白い花
通りを一つ抜けると、昼の花街も途端に賑やかになる。
「おばちゃん、饅頭いくら?」
琳麗は美味しそうに湯気を立てている蒸し饅頭を注視しながら、自分の薄い嚢に手をやった。
巾着の中で数枚の銅貨がちゃり、と貧相な音を立てる。
「ひとつで二文だよ」
「二文もっ?高すぎるわ。三つで二文でもちょうどいいくらいでしょう?」
「嫌なら買わなくていいよ。近頃、物価が上がってるんだ」
しっしっと雑に手を振り追い払おうとする女性に、ムッとしながら、琳麗は手元の嚢に目をやるとしょんぼりと肩を落とした。
すきっ腹を手でさすりながら、数歩先の露店をぼんやり眺める。
だんだんと顔をほころばせながら、琳麗は露店に駆け寄った。
「綺麗な花簪ね。この花は見たことがないけれど、何という名前なの?」
「竜胆よ。秋ごろに山のあちこちに咲いている。そう珍しくはない花だけど、知らないかい?」
琳麗は名前を聞いて怪訝に首を傾げた。
そして、記憶を確かめるように言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「リンドウなら知ってるわ。根が薬にもなって、体にこもった湿熱を除いてくれるの。三年前、王様が高熱でお倒れになったときに、太医局で処方された竜胆瀉肝湯。あれはリンドウの根を煎じたものよ」
「おや、よく知ってるじゃないか。そうさ、その竜胆だよ。竜胆花には、正義って意味もあるそうだよ」
「茶葉の買い付けで行くお店で教えてもらうの!小姐にもよく褒められるわ。でもリンドウの花は紫色だったはずよ。これは白いじゃない」
得意げになって笑顔を見せた琳麗が、不思議そうに簪の花弁を指さして問うと、露店の主はこともなげに笑って答えた。
「紫は貴族様の御用達だからね。顔料が手に入らないのさ。でも西方じゃ白い竜胆もあるって聞くよ」
そうなの、と、琳麗は簪を見つめて呟く。
釣鐘型の花を象った簪は、慎ましい白を深い緑色の葉が縁取り、ひたむきな愛らしさを引き立てていた。
「白い竜胆にはどんな意味が?」
「さあねぇ、それは聞かなかったから分からないけど」
そうなのね。呟くと、琳麗はしばらく黙って、それから小さく頷くと勢いよく顔を上げた。
「決めたわ。おばさん、これ、買うわ」
「いいのかい、これは二文じゃあ売れないよ」
「いいの。ちょっと高くたって、この際いいわ。舞扇ならきっと買っても婆に取り上げられてしまう。でもこの花簪なら、婆に見つかっても取られたりしないわ」
琳麗はちょっと口をとがらせると、夢見るように目を輝かせる。
「私、これを髪に挿して舞ってみたいの。きっとこの歩揺が風に揺れて、とてもいい音を立てるわ。絶対、小姐みたいに綺麗よ!」
琳麗はうっとりと簪を陽に翳す。
女性は可笑しそうに彼女を見ると、苦笑交じりのため息をついた。
「いいよ、そんなに気にいったんなら持っていきな。三文にしといてやるよ」
「いいのっ?これ、きっと銀一枚はするはずでしょう?」
「よくわかってるじゃないかい。私の気が変わらないうちに、さっさと行っちまいな」
「ありがとう、おばさん!」
琳麗は花簪を大切そうに胸元に包み込むと幸せそうに微笑んだ。
駆けていく彼女を目を細めて見送ると、女性は複雑そうにため息をついた。
「まったくあの子と来たら……自分の腹を満たすより舞のことだなんてね。さすが鈴蘭の娘だよ。妓女がいくら芸を磨こうが妓女だってのにねえ……。哀れな子だよ」
風が吹く。清楚で透明な初夏の香りが漂う。そう言えば鈴蘭の季節だったわねと、誰かの呟く声がした
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