第39話 すれ違う日々

「なんだこれ……?」


 翌日。久しぶりに東郷さんと一緒に登校しないで学校に来た俺は、下駄箱の中に入っていた一通の手紙を手に取った。


 なんでこんな所に手紙が……そもそも今時手紙を下駄箱に入れる人なんているのか? そんな事を思いつつ開けると、そこにはこう書かれていた。


『雄太郎くんへ。最近私と仲良くしているせいで、学力が落ちてしまっていると感じたので、しばらく距離を置こうと思います。私は加古さんがいるので、心配しなくても大丈夫です。司より』


 これ……もしかしなくても、東郷さんからの手紙だよな……距離を置くって、なんで急にそんな……。


 いや待て、そういえば東郷さんは俺が小テストの点数が落ちていた事を気にしてた。てっきり逃げたのは、ヒーローだってバレたからだと思っていたけど……だからってそんな急に……。


「気にしなくていいって言ったのに。でも東郷さんの性格なら、そんな事を言っても気にするか……くそっ!」


 ただでさえ、ヒーローが東郷さんとわかったせいで混乱しているのに、急に距離を置くって言われても困るし、なによりも悲しい。


 でも、これは東郷さん本人が望んでいる事だし……受け入れてあげる方がいいのか……。


「…………」


 意気消沈したまま教室に入る。東郷さんは……教室にはいないようだ。


 夏休み前までなら、席が後ろだったから話す機会なんていくらでもあったんだが……今回ほど席替えを恨んだ事はない。


「はぁ……」


 東郷さんに拒絶されているとわかっただけで、体がこんなに重くなるとは思ってもなかった。正直かなりきつい。


 でも……これはきっと東郷さんなりの優しさだ。だから深く気にする必要は無い……そうだ、気にするな……気にするな。俺は東郷さんに嫌われたわけじゃないんだ……。


「おはよう筋肉委員長様。ずいぶんと顔色が優れないようだね」

「茂木君。おはよう。なに、ちょっと調子が悪くてな」

「へぇ、それは珍しいな。だからこの前のテストも調子が悪かったのか? 司ちゃんのせいかと思っていたんだけどね」


 ちっ、わざわざ嫌味っぽい事を言いやがって……昨日の事を思い出して、嫌な気分になるだろ。俺は茂木君に構ってるほどの余裕は無いんだから、分かった様に絡んでくるのはマジでやめてほしい。


「まあ次は本調子で頼むよ? そうじゃなきゃ張り合いがないからね! あはははは!!」

「…………」


 茂木君は心底嬉しそうに高笑いをしながら、自分の席へと戻っていく。


 悔しいが、実際に俺が茂木君に負けたのは事実だから、文句を言う事は出来ない。文句が言いたければ、勝てばいいだけの事だ。


 次のテストは絶対に負けない。必ず勝って、東郷さんのせいで点数が落ちたわけじゃないんだって証明してやる。



 ****



「はぁ……」


 あれから一週間後。俺は自室で寝っ転がりながら、深い溜息を洩らした。


 あの日から、東郷さんとは一回も話が出来ていない。タイミングを見計らって話しかけようと何度も思ったが、東郷さんは俺のためを想って距離を置いていると思うと、どうしても話しかける事が出来なかった。


