第11話 キス

 結局、ボウリングは僕の最下位で終わった。 慣れてきたころには、僕の前の順位の人より30ちょっと離れていた。

 それでも、あと10点差まで来ていたから健闘したほうだろう。


「なにがいい?」


 やっている途中に突如決まった、最下位の人がジュースを買いに行くことにされた。

 というか、有紗が言い出した。 武人あたりが僕の最下位確定しそうなところで言うかなと思っていたら言われた。


「俺、コーラ」

「私はオレンジ」

「私もコーラ」


 有紗以外が次々に自分が飲みたいものを言っていく。

 有紗のほうを見ると、スコアの写真を撮っていた。 今回のボウリング、有紗もスコアは自己ベスト更新していたからなぁ。


「有紗さんは何する?」

「え? 私? じゃあ、コーラで」


「了解」と言って自販機コーナーに向かって歩く。 久しぶりに有紗以外の人と遊ぶ、1年前だとできるとも思いもしなかったことに思わず口元が緩む。

 自販機で言われたものすべて買って俺の分も買おうと自販機を見ていると後ろから声がかかった。


「楽しい?」

「楽しいよ」


 そう声をかけてきた人物に言った。


「1年前の拓斗のままじゃあこんなこと絶対なかったもんね」

「……あぁ、そうだな」


 有紗についそう言われ、中学のことを思い出しそうになった。 中学の忘れたい過去のことを。


「ごめん、口が滑った」

「別に大丈夫だよ、それよりこれ」


 そう言って手に持っているコーラを有紗に手渡す。


「あっ、ボクこれ飲みたい!」

「また珍妙なものを」


 コーラを手に持ったまま、梅味と書かれた炭酸を指さした。 それに呆れながらも俺は小銭を自販機に入れていく。

 ピッ! と機械音を鳴らし、ガタゴトと梅味の炭酸が落ちてくる。 それを、取り出し、手に持っているコーラと梅味の炭酸を見比べる。

 コーラのほうを俺に突き出し「あげる」という有紗、それを受け取る。 そのコーラと交換のように女子生徒に頼まれていたジュースを持っていかれた。


「あ、そうだ。 それ大丈夫か?」

「なにが?」

「ボクって今も言ってたこと」

 

 さも、今思いついたかのようにそういう俺を見てニヤァと笑みを浮かべる有紗。


「なに? ボクの事心配してくれるの?」

「……そりゃ心配するだろ?」


 何を言っているのか分からなかった。 心配するに決まってんだろ? というふうに返すと、鳩が豆鉄砲を食らったかのようになっていた。

 

「どうした?」

「……あっ、いやっ、ちょっと、タンマ」


 そう言って顔をそらす有紗。 耳まで赤くなっている照れていることが丸わかりだった。

 変なこと言ったかなぁと思いながら、有紗が復活するのを待った。


「ずるい」

 

 復活した有紗の第一声だった。 


「変なこと言ったか?」

「へん……ではないかな?」

「その間はなんだよ」


 はぁ~と、ため息をついた。 じゃあなんで照れんだよ、と思いはしたが口に出すことはなかった。

 それ以上のことをされた衝撃で言葉が出てこなかった。

 頬に温かく柔らかいものが触れた。 その感覚が尾を引きながら甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


「お返し」


 いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべながら、ボウリング場に向かって駆け足で向かっていく。

 何をされたか理解した俺の体は火が噴き出しそうなほどの熱を持ってしまった。

 これじゃあ、みんなのところに戻れないな。 


「あぁ~」


 口の隙間から漏れ出た空気がそう音をつけた。 そのまま数分間自販機の横にうずくまっていた。

 俺の横を数人が通り過ぎていくたびに驚かれた。


「お帰り、遅かったね」

「ん、トイレ行ってたからな」

「それなら俺の分も渡してほしかったなぁ」

「すまん、忘れてた」


 適当な理由をでっちあげて遅く帰ってきたことで文句を言わないようにした。

 適当な理由と言っても、これはさすがに無理がありすぎると思うけど。


「有紗の言ってたことホントだったんだ」

「だから言ったじゃん」


 遅れる原因を作った本人はそう楽しそうに笑っていた。

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