鏡の中の少女
ふふっ、と、嬉しそうに口元を緩めながら、握りしめた手を開く。
しゃら、と手のひらで小さな飾りが音を立てた。
纏め上げた髪におずおずと花簪を挿すと、琳麗は水面に映った自分を見つめて、うっとりと頬を緩めた。
母譲りの豊かな黒髪に、白く奥ゆかしい花が上品な華やぎを与えている。
梅鈴小姐だったら、こう踊るわ。白香小姐だったら、きっとこうね。
琳麗は剣舞に扇舞にと、ありあわせの紙や木の棒を使って、水に映った自分の姿を見ながら次々に舞う。
抜き身の刃のように鋭く、激しく。
あるいは、花蕾がほころぶように優しく、優雅に、柔らかく。
こっそりのぞき見た小姐の歌舞そのままに、琳麗は驚くほど正確に再現した。
楽しそうに、幸せそうに舞っていた琳麗は、傾きかけた陽にハッと我に返る。
「大変だわ。婆に叱られる!どうしよう、また夕餉抜きにされちゃう!」
慌てて籠を持って駆け出したその姿を注視している女人がいたことに、琳麗が気づくことはなかった。
静かな調べが湿った夜に沁み闇を深める。
どこか哀愁の漂う澄んだ音色は、やがて物思いにふけるようにぷつりと途切れた。
彗藍は古筝を奏でる手を止め、閉じていた瞼を上げた。
ぽう、と僅かに光を帯びた手の中の水鏡は、童妓の舞姿を映している。
ふ、と視界の端が紅く揺れ、鏡面が波打った。
「ほう、あの時の狂星か」
ひらりと一枚の花弁が長椅子に掛けられた古筝に影を落とす。
白く細い指が弦に触れた。
透けるような白い指は、愛おしいものを撫ぜるように優しく弦を這う。
木目の美しい桐でできた古筝は弾かれた一本の弦を震わせ、低く深い音を立てた。
「何の用だ、紅」
一瞥もくれぬまま、彗藍は彼女に低く問う。憐花は答えず薄く笑んだ。
「そなたが人間の娘に執心するとはの」
漂う雪椿の香りが濃くなる。
水鏡の中で、童妓の衣の裾がふわりと揺れた。
憐花は微笑んだまま、口づけでもするかのようにしなやかな物腰で美貌を近づけ、鋭く彗藍の瞳を射抜いた。
「そなたにひとつ忠告をしておこう」
ひたと視線を合わせたまま、艶やかな紅の唇が薄く開く。
「手を出してはならぬ」
凄絶な美しさとその瞳の迫力に、彗藍は小さく一呼吸置くと、僅かに視線を逸らした。
「そなたの勘違いだ。あの娘にそこまでの思い入れはない」
憐花は交わらぬ双眸を、無機質にも思える醒めた瞳でじっと見つめていた。
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