第35話 最高の夏祭り
「おい雄太郎! こっちこい!」
「昭二おじさん?」
ベランダから移動して宿の入口に移動した俺は、ぼんやりとしながら溜息を吐いてると、突然昭二おじさんに呼び出された。
急にどうしたんだろうか? もしかして急ぎの仕事が入って、それの手伝いをしてほしいのか?
「これから祭りに行くんだろ? これ着てけ!」
「これは……甚平?」
昭二おじさんが渡してくれたのは、紺色の甚平だった。生地が薄くて風通しも良さそうだし、触り心地もとてもいい。かなり上質な甚平だ。
「美桜と司が浴衣で来るみたいだからな、お前もちゃんと洒落っ気だしとけ!」
「あ、ああ。でもどうやって着れば……」
「んだよ、今の若いもんはこんなのも知らねーか! 一旦部屋に戻れ! 着付してやる!」
昭二おじさんに、半ば強引に部屋まで戻されると、あれよあれよに着替えさせられ……。
「ほれ、ばっちりだろ!」
姿見の前には、甚平に身を包んだ俺の姿が映っていた。
甚平なんて、小さい頃に来た時以来だが……かなり着心地が良いな。うん、とても気に入った!
「それで司のハートを射抜いて来い!」
「は、はぁ……」
そんな事を言われたら、また思い出してしまう。あの言葉を――
『好き。大好き。世界で一番』
東郷さんのあの言葉は……きっとそういう事なんだろう。東郷さんは、俺のような筋肉馬鹿を好きと言ってくれた。それはとても光栄なことで、とても嬉しい。
でも俺は、まだ自分の気持ちがわかっていない。いや、このソワソワやドキドキを、俺の気持ちと言っていいものなのかすらもわかっていない。
そんな俺が……東郷さんの気持ちに応える資格なんてあるのだろうか……?
「ふぅ……」
「あ、おにぃ遅ーい!」
「ああ、すまな……い」
頭を抱えながら宿の入口に戻ると、そこには浴衣を着た東郷さんと美桜が手を振っていた。
東郷さんは青を基調としたアサガオの柄が入った浴衣を、美桜は白と赤を基調とした花柄の浴衣を着ている。それに加えて、東郷さんはいつも降ろしている髪を、後頭部辺りでまとめて髪飾りで留め、薄く化粧もしている。海の時のポニーテールも似合っていたけど、今の髪型もとても似合っているし、化粧のおかげで凄く色っぽい。
……マズい、ソワソワとドキドキで東郷さんの事を見るのが難しくなっているのに、さっきの会話を盗み聞きしてしまったせいで、尚更見る事が出来ない。本当になんなんだこれは……?
「雄太郎くん、甚平を着てきたんだね。凄くカッコイイよ」
「あ、ありがとう。東郷さんも……その、似合ってる。綺麗だよ」
「……えへへ、ありがとう」
「ちょっとおにぃ! もっとちゃんと見ながら褒めないと駄目だよ!」
それはわかってる。わかってるけど……ドキドキしすぎて直視できないんだ! この現象を治めるために、今すぐに筋トレをしたいのを必死に我慢してるくらいなんだよ!
「全く、これだからおにぃは……まあいいや。とりあえず出発しよっか!」
「歩いて行ける距離なの?」
「ですです!」
美桜の先導の元、歩き出す事約十分。やや薄暗かった道とは裏腹に、神社は沢山の明かりに照らされているおかげで、まるで昼間のように明るく、そして賑やかだ。
「うわぁ……! この光景を見るだけでワクワクしちゃう!」
「わかりますわかります! 司先輩、どこから回ります?」
「う~ん、まずはわたあめが食べたい!」
「りょ~かいです! おにぃもいい?」
「ああ」
「じゃあ出発~!」
楽しそうに笑い合う東郷さんと美桜の姿は、何とも微笑ましい。まるで仲の良い姉妹みたいだ。俺が東郷さんと結婚したら、本物の義姉妹に――って、俺は何を考えているんだ!? くそっ、変な事を考えたせいでまたドキドキしてきた!
