第32話 水着パニック!!

「うわっ!? ご、ごめん!」

「は、離れないで! 離れたら沈んでしまうし……見えてしまうけん!!」


 そ、そんな事を言われても……見えないようにするって事は、互いに上半身裸の状態でくっつくって事で……どう考えてもそれは駄目だろう!


 いや待て、とにかく冷静になれ俺。沖まで来たおかげか、周りに人はいない。だから、他人に東郷さんの恥ずかしい姿を見られる事はない。


 つまり……俺がなんとかこの感触と緊張に耐えて、水着をさっさと回収すればいいだけだ。


 なんだ、わかってしまえば簡単な話……なわけないだろ! ハードな筋トレをやるよりも難易度高いって!


「すー……はー……と、とりあえず落ち着こう。今の状態なら誰にも見られない。このままくっついたまま動いて、水着を回収しよう」

「こ、このまま!?」

「ああ。それしかない……その、東郷さんに恥ずかしい思いをさせるけど……本当にごめん」

「う、ううん。うちが沖に出るなんて言わな……それに……くっつくの……嫌やなかし……」

「東郷さん……」


 嫌じゃないけど、せめてくっつくなら服を着た状態の方が良かったな……これだとドキドキし過ぎで爆発しそうだ!


「よ、よし……動くよ。しっかり捕まってて」

「う、うん!」


 東郷さんを振り落とさないように、そしてなるべくどの角度からも東郷さんの胸が見えないようにしっかりと密着させると、楽しそうに浮かび続ける水着の元に向かって歩き出す。


 くっ……柔らかい感触を気にしないようにするのも難しいが、こうもぴったりくっついてると歩きずらい。


 そのうえ、一つの問題が発生した。それは――


「んっ……!」

「ご、ごめん! どこか痛かったか!?」

「だ、大丈夫……ふー……ふー……あっ」


 今のように、東郷さんが変な声を出すし、俺の顔の近くで苦しそうに息を乱しているせいで、気になって大きく動けない。痛いのか、それとも別の要因なのかはわからないけど……。


 一方、東郷さんの水着は俺を馬鹿にするように、わざわざ遠くに行くように流れていっている。こっちに流れて来ればいいものを……!


「くそっ……逃げるな……!」

「ゆ、雄太郎くん……はよ……は、恥ずかしか……」

「す、すぐに回収する!」


 焦れば焦るほど体に力が入るし、密着度が高くなって、より東郷さんの柔らかさや温もりを強く感じてしまう。それに比例して、東郷さんは変な声を出し、俺の動きが鈍るという……まさに悪循環。


 こんな時に美桜が一緒にいてくれれば……それか偶然近くを通りかかってくれないか……たらればを言ってても仕方ないのはわかってるが、そんな事を思ってしまうくらい、俺には余裕が無かった。


「届きそう……よし取れた! 早くこれを……って、両手が使えなきゃ着れないよな……足つきそう?」

「全然つかない……」

「だ、だよな……仕方ない、足の着く所までこのまま移動しよう」

「ううっ……わかった……あっ!? また波が!」

「また!? 今日は波が高い日なのか!? 東郷さん、しっかり捕まって!」


 東郷さんの報告から間もなく、再び俺達に高波が襲い掛かってきたが、今度は東郷さんを放さずに済んだ。


 もうあんな醜態を晒すわけにはいかないからな。緊張するけど、絶対に東郷さんを放さない!


「ぷはっ。東郷さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……」

「うっ……!?」


 東郷さんに声をかけながら、視線を彼女の方に向けると、ほっぺが赤く染まった東郷さんの顔が間近にあった。


 なんだ? 東郷さんの顔なんて、出会ってからたくさん見てるのに、今までで一番色っぽく見える。この状況のせいか?


 って、何を考えているんだ俺。泳げない東郷さんからしたら、この状況は凄く怖いはず。そんな状況で、俺に必死にしがみついてるんだ。早く足の届く所まで運んであげないと!


