妃の悪意
天蓋に掛けられた薄い上質な紗が、ゆったりと長椅子に腰掛ける妃の影をうっすらと写している。
楊才人は卓に生けられた瑠璃蝶草の輪郭を指先でなぞりながらこちらを見ると、つい、と視線を少女に落とした。
少女は地面に跪いたまま、震える指先を必死で抑え込んでいる。
「琳麗。これから問うことに嘘偽りなく答えよ」
臙脂の襦裙の袖が、ばさりと少女の顔にかかった。
少女は恐怖を隠せないまま侍女を見上げ、傍に控える大柄な大監の手元を見てさらに怯えの色を濃くする。
「主上が長らくお悩みであった天を覆う黒雲を、そなたは怪しげな幻術で束の間とはいえ晴らしたのだ。どのような手管を用いたか答えよ」
少女は数瞬の間、思考が止まったかのように固まり、小さく目をしばたかせた。
「は、い、……それは、何のことでございましょう」
「とぼけるつもりか。そなたの卑しい踊りに天が心を動かしたとでものたまうか」
大監が手元の道具をちらつかせながら、紗の奥の才人に聞かせるかのように声を張る。
瑠璃蝶草の妃はぴくりと花をめでる指先を止める。
白い指先はしばらく花弁に留まったが、やがて愛おしそうに一輪を摘み取ると、ぷつりと花弁を千切った。
弄ぶ指先には次第に力がこもり、鮮やかな瑠璃紺色だった花弁は水分を失い、黒みがかった醜い小さな屑になり果てる。
「愚かな夢など見ずに答えるのだ。爪をすべて剥がれたいか?」
かちゃりと厭な音をたてて囁きかける宦官に、少女は震えながら指先を握り込んだ。
「何を仕組んだのだ」
侍女の声に琳麗は瞳に涙をためながら声を詰まらせた。
「ぞ、存じません」
「知らぬと申すか」
侍女が許しを求めるように簾の向こうの妃に向き直る。
瑠璃蝶草の妃はつまらなそうにひらりと右手を振った。
「ほ、本当です、わた、私めは、雲が晴れたことすら存じません、」
宦官は呆れを滲ませながら、これから甚振る少女の泣き顔を想像して薄笑いを浮かべた。
楊才人の目的は明らかだ。陽が差そうが差すまいがどうだってよいのである。
ただ卑小な小娘が王の視線を引いた。
それが罪なのだ。
ところが目の前の娘は愚かにも、妃の逆鱗にすら気づかず、知らぬ分からぬと訴える。
その言動が妃の神経を逆撫でしていることに気づきもしない。
「もうよい。血を見せては楊紫様のお目汚しになる。連れてゆけ」
宦官は欠けて黒ずんだ右前歯を覗かせながら片頬をあげて笑うと、侍女と妃に深々と礼をして少女の腕を掴んだ。
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