが、本当に悪か判断が必要だ。
そこで、君の出番だ。君に判断してほしい。
君は、人の心が読めるからだ。君にはその能力が備わっている。」
「僕が決めるのか?」
「そうだ。残念ながら人は嘘をつくのでな」
「僕が、僕が嘘つきならどうするんだ」
「簡単だ、消えてもらう。君は監視されている。
人の心を読めるのは、君、一人ではないのでな」
「わかった。僕はどうすればいい?」
「人に会って貰う。その人の心が人間なのか判断して我々に教えてくれればいい。
ただ、それだけだ」
その言葉を聞いた途端、僕は意識を失っていた。
意識を取り戻したのは、河川敷の公園のベンチだった。
あたりは薄暗く、朝か夕暮れか、よくわからなかった。
遠くに人だかりが見える。
一人を中心に三人その周りを取り囲んでいる。
何か叫んでいる。
僕は、それに近づいていった。
中心に居るのは、女の子で暴力を受けていた。
<なんだこいつら>僕は怒りを覚えた。
「何見てるんだコラァ!」
完全に興奮している。
リーダーと思われる男が、僕に近づいてきて胸倉を掴んだ。
男の腕力の強さが、伝わってくる。
その瞬間、僕の頭の中にこの男の今までの行為の記憶が電撃にように駆け巡った。
<なんて、いうヤツだ>と思った時、僕のケイタイが鳴った。
僕は、ケイタイに出た。あの老人からだった。
「いやぁ、大丈夫?今、君の胸倉を掴んでいるヤツ、いらない人?」
「いらない」と僕は答えた。
「じゃ、この電話に出て貰って」
僕は、胸倉を掴んでいる男に目を移した。
「あんたと話したいって?」僕はケイタイを渡した。
男は、僕から手を放し、ケイタイに出た。
男は、じっとケイタイに耳を傾ける。
悪しき言霊の圧縮されたエネルギーが、勢いよく男の耳から体の中に流れこむ。
男は、二三秒後、ケイタイを頬り投げた。
急にお雄たけびを上げて、仲間に殴りかかっていった。
訳が分からないと仲間たちは止めようとするが、止まらない。
アッという間に、仲間たちは地面に伏した。
男は両手で二人の襟首を掴み、川の中に引きずっていった。
そして、見えなくなった。
「大丈夫?帰れるかな?」
僕は、いじめられていた女の子に言葉をかけ、服についてゴミを払ってやった。
「あの人たちは?」
「さぁ、泳ぎにいったじゃないかな」
女の子は軽く会釈すると走って行ってしまった。
僕は、ケイタイを拾い耳に当てた。
「ご苦労さん、それじゃまた」
ケイタイが切れた。
僕もこの場を立ち去った。
世界は、何も変わっちゃいない。
・・・・・・でも。
kotodama リュウ @ryu_labo
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