教坊と宮廷舞



「さ、ここが皇城だ。どうだ、皇城に来たのは初めてであろう。だが、お前も今日からここで暮らすこととなる」


玉葉内人の言葉に、琳麗は口を開けたまま辺りを見渡した。


朱い柱には鮮やかな龍が刻まれ、正面には幾重にもなる門が続いている。

門扉には菊の紋が彫られ、はるか向こうに正殿が見える。


周りに気を取られながら琳麗がまっすぐ正殿の方角に歩いていると、玉葉内人の静止の声が聞こえた。


「これ、お前はどこへ行こうというのだ。教坊はその方角ではない。ついて来るのだ」


慌てて玉葉内人の後を追うと、彼女は後宮に向かって歩き始めていた。








後宮の隅、松林を抜けて少しのところに内教坊はあった。


教坊に琳麗を送ってすぐ、玉葉内人は姿を消した。


教坊は白蘭楼より幾分か質素だった。


白蘭楼には珍しい花や植物が植えられ、各房室では香炉が置かれ、競うように様々な香りが漂ったものだった。

厨房では山海の珍味がすぐに用意できるよう常に炉は温められ、茶房には百を超える茶葉が常備されていた。


けれど教坊は詩歌や舞踊、音曲といった芸を磨くための場であり、王の御膳や酒杯を用意する御膳坊は別にあった。

また宮中の厳しいしきたりゆえに華美な装飾品や衣装、香などは后妃以外に認められてはいなかった。


煌びやかな暮らしを夢見ていた娘だったならば、落胆せずにはいられなかったであろう。


しかし、宮廷舞を習うということに胸を躍らせていた琳麗にはあまりに些細なことであったし、白蘭楼ではもとより童妓であった彼女は、風雅や艶美といった言葉には縁がなかった。


「さあ、ここだ」


預の夫人に言われてあてがわれた部屋に着くと、七、八名の娘が琳麗を振り向いた。


「あ、ど、どうぞよろしく」


琳麗はぎこちなくにこりと微笑んだのだった。














見習いの宮妓の一日は、朝日が昇る前から始まる。


菰を重ねただけの薄い布団から起き上がり、洗濯をして、朝の修練をする。


足の先や手の先までたおやかに舞うために、手首を鍛え、足の感覚を研ぎ澄まし、体力をつけるために、重しをつけ山道を登る。


沐浴をして、御膳坊に下げられた后妃の御膳から残りを位の高い女官から順に下げ渡され口にする。


後宮には皇后のほかに貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四夫人をはじめとして、九嬪、二十七世婦、八十一御妻と妃嬪が連なり、また女官の長として、尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功の六尚がいる。


今の御代には后妃は、皇后と淑妃、徳妃、それにいくらかの才人や美人しかいないため後宮は慎ましやかであるが、先々帝の御代は後宮には百以上の華が咲き乱れたという。


今でさえ、宮中では卑しい身の琳麗には膳はほとんど残っていないのだ。

これが三十年前であれば、琳麗の口に入るものはそのほとんどが梨園に生えている薬草や雑草だっただろう。


食事の後は教坊の書庫にある数千もの舞譜を読み整理する。

その後は宮廷舞の修練である。


宮廷舞は華やかな舞だが大半が群舞である。


琳麗は舞に人並外れた才能があったが、どういうわけか群舞は不得意なようだった。同じ振りを一人でやると誰よりも美しく清らかに舞うのにも関わらず、周りと合わせた途端、奇妙に不調和をきたすのだった。



ところで皇城には、容姿と芸に優れ、選抜されて太極宮に入った内人がいる。


内人は重んじられ、王の寵愛を受けることも珍しくない。内人のほとんどは良家の娘であり、選抜の際は多くの金が回る。

内人への道は妃選びと同じく狭き門なのである。


宮妓は、皇城の宴楽に呼ばれることがある。

多くの場合、宴楽の席には内人のみが呼ばれる。

しかしまれに内人だけで足りない場合があり、その折には宮妓が加わるのだ。


教坊には多くの宮妓がいる。


そしてそう、宮妓には、内人選抜に漏れて送り込まれた下級貴族の娘が少なからずいるのである。



「琳麗、貴女、白蘭楼にいたそうね。卑しい貴女が王様の御目を引こうとしても、そうはいかないわ。内人の目に留まったからって、いい気にならないで頂戴。同じ姓も名乗らせてもらえないくせに。身の程をわきまえなさい」


私の叔父上は杜州の県令よ、わたくしの祖父は先々帝の御代、礼部尚書だった、と口々に御家自慢を口にする。


琳麗は彼女らをぽかんとした表情で見ていたが、次に放たれた禀誅の言葉でしょんぼりと肩を落とした。


「あなたの舞が足手まといなの。わきまえもせず目立とうとしてわざと舞を乱すなら、貴女は外してもらうわ」










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