第三章 亀裂
第36話 東郷さんがいない日々
「97……98……99……100!!」
旅行から少し経ち、夏休みもそろそろ終わりに近づいてきた頃。俺はいつものジムに通って筋トレに励んでいた。今日はペンチプレス上げだ。
――東郷さんに会えなくなると告げられた翌日、無事にこっちに帰ってきてから、東郷さんとは本当に一回も会えていない。
その理由だが……単純に彼女が実家に帰っているからだ。
あの深刻そうな言い方だと、何年も会えなくなるのかと思って緊張したけど、そこまで重いものじゃなかった。夏休みいっぱいまでらしいから、それまで会えないだけだ。なんて事はない。
そう……あの時は確かにそう思っていたんだが……。
「ちょっと雄ちゃん、オーバーワークじゃないかしらぁ?」
「ジッとしてると、なんかモヤモヤするんで……」
「気持ちはわからなくないけどぉ~そんな疲れた顔じゃ、司ちゃんが帰って来た時に心配かけちゃうわよん」
「…………」
見ての通り……会えないのがとんでもないくらい負担になり、結果的に俺はずっと筋トレをしていないと落ち着かなくなっていた。
食事もあまり喉を通らないし、寝つきも悪い。なんとか寝れたとしても、夢の中に東郷さんが出てくるせいで、またモヤモヤする。
……なにやってんだろうな、俺。東郷さんがいる生活に慣れてしまったからとはいえ、さすがにこれは気持ち悪すぎだろう。
「剛三郎さん、帰省の事は知ってましたよね?」
「そりゃそうよん。シフトの調整の時に本人から聞いたからねぇ」
「教えてくれてもよかったじゃないですか」
「アタシは自分から言うものと思ってたのよぉ~まさかそんなギリギリになって言うと思ってなかったわ~」
そりゃそうだよな。わざわざ剛三郎さんから俺に伝える必要なんてないし……ていうか、これじゃ剛三郎さんに、東郷さんと会えない寂しさと苛立ちをぶつけているだけだ。反省。
「すみません。つい感情的になりました……」
「気にしなくていいわよ~。それくらい雄ちゃんの中で、司ちゃんの存在が大きくなってるって事よ」
「そう……かもしれないです」
東郷さんに会えないのが数日続いただけで、もう今みたいになってたからな……あと数日で帰ってくる予定だからまだいいけど、これがもっと長い間続いてたらと思うと、少し怖くなってくる。
「雄ちゃん、そんなに司ちゃんの事が大切なら、告白しちゃえばいいじゃないのぉ」
「大切なのは確かですけど……俺のこの感情が、好きっていう感情なのか……明確にわからないんです。こんな状態で告白なんて、東郷さんに失礼です」
「固いわっ! 筋肉的な意味じゃなくて、考え方が固すぎてアタシビックリ! 二世代ぐらい前の人間の考え方よそれぇ!」
剛三郎さん、流石にそれは言いすぎな気がするよ。いくら俺でも、そこまでドストレートに言われたら、ちょっと傷つくぞ。
「まあ変に軽いよりも、固すぎるくらいの方が丁度良いのかしら? と・に・か・く! あんまり無理はしないように。アタシとの約束よん♪」
「わかりました。すみません、心配かけて」
「な~に言ってるのよぉ! アタシと雄ちゃんの仲じゃないのぉ!」
そう言いながら、剛三郎さんはウィンクを残して事務室へと戻っていった。
……ああは言ったものの、やっぱり体を動かしてないと、東郷さんの事ばかり考えてしまう。無理しない程度にランニングマシンで走って気を紛らわそう……。
****
「あ~疲れた……今日も鍛えたな」
「雄ちゃん!!」
「うおっ!?」
夕方になり、そろそろ帰ろうと思い、シャワーを浴びてロッカールームで着替えていると、唐突に剛三郎さんが扉を破壊する勢いで入ってきた。
な、何事だ? そんな急いでいるって事は、何かあったのだろうか? それともオーバーワークをしたからって、その罰を与えにきたとか!? 俺、あの後オーバーワークしないように調整してたんだが!?
「なにこんな所で油を売ってるのよん! 早く荷物をまとめて帰りなさい!」
「え、ええ?」
「早くしないとぉ……愛のジャーマンスープレックスよぉ!」
「こんな固い床の上で、そんな大技されたら死ぬから! わかりましたすぐ帰ります!」
「わかってくれればいいのぉ~それじゃまたね~ん」
全くなんだったんだ……帰る前に美桜に連絡しようと思ってたのに……まあいいや。とりあえず外を歩きながらライム……で……?
「あ、あれ……?」
ジムを出てすぐ目の前の電柱に、見覚えのある美少女が、大きな荷物を持って立っているのが目に入った。
あ、あれって……そうだよな? どうしよう、想定外すぎてソワソワとドキドキが全く収まる気がしない!
「と……東郷、さん?」
「雄太郎くん! お疲れ様! それと、ただいま!」
俺と目があった東郷さんは、とてとてと歩いて俺の元に来てくれた。
ほ、本当に東郷さん? 会いたすぎて幻を見てるなんて事はないよな?
「えへへ、久しぶり。二週間ぶりぐらいかな」
「そ、そうだね。えっと、帰ってくるのはまだのはずじゃ……?」
「そうなんだけど、雄太郎くんに会いたくて会いたくて……早めに帰ってきたの。今もこっちに戻って来た足で、そのままジムに来たの。内緒で来たら、雄太郎くん驚くかな~って。えへへ」
なんだよそれ、めちゃくちゃ嬉しいじゃないか。それに、ドッキリを仕掛けてくるなんて、全く東郷さんは……。
「……もしかして、迷惑だった?」
「迷惑じゃないよ。ただビックリして頭の処理が追いついてなくて……」
「ならよかった。ドッキリ大成功! ドッキリに引っかかった雄太郎くんには、罰ゲームです!」
そう言いながら、東郷さんは俺の大きな手に、自分の小さな手を乗せた。
……うん? これどうすればいいんだ? とりあえず手を繋げば良いのか? そんなの……またソワソワとドキドキが起こってしまうじゃないか。
「うぅ……」
「東郷さん?」
「が、頑張ったけど……やっぱり無理ぃ……これ以上雄太郎くんにくっつくなんて、心臓が爆発しちゃう……」
「あはは……」
今までだったら、東郷さんは不思議な人だなで片付けられたんだけど、彼女の気持ちを聞いた後だと、こういう行動も俺が好きだからなんだというのがわかる。
東郷さんの気持ちを知ってしまった以上、その気持ちに応えるべきなんだろうか……でも、俺は好きかどうか自分でわかってないのに、簡単に受け入れるべきでは……くそっ、こういうのには明確な答えがないから、どうすればいいかわからない。
まあいい、考えるのは後にしよう。今は東郷さんと早めに再会できた事を喜び、一緒の時間を楽しもうじゃないか。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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