第43話 対峙
「ここか……」
茂木君の指定があった廃工場に到着した俺は、息を切らせながら建物を見上げた。雨風に晒されてボロボロになっている建物は、今にも倒壊するんじゃないかと不安になるくらいに頼りない。
「よし、行こう」
乱れた息を整えながら工場に入ると、だだっ広い空間が俺を出迎えた。元々はこういう広い所に機械を置いて作業していたんだろう。
そんな中、先にいた十人程の男達の視線が、一斉に俺に向けられた。
半分くらいはうちの学校で見た事がある連中だな……どいつもこいつも素行が良くない連中だ。残りは他校の制服や私服を着てるし、不良仲間ってところか?
元々茂木君は素行が悪いって話は出ていたくらいだし、こんな不良みたいなのと付き合っててもおかしくないか。
「よう筋肉委員長様! こんな所にまではるばるとよく来たね! 茶でも出してやるから、ゆっくりしていけよ」
「茂木君……!!」
今回の首謀者と思われる茂木君が、大きな鉄柱に寄りかかりながら、俺を馬鹿にするように笑っていた。その隣には、ガムテープで両手足を縛られている、東郷さんの姿もあった。
「雄太郎くん……どうして……来ないでって言ったのに……!」
「来るに決まってるだろ。東郷さんは、俺の大切な人なんだから」
「……雄太郎くん……」
「大丈夫。今助けに行くからな!」
「おっと、それ以上近づくと……この綺麗な肌に一生の傷が残るよ?」
「茂木君……お前……!」
東郷さんを助けようとした瞬間、東郷さんの首元にナイフが突き立てられる。これではこれ以上近づく事が出来ない。
「茂木君! 一体何が目的だ!? 東郷さんをこんな危険な目に合わせて……!」
「目的? そんなの……お前への復讐だ。そのついでに、司ちゃんをお前の目の前で俺のものにする!」
「復讐だと……? 前からお前が俺の事を嫌っていたのは知っていたが、そこまでされる覚えなど無い!」
「お前に無くとも、俺にはある!!」
基本的に、俺と話す時でも爽やかな笑顔を崩さない茂木君の顔が、一気に怒りで歪んだ。そんなになるくらい、茂木君には俺を恨む理由があるというのだろうか?
「俺は今まで全てにおいて一番だった。勉強も、スポーツも、ケンカも、容姿も! 俺より優れている者はいなかった! 周りの人間は、全員が俺を崇めていた! だが……高校に入ってから……お前が出てきてから、俺の不敗神話は崩れ去った!」
「おい、まさか……」
「そうだ! お前は何度も俺にテストで勝ちやがった! 当然その肉体もな! 俺より優れてるのが一つでもあるのが、俺には許せなかった! それだけでも憎いのに……お前は転校生の司ちゃんまで自分のものにしやがった! 俺の誘いを軽々と振った女にだ! これが恨まずにいられるか!?」
茂木君が俺を恨む理由があまりにも小さすぎて、俺は思わず絶句してしまった。
いや、本人からしたら重要な事なのかもしれないが……それにしたって……そんなくだらない理由で……東郷さんを!
「そんな理由で勝手に恨んだ挙句、東郷さんをこんな事に巻き込んだのか!? ふざけるのも大概にしろ!!」
「ふざけてるのはお前だ筋肉ダルマ! 全ての人間は俺に頭を垂れていればいいんだ! なのに……お前は俺の上を行った! そう考えるだけでも、怒りでおかしくなりそうだ!」
まるでヒステリックな人のように、茂木君は乱暴に頭をかきむしる。怒りでおかしくなりそうなのはこっちだ!
「ふぅ……俺とした事が、つい興奮してしまった。さて、ここに来てもらったのは他でもない。司ちゃんを無傷で開放する条件を呑んでもらうために来てもらった」
「条件だと?」
「そうだ。なに、ちょっとした我慢ゲームだよ。これから十分間、俺のお友達から殴られ続けて、立っていられたらお前の勝ち。司ちゃんを開放しよう。だが……一度でも倒れたら、お前の負け。その時は……ククッ、それは今はお楽しみにしておこうか」
……なるほど、今までの恨みを晴らすために、東郷さんを餌にして人気のない所に呼び出し、そしてボッコボコにするのが魂胆か。茂木君の考えそうな事だ。
自分の身を第一に考えるなら、こんな要求を呑むなんてしない方が良いだろうが……自分の身なんてどうでもいい。俺の一番は、東郷さんだ。
「そげん酷か事ば……雄太郎くん! うちは大丈夫やけん……早う逃げて!」
「必ず約束は守るんだろうな?」
「ああ。俺は約束を破るのは嫌いだからね。それと、ゲームが終わるまでは彼女に手を出さないから安心するといい」
「わかった。受けて立つ」
「雄太郎くん!? なして!?」
なしてって、確かどうしてって意味だったよな。どうして……か。そんなの、決まってるじゃないか。
「大切な人を……好きな人を守るのに、体を張れない奴は男じゃない。それに……君だって、子供の頃に俺を守ってくれた。だからそのお礼と……贖罪もしたいんだ」
「好きな……え? それに贖罪って……?」
「一度だけ、俺は君に守られるのだけじゃ嫌で、いじめっ子に立ち向かった時……返り討ちにあった俺に助太刀してくれた東郷さんが、怪我をしただろう? あの時の事を……ずっと謝りたかった」
「そんなの……私は全然……」
「君ならそう言うと思ってた。でも……これで君を見捨てたら……俺は俺を許せない! それに……君に永遠に追いつけない! 君に追いついて……隣を歩きたいんだ!」
そうだ。俺はヒーローのように……東郷さんのようになりたかった。強くて、勇ましくて、悪は絶対に許さない、真っ直ぐな幼い頃の東郷さんのように。今まではそうなりたくて、必死に努力を続けてきた。
でも……東郷さんの正体に気づいた日から今日までの間に、俺の考えは少し変わった。憧れの東郷さんに追いつくんじゃない。大好きな彼女の隣を歩いて、彼女をずっとずっと守りたいんだ!
そのために、こんな所で逃げるわけにはいかない!
「さあ茂木君、やるならさっさと始めよう」
「ふんっ、訳のわからない事を。そういう態度がムカつくんだよ! やれっ!!」
「おらぁ!!」
茂木君の配下の一人である、リーゼントに学ランといういかにもな格好の男が、俺の顔面に拳をめり込ませてくる――が、俺は一切動じずにそれを完全に受け切った。
「なんだよ、その程度か。そんな拳じゃ、何日かけても俺の鍛えた体に傷一つ付けられないぞ」
「怯むな! そいつの頑丈さは見ての通りだ! 遠慮なくボコボコにしてやれ!」
「お願い、やめて! まだ間に合うけん……早う逃げて!!」
大丈夫だよ、東郷さん。必ず俺が助けるから。だから――泣かないでくれ。安心して、そこで待っていてくれ。
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【あとがき】
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