「はぁ……はぁ……んんっ……あ、雄太郎くん。もう足届く!」

「本当に? じゃあ俺が壁になっておくから、俺の後ろで水着を!」

「わ、わかった!」


 東郷さんの言葉を信じて彼女を開放すると、首まで浸かってはいたものの、一応足は届いているようだった。


 これなら何とか大丈夫そうだな。あとは壁になって他の海水浴客に見えないようにしつつ、高波に気をつけておけばいいだろう。


「ゆ、雄太郎くん。水着着れた」

「あ、ああ。そっち向いても大丈夫か?」

「大丈夫だよ」


 東郷さんの言葉を信じて振り向くと、ちゃんと水着を着た東郷さんが立っていた。俯かせる顔は未だほんのりと赤みがかっていて、とても色っぽい。


 ……くそっ、やっぱり見てるだけでもソワソワとドキドキが止まらない。


「それじゃこのまま戻ろうか。たまに変に深くなってる所もあるから気をつけて」

「うんっ。あの、雄太郎くん。また溺れたら怖いから……その。手、手を……」

「あ……うん、勿論。ごめんね気が回らなくて……」

「そ、そんな事ないよ! 雄太郎くんに触れてると安心できるから……あっ、ごめん変な事を言って! 私まだ混乱してるのかな!?」


 首から上までしか見えない状態でも、焦っているのが見て取れるな……安心できるって事なら、俺の手くらい使わせてあげたい。


 それに、俺も東郷さんに触れているのは嫌じゃないしね。むしろ嬉しい。


「それじゃ行こうか」

「うんっ」


 東郷さんの手を取ると、再びビーチに向けて歩き出す俺達。途中で東郷さんが少し深めの穴に落ちかけて驚いたり、俺が海藻を踏んで転びそうにはなったけど、何とか無事? にビーチまで戻ってこれた。


「なんとか戻ってこれた……」

「そ、そうだね……あれ? 今気づいたけど、パレオが無い……流されちゃったのかな」


 本当だ、腰に巻いていた布が無くなって、普通の白ビキニを着てる状態になっている。これはこれで似合ってると思うけど……。


「その、雄太郎くん。本当にごめんね」

「いや、俺こそ……嫌だっただろ?」

「嫌って言うか……他の男の人なら嫌だけど、雄太郎くんなら……」

「え? それってどういう……」

「でも、死んじゃうかと思うくらい恥ずかしかった……」

「……ごめん」


 改めて言われると、本当に申し訳なさしかない。俺がもっと早くに浮き輪の事に気づいていれば……高波に気づいていれば……どちらかだけでも気がついていれば、東郷さんにこんな恥ずかしい思いをさせずに済んだのに。


「でもね! 恥ずかしかったけど、雄太郎くんと一緒に沖まで行けたのは楽しかったよ! それに、溺れかけた時に必死になって助けてくれたのがね、あぁ私って雄太郎くんに大切にして貰えてるのかなって思えて、嬉しかった! だから……ごめんねもあるけど、ありがとうも伝えたい!」

「東郷さん……」


 にっこりと笑う東郷さんの優しさが、今の俺には少し――痛かった。


 体を鍛えて強くなったと思ったけど、俺はまだ弱い。今回はたまたま大事にはならなかったけど、もっと心も体も強くならないと、大切な友達一人も守れない。


 友達の一人も守れないようじゃ……ヒーローの彼のようにはなれない。


「東郷さんは優しいね」

「そんな、雄太郎くんほど優しく……あれ? ねえあそこ……」

「ん? あれは……美桜? それに……あの二人は!」


 東郷さんの視線の先。そこには、少し離れた所で、一人で泳ぎに行ったはずの美桜と、東郷さんをいじめていたギャル二人が話していた。


 あいつら……美桜にまでちょっかいを出すつもりか……!?


「雄太郎くん、美桜ちゃんの所に行こう!」

「あ、ああ!」



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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