第37話 ヒーローの正体
「よーし、最後にこの前やった小テストを返すぞー順番に取りに来いー」
夏休みが終わり、九月も半ばに入ってきた頃。俺は歴史の授業で行われた小テストを先生から受け取った。俺の苗字はア行だから、取りに行くのはかなり早い。
「綾小路、今回は体調でも悪かったのか?」
「え、そんな事はないですけど」
「そうか。お前にしては珍しい凡ミスをしてたぞ」
「……本当だ」
受け取った小テストには、いくつかチェックマークが書き込まれている。一学期の小テストはあまりミスをしていなかったのに……俺とした事が、気が緩んでいたか?
「全員受け取ったかー? んじゃ少し早いけど今日の授業は終わりな。委員長、号令」
「はい。起立、気を付け、礼」
いつもの様に号令をかけてから、俺はすぐにテスト用紙に目を落とす。
一体どこを間違えたんだ……? あ、ここと……ここもか。年号ミスなんて初歩的な事をしてしまった。しかもこっちは漢字をミスってるし……見れば見る程、凡ミス過ぎて笑えてくる。
「やっほー東郷さん。小テストどうだった?」
「加古さん。うーん、微妙……」
「あれまぁ。あたしも微妙だったわ~」
夏休み明けの席替えの影響で、俺と席が離れてしまった東郷さんと加古さんが、楽しそうに話しているのが聞こえてくるけど、今はそれどころではない。次はこんなミスをしないように、今のうちにミスした部分をちゃんと復習しておかないと。
「おやおや、さっそく復習をするなんて、真面目だね筋肉委員長様は」
「……茂木君」
人が復習で忙しいっていうのに、一々絡んでこないでもらいたい。あと、そのにやけ顔やめろ。
「ふふっ、俺に負けた事がよっぽど悔しいんだろう?」
「何の話だ?」
「さっきの小テスト。俺は満点だったんだよ。そんな中、委員長は凡ミスの嵐。つまり……俺が一位だ!」
「そうか、よかったな」
なるほど、ずっと俺に負けていたのに、ようやく勝てたから、わざわざ自慢をしに来たというわけか。そんな暇があったら、次も負けないように勉強をするべきだと思うんだけどな。
「そんな必死に強がって、哀れだね。司ちゃんにうつつを抜かしてるから、こうなったんじゃないのか?」
「……は? 東郷さんは関係ない」
どうしてそこで東郷さんの名前が出てくるんだ? 変な事を言うと、東郷さんが気に病んでしまうから控えてほしいんだが。
「どうだか。今回のような、くだらない凡ミスを筋肉委員長がするなんて、今まで一度もなかった……何か環境が変わり、勉強をする時間が取れなくなったと考えるのが妥当だろう? そう考えると、変わった事なんて、司ちゃんと仲良くなった事くらいしかない。あぁ情けない……筋トレと勉強しか出来ないお前が、女と仲良くなんてできるわけもないのに、無理するからこうなる! だからさっさと俺に司ちゃんを渡せばよかったものを!」
うるさいなこいつは。そんなに饒舌に喋るくらい、俺に勝てたのが嬉しいのか。百歩……いや、一万歩譲って俺が筋トレと勉強しか出来ない不器用男だとしても、茂木君に東郷さんを渡す発想になるのは意味がわからない。
「わ、私のせいで……?」
騒ぎを聞いていた東郷さんは、眉尻を下げながら俯いてしまった。そんな東郷さんの元に急いで向かった俺は、茂木君の姿が東郷さんに見えないように、東郷さんの前に立った。
「東郷さん、君のせいじゃないから大丈夫」
「そうだよ! あんな顔だけしか取り柄の無いような男の話なんてスルーでいいから!」
俺に続くように、加古さんも黒髪のボブカットを揺らしながら、茂木君に反論すると、「負け犬の遠吠えは聞いてて滑稽だな」と鼻で笑いながら、次の授業がある教室へと向かっていった。
……くそっ、舐めた事を言いやがって。東郷さんに責任なんてあるわけないじゃないか。全ては俺のミスだというのに……。
いや、悔やんでる場合じゃないな。次のテストは絶対に茂木君を倒す。そして、東郷さんは俺の負担なんかじゃなくて、大切な人なんだと証明してやる!
「……ごめんね、雄太郎くん」
「東郷さんは悪くない。夏休み明けでちょっと気が緩んでただけだから」
あくまで東郷さんの責任ではなく、自分のせいだからと言ってみせるが、東郷さんの表情は暗いままだ。
困ったな、どうすれば……そうだ!
