第38話 バレてしまった
「東郷さん……君は……あの時のヒーローなのか?」
「っ!?」
静かに東郷さんに問いかけると、彼女はビクンっと大きく体を跳ねさせた。まるで親に叱られて怯える子供の様に。
別に俺は怒っているわけじゃない。真実が知りたいだけだ。そして……もし本当に東郷さんがヒーローの彼……いや、彼女か。彼女だというなら、あの時は本当にありがとうと伝えたい。
そして……ごめんなさいも。
「雄太郎くん……ご、ごめんなさい!」
「あっ、待って!」
東郷さんは目から零れ落ちた大粒の涙と謝罪の言葉を残して、図書室から逃げていってしまった。
なぜだ、どうして逃げるんだ? わからないけど……東郷さんは泣いていた。そんなの、放っておけるわけがない。
東郷さんがヒーローだから放っておけないのか? 違う……東郷さんは俺の大切な友達で、俺のような男を想ってくれる人だから!
「くそっ……どこに行った?」
急いで後を追って図書室を後にしたが、もうそこには東郷さんの姿は無かった。
なんて逃げ足の速さだ……そういえば、小さい頃は驚く程すばしっこかったな。今もそれは健在という事か……。
「なんで逃げるんだよ……東郷さん……」
東郷さんは何か悪い事をしていた訳じゃない。むしろ、俺を助けてくれていたんだから、感謝されて然るべき人間だというのに。
もしかして、ヒーローだってバレた事が、そんなにショックだったのか? 仮にそうだとしても、なんでショックなんだ? たとえヒーローだってわかっても、俺は東郷さんの見方を変えたりなんてしないのに。
……駄目だ。いくら考えても、逃げる理由がわからない。とにかく考えるのは後にして、東郷さんを探そう。そしてちゃんと話して、感謝と謝罪の言葉を伝えないと!
「ふぅん……面白そうな事が起こってるな。こいつを利用すれば、目障りな筋肉ダルマに復讐が出来る……クククッ。そうと決まれば、さっそく行動するか」
****
■司視点■
最も恐れていた事が起きちゃった。
バレないようにずっと隠していたのに……ついに雄太郎くんに私の正体がバレた。
これで、もう雄太郎くんはきっと私の事を憧れのヒーローとしか見てくれない。もう……女の子として見てくれない。
そう思うと、つらくて……悲しくて。気づいた時には、雄太郎くんから逃げてしまっていた。
「うっ……うぅ……」
自分でもわけがわからないくらい泣きながら帰路についている途中で、ライムの通知音がかすかに聞こえてきたのに気づいた。
きっと雄太郎くんからだ。見たくないなぁ。でも見ないと……。
私は震える指で恐る恐るスマホを操作すると、『東郷さん、ちゃんとお話をしたいです』と、雄太郎くんらしい堅苦しい文が書かれていた。
――嫌だ。話なんてしたら、絶対に雄太郎くんとの関係が終わっちゃう。せっかく奇跡的に再会ができて、また仲良くなれたのに……そんなの、嫌だよぉ……!
「司ちゃん、そんなに悲しそうにしてどうしたんだ?」
「え……?」
なんとも柔らかい男の人の声。それは今の私には、聞きたくもない耳障りな声だった。
「……茂木くん」
「おいおい、そんな睨まないでくれよ。折角の美人が台無しだ」
何が美人だよ……そんな事を茂木くんに言われても全然嬉しくない。私は雄太郎くんに言われたいのに……。
でも、もうきっとそんな事を言ってもらえるチャンスなんてないんだろうなぁ……旅行までは楽しかったのになぁ……あの頃に戻りたいよぉ……ぐすん。
「それで、どうしてそんなに悲しんでるんだ?」
「茂木くんには関係ないよ」
「いやいや。クラスメイトの二人の関係が悪くなってたら、同じクラスの仲間として助けるのは当然さ!」
クラスの仲間って……茂木くんのような人間が、絶対にそんな事を言うはずがない。彼は、雄太郎くんと険悪になったら、一番最初に大喜びするタイプだ。そして、チャンスだと思って私にこうやって近づいてくる。そういう人間だ。
「まあ真面目な話、気まずいなら少し距離を置いてみたらどうだい? こういうのは時間が解決してくれるものさ」
「う、うるさいっ! 茂木くんには関係なかやろ! 放っといて!」
「ははっ! そこまで叫べる元気があれば大丈夫だな! じゃあ俺は帰るよ。また明日」
驚いてしまうくらいあっさりと帰っていった茂木くんを見送りながら、私は胸の前で小さく握り拳を作る。
距離を置く……か。茂木くんのアドバイスなんかを参考にするのは悔しいけど、実際に今の状態で雄太郎くんと話そうにも、きっとまた逃げてしまうだろう。
そうなるくらいなら……今はつらくても……ちょっとくらい時間を開けた方が……いいのかな……。
「さて、これで種は撒いた。後は二人に同じような内容のものを下駄箱に入れて……ククッ。あの筋肉ダルマがどんな醜い顔をするのか、そして司ちゃんが俺のものになるのが、今から楽しみで仕方ないな」
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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