独舞者



去っていく彼女らを寂しく見つめると、琳麗は小さくため息をついた。


とぼとぼと梨園の奥の蓮池に足を運ぶ。


この蓮池は広い皇城のなかで次第に忘れ去られたのか、手入れもされずに放っておかれた寂しい場所だったが、落ち込んでいる時の琳麗のひそかな憩いの場だった。


「どうしてかしら。私だけ何故か呼吸が合わないのよ。目立ちたいと思ってるわけじゃないわ」


教坊に来てからというもの、穹はどんよりと曇ったまま、晴れる気配がない。


しとしとと降ったりやんだりを繰り返す雨の中、琳麗は池の脇に生えた草をむしって水面に投げた。


水は小さな音すら立てずに雨水とは別に一際大きな波紋を作る。


波紋は薄く広がって、何事もなかったかのようにまた雨による不均等な波紋が広がる、昏い水面を取り戻した。


「私もみんなのように美しく群舞ができたらいいのに」


琳麗は物憂げにつぶやきながら、すっと手を開く。


全身を優雅に魅せながら、美しくしなやかに首を垂れ、体を後ろから引かれるようにゆっくりと起こす。


鋭く剣先を跳ね上げるような直線的な美から柔らかく扇を返すような曲線的な美への移り変わりを流れるような所作でこなす。


体の重さを感じさせぬほど軽やかに飛びあがり、静かに降り立つ。


どの宮妓にも劣らぬ天性の舞の資質。


琳麗はそれと気づくことなく、無心で舞っていた。




誰の目も届くことのない、小さな蓮池で。











「当たり前だ。お前に群舞ができるはずがない」


彗藍は手の中の水鏡を見つめ、ぽつりと呟いた。


鈴蘭の娘であり、そしてそれ以上に琳麗なのだ。


彗藍は鈴蘭を知っていた。


鈴蘭は名妓であり、そして呪いとも言えるほどの執念と共に、琳麗を生んだ。

身を焦がすような真紅の衣を着て、髪が乱れるほどに激しく、狂おしく舞っていた。


恋人は、妓女である己をいつか捨てて他の女と婚儀をかわす。


いつか忘れられてしまうその時を恐れ、それでもなお男を愛していた。

あまりにも激しく、愛しすぎていた。


琳麗は鈴蘭の妄執を刻み付けた形代だ。


琳麗は天性の独舞者なのだ。


だれも、彼女には手が届かない。


彼女と肩を並べて舞うには、あまりに力量差がありすぎるのだ。


彗藍は水鏡に映る舞い人を気遣わしげに見やると指先で鏡面を突いて像を消した。



「不憫だが、願わくばこの娘が衆目の前で舞う機会の来ぬことを」



気遣わしげなその声が、誰かの耳に入ることはない。















「小琳っ!」


無心で舞っていた琳麗は、掛けられた声にしばらく気付かなかった。


「琳麗ったら!」


肩をたたかれてふと我に返った琳麗は、慌てて声の主を振り返った。

琳麗のすぐ後ろには、物語から抜け出た姫君のような、美しく華奢な少女が立っている。


「......雪舞。気づかなかったわ」


「もう、小琳ったら、雨が降ってるのよ?こんなに濡れて。声をかけてもまるで気づかないんだもの」


キッ、と雪舞は琳麗を睨む。

熟れた林檎のように上気した頬と、きゅっと結ばれた桜色の花びらのような唇に、琳麗は困ったように眉を下げた。


雪舞は琳麗と同じ房で暮らしている宮妓だ。


珍しく容貌により選ばれた平民の娘であり、唯一琳麗に分け隔てなく接してくれる友でもある。


舞のこととなると他に目がいかなくなってしまう琳麗は、彼女に幾度となく助けられ、過ちを犯して叱責されるところを庇われていた。


「ごめんなさい、つい夢中になって」


琳麗が眉を下げて謝ると、雪舞は困ったように肩をすくめ、ため息をついた。


「全くもう。この踊りバカを見て、禀誅もよく王様の寵愛を得るために出しゃばっているなんて思えたものだわ。小琳、預の鄧夫人が呼んでらっしゃるわよ。もうとっくに楽器の刻限よ」


琳麗はサッと顔色を変えた。


「いけない、どうしよう!」


「仕方ないわね。私も謝ってあげるから、早く行きましょう?」


優しく笑う彼女に、琳麗は飛びつくように抱きついた。







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