「なら、今日の放課後に一緒に勉強しないか?」
「え?」
「前にテストの結果の話をしてる時に、少し話したやつだよ。一緒に勉強しようって話しただろ?」
「う、うん。覚えているけど……そんな事をしたら、雄太郎くんの足を更に引っ張っちゃうよ」
「そんな事はないよ。誰かに教えるっていうのは、良い復習になるからね。それに……その、何ていうかさ」
正直な話、一人で勉強なんて、いくらでも出来る。人によっては、誰かとやるなんて非効率的な事なんてしたくないと言う人もいるだろう。
「……東郷さんと、できるだけ一緒にいたいからさ」
「はうっ……きゅ、急にそんなのズルい……」
「おぉ……筋肉委員長、言うようになったね~なんだかあの鈍感筋肉委員長の言葉と思えないくらい成長したね~」
「加古さん、それ褒めてないよな?」
「めっちゃ褒めてるよ? 大絶賛!」
絶対褒めてないだろ。なんだそのニヤニヤ顔。俺には馬鹿にしてるようにしか見えないぞ。まあ別に良いけどさ。
「よかったら加古さんも一緒にどう? 東郷さんもいいよね?」
「え? あ、その……う、うん。いいよ」
「う~わ、そういうのが鈍感筋肉委員長って言われるんだよ? せっかく褒めたのに」
「え、だってこの流れの中で、一緒にいるのに誘わないのもおかしな話だろ?」
「真面目か! 知ってたけど! せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ。お二人の邪魔は出来ないしね~」
別に邪魔とは思わないし、東郷さんもいいって言ってるんだし、来ればいいのに。俺としては、加古さんとも仲良くなるチャンスだと思ってたんだけどな。
****
「ったく、こんな掃除が長引くとは……なんで掃除をサボるんだか……」
放課後、一緒に掃除をする予定だったクラスメイトがサボったせいで掃除が長引いてしまった俺は、ぶつぶつと文句を言いながら図書室に入った。
さてと、東郷さんはどこにいるかな……あ、いた。なんか夢中で読んでるけど……参考書でも読んでるのだろうか? それとも小説かな?
「…………」
全くこっちに気づく気配のない東郷さんの後ろにこっそり回ってから、何を読んでるのかを確認すると、それは恋愛指南書だった。
お、おぉ……なんか想定外のものを読んでるな。それも……その、俺と仲良くなるためなんだろうか……? そう思うと、不思議とドキドキしてしまう。
いやいや、ドキドキしてる場合じゃないな。このまま眺めていたいけど、今日は勉強しに来たんだし……読書を邪魔するのは申し訳ないけど、東郷さんに声をかけよう。
「お待たせ。思ったより掃除が長引いちゃって」
「ひゃう!?」
小声で声をかけたんだけど、思った以上に驚いてしまった東郷さんは、読んでいた本を床に落としてしまった。
まさかこんなに驚くと思ってなかった……東郷さんには申し訳ない事をしてしまったな。次からはちゃんと前から話しかけよう。
「驚かせてごめん、俺、拾うよ」
「だ、駄目っ!!」
床に落ちてしまった本を拾おうとしたが、何故か東郷さんに凄い勢いで止められた。
そんなに恋愛指南書を読んでいた事がバレるのが恥ずかしいのだろうか。別にそんなの俺は気にしないのに……そう思った矢先、本からヒラリと一枚の栞が落ちた。
「え、これは……!?」
俺の前に落ちているのは、ボロボロな四つ葉クローバーの栞。だが、その栞の柄と、栞に貼られたとある物が俺の目を引いた。それは、一昔前の戦隊ヒーローのシールだ。
これは、俺がヒーローの彼が喜んでくれると思って貼ったものと同じだ。それに、このクローバーの柄が……いや、栞自体に見覚えがある。
そう……俺がヒーローの彼と別れる際に、俺がプレゼントしたものと瓜二つだ。
「これって……」
「あ、あのその……あの……!」
「東郷さん……君は……」
この栞を見て、全てがつながった。
小さい頃に男の子みたいな性格で、博多弁を喋り、両親の死という家庭の事情で引っ越して……そして、見覚えのある四つ葉クローバーの栞を持つ人間。
もしかしたらと思っていた。でもそんな訳はない。俺が会いたいからって、くだらない願望を押し付けているだけだ……そう思っていたが……確信した。
――俺を助けてくれていたヒーローの男の子の正体は、東郷さんだ。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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