 とはいえ、ずっと一緒だった東郷さんと一緒にいられないという事実は、相当な負担になっているのは事実だ。


 ああくそっ……東郷さんに会いたい。話したい。笑顔が見たい。触れ合いたい……。


「おにぃ、ちょっといいー? 入るよー」

「美桜? ああ、どうぞ」


 なんか随分と声が低いな。こういう時の美桜って、あまり機嫌が良くない時なんだよな。


 その予想は的中した。部屋に入ってきた美桜はムスッとしていて、どう見ても機嫌が良いようには見えない。


「なんだそんな顔して。どうしたんだ?」

「その言葉、全部おにぃに返すよ! 司先輩となにがあったの!?」

「え、と……東郷さん?」


 おかしい、俺は美桜に東郷さんとの一件は何も話していないのに。


 まあ、今まで毎日迎えに来ていたのが、パタリと来なくなったのは美桜も知ってるから、何かあったんじゃないかと思うのは不思議じゃないか。


「別に、何も無いよ」

「こんな時に嘘とか言ってる場合!? 筋トレも全然身が入ってないって、剛三郎さんが心配してたよ! いいから白状しなさい!!」

「ぐほぉ!? く、首締まってる!!」

「話す!?」

「は、話す!」


 そこまで言って、ようやく美桜の首絞め攻撃は収まった。あー苦しかった……。


「それで、司先輩となにがあったの?」

「あー……その……なんて言えばいいか……」

「もしかして泣かせたの!?」

「…………」

「はぁ!? 本当に泣かせたの!? どういう事!?」

「なんていうか、色々重なっちゃってさ」

「わっけわかんない! 説明して!」

「長くなるけど、いいか?」

「いいよ!」


 美桜はそう言いながら、俺のベッドの上にちょこんと腰を下ろした。


「俺のトレーニングの原点、知ってるよな?」

「いじめっ子から守ってくれていたヒーローみたいになりたいってやつでしょ」

「それ、東郷さん」

「はぁ?」


 一応美桜は、俺が筋トレに目覚めた要因であるヒーローの事は教えてある。そのヒーローが男だという事も。


 そんな美桜が今の話を聞いたら、こんな反応になるのも無理はない。むしろ、普通に受け入れられた方がビックリだ。


「ヒーローが司先輩って……そもそもそのヒーローって、男の子なんじゃ?」

「俺はそう思ってた。当時は子供の割に体格も良かったし、男勝りな性格で短髪だったから、全く疑わなかった」

「マジかぁ~……ここからおにぃの鈍感伝説は始まってたのか~」

「鈍感伝説って……まあいいか。それでこの前、東郷さんが本を落としたから拾おうとしたら、一緒に栞が落ちたんだよ。それが、俺が過去にヒーローと別れる際にプレゼントしたものと瓜二つだったんだ」

「ほうほう」

「今まで東郷さんや、旅行で会ったギャル二人から聞いてきた東郷さんの過去と、この栞が決定打となって……ヒーローの正体に気が付いた。それで、東郷さんに確認しようとしたら……逃げられた」


 本当に、どうして逃げたのか未だにわからない。何か考えがあっての逃走だったんだろうけど……。


「あーなるほど……したいのに出来ないのはこれか……」

「何の話だ?」

「なんでもない。これはちゃんと本人から聞くべき事だから」

「……そうか」


 美桜だったら、どうして逃げるのかわかると思ったんだけど……やっぱりこの件は、本人とちゃんと話して聞くしかなさそうだな。


「話を続けるぞ。最近やった小テストの結果が悪くてさ。高校生になって初めて一番を取られた」

「え、マジ? おにぃが? 調子でも悪かったの?」

「そういうわけじゃない。多分、夏休みが楽しくて、その気分が抜けきってなかったんだと思う。でも、そのせいで茂木君が絡んできた」

「出たよ茂木。懲りないな~あいつも」


 あれ、美桜って茂木君の事を知ってたっけ? それに懲りないなってどういう事だ? 何か美桜と茂木君の間であったのだろうか?


「何かあったのか?」

「まあちょっとね。気にしないで話し続けて」

「あ、ああ。今回の小テストの一番が茂木君でさ。わざわざ絡んできたと思ったら、成績が下がったのは東郷さんのせいとか言い出して。東郷さんがそれを聞いて、自分のせいだって落ち込んじゃってさ……」

「なにそれ。今すぐ茂木の野郎をぶっ潰してくるわ」


 気持ちはわかるし、俺と東郷さんのために怒ってくれるのは嬉しいけど、暴力沙汰はやめてくれ。俺が巻き込まれるのは良いけど、東郷さんや美桜をそんな事に巻き込みたくない。


「おいやめろ早まるなって。話を続けさせてくれ」

「もう、おにぃに免じて今だけは抑えるよ」

「ありがとな。そんなわけで、ヒーローの正体に俺のテストが悪かったっていうのが重なって、なおさら東郷さんと話しにくくなったところに、これが……」

「なにこれ手紙? えーっと……あー、司先輩が書きそうな感じだけど、これ本人が書いたの?」

「そうだと思うけど……」

「こんなの書くより、ライムで送った方が早くない? わざわざ手紙で書く必要性がわからないんだけど」


 言われてみれば確かにその通りだ。なら、どうして東郷さんはこんな回りくどいやり方をしたのだろうか? 謎はどんどんと深まるぞ。


「ねえ、ちょっと思ったんだけど……こうは考えられない? この手紙は、誰かがおにぃと司先輩の仲を裂くために仕向けた……罠」



――――――――――――――――――――


【あとがき】


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