「おじいさん、わたあめく〜ださいっ!」
「お、美桜に雄太郎! 今年も来たな!」
「どうも、ご無沙汰してます」
「知り合い?」
「まあね。夏祭りも毎年来てるし、主催が昭二おじさんが所属してる町内会というのもあって、知り合いが多いんだ」
わたあめの屋台に出向くと、そこには顔見知りであるおじいさんが、慣れた手つきでわたあめを作っていた。
もうこの人は歳が八十を超えているというのに、今年も元気にわたあめを作っているな。これからも元気に過ごしてもらいたいものだ。
「なんだなんだ、凄いべっぴんな彼女を連れて! かーっ! 羨ましいこった! 見せつけやがってコンチクショウ!」
「か、からかわないでください。ていうか、奥さんがいるのに、何を言ってるんですか」
「あんな口うるさいのよりも、ワシはその子の方が――いでででで!!」
「馬鹿言ってないでさっさと仕事しな!!」
高笑いをしながら冗談めかした事を言うおじいさんだったが、裏から戻ってきた奥さんに思い切り耳を引っ張られてしまった。
相変わらずここの夫婦は仲が良いのか悪いのかよくわからない。こんな事をしてても別れないんだから、きっと仲はいいんだろう。多分。
――俺も東郷さんと、ずっと仲良くしたいな。
「ほれ出来たぞ! 持ってきな!」
「わ~! 今年もおっきい~! さすがおじいさん、職人技!」
「なんだ美桜、照れるじゃねえか! よっしゃ、雄太郎に彼女が出来た記念も兼ねて、そいつはタダだ!」
「え、その……いいんでしょうか?」
「気にすんな嬢ちゃん! 店主の俺が良いって言ってんだから良いんだよ!」
「全く、勝手な事を言うんじゃないよ! その分の代金はアンタの小遣いから減らしておくからね!」
「な、なにぃぃぃぃぃ!?」
やっぱり仲が良いんだという事を再認識しながら、俺達はありがたくわたあめを貰って色んな出店を周り始める。
焼きそばやタコ焼きを食べたり、型抜きで俺が一秒で粉々に粉砕したり、金魚すくいをしたらお店の人が悲鳴を上げるレベルで東郷さんがすくってしまったので全て返却したり、射的をしたら変なヒーローもののフィギュアを取ってしまったけど、東郷さんが喜んでくれたり……色々あったけど、大満足の結果だった。
「いや~回った回った! 楽しかった~!」
「そうだね美桜ちゃん! こんなにはしゃいだお祭り、私初めて!」
それぞれ猫のキャラのお面と、ヒーローの仮面を模したお面を頭につける美少女二人は、言葉に一切の偽りなしと言わんばかりの満面の笑みだ。
俺も勿論楽しかったが、祭りを楽しんだというよりも、祭りを楽しむ東郷さんを見てる方が有意義だったと言った方が正しい。
「それじゃ、そろそろ宿に戻るか」
「あれ、確か花火もあるんだよね? 見ないの? 私楽しみだったんだけど……」
「大丈夫ですよ~! 最高の花火スポットがあるんです!」
「そ、そうなの? って、え? 神社を出ちゃうの??」
何も知らない東郷さんを連れて、俺と美桜は神社に来た道を戻っていく。
この辺は、海水浴客が祭りに来るから、規模の割にとても賑わうけど、その分沢山の人がいるから、落ち着いて花火が見れない。それを解決できる、最高のスポットがあるんだ。
「えっと、宿に戻って来ちゃったけど……」
「まあまあ、いいからいいから!」
そのまま宿に入り、階段を上って最上階の更に上――屋上に出れる扉の前まで来た。
本来ならここは一般人は立ち入り禁止だし、いつも扉に鍵がかかってるから外に出れないんだが、毎年俺達がここから外に出る事を許可してくれている昭二おじさんが、事前に開けておいてくれるんだ。
「なるほど、ここなら人がいないし、邪魔する建物もないし、良い場所だね!」
「そういう事です! あ、おにぃ! そろそろ始まる時間だよ!」
「完璧なタイミングだったな」
まるで俺達が到着するのを待っていたかのように、華やかな花火が夜空を彩り始める。うん、やっぱりここから見る花火は格別だ。
「たーまやー!! ほらおにぃと司先輩も一緒に!」
「はいはい。たーまやー!」
「あ、えと……た、たーまやー!」
やや恥ずかしそうに声を出す東郷さんをふと見ると、彼女の横顔が花火の光でほんのりと照らされていて、とても幻想的だ。そしてなにより……この世のなによりも美しく見えた。
「本当に綺麗……」
「そうだね、凄く綺麗だ」
東郷さんの横顔をジッと見つめながら答えると、彼女と視線がぶつかった。すると、彼女の頬がほんのりと赤みを帯びて、さらに美しさが増した。
「ゆ、雄太郎くん? 花火はあっちだよ?」
「あっ……ごめん、そうだよね」
「もう、変な雄太郎くん。あっ、沢山上がった!」
毎年恒例である、花火の連発――それは言葉では形容しがたいくらいの美しさと派手さに定評があるんだが、そんなのが一切目に入らないくらい、俺は東郷さんの横顔を見つめていた。
……駄目だ、いくら自分に言い聞かせても、東郷さんから目が離せないし、見ているとソワソワとドキドキが抑えられない。そして、東郷さんといる事に幸福を感じている自分がいる。
これが……恋心なんだろうか……? 俺は……東郷さんをどう思っているんだ……? どうして自分の事なのに、自分で理解できないんだ……?
「むふっ……これは……よっと」
「きゃっ!」
東郷さんは小さく悲鳴を上げながら、俺の腕に寄りかかってきた。
ソワソワとドキドキしてる時にくっつかれると、さすがに心臓に悪い……危うく変な声が出るところだった。
「大丈夫? 足とか怪我してない?」
「うん、大丈夫。雄太郎くんは?」
「俺も大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「二人共! そろそろ最大連発来るよー!」
真央の言葉通り、花火は一気に打ち上がり、クライマックスを演出する。その美しさと迫力は、俺達の視線を釘付けにするくらいだった。
「すごいね、雄太郎くん」
「ああ、すごいね」
気づいたら、俺達はくっついたまま、花火が夜空を彩るのを眺めていた。
ああ、幸せだな。こんな幸せがずっと続けば良いのに。そう思ってしまうくらい、俺は今幸せだ。
「雄太郎くん、美桜ちゃん。今回は本当にありがとう。忘れられない夏になったよ」
「こっちこそ、最高の夏だったよ」
アクシデントもあったけど、結果的に見れば最高の旅行だったと言える。これも東郷さんがいてくれたからに他ならない。
「も~司先輩! 旅行は明日家に帰るまでですよ! それに、夏休みはまだ残ってます!」
「ふふっ、そうだね。でも……実は私、雄太郎くんと美桜ちゃんに……会えなくなっちゃうんだ」
さっきまで楽しそうだった東郷さんの顔が、一気に暗くなった。
あ、会えなくなるって……一体どういう事なんだ!?
――――――――――――――――――――
【あとがき】
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。二章はここで終わりとなります。
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