第31話 緊急事態

「わ~もう全然足つかないよ!」

「そうだね」

「……雄太郎くん、やっぱり変だよ。何かあったの?」


 沖までの長い道のりを歩く俺は、浮き輪を引っ張りながらボーっとしていたせいで、東郷さんへの返事が適当になっていた。


「ちょっといろいろ考え事をね。東郷さんってさ、異性を好きになった事ってある?」

「ひょえ!? い、いきなり何ば言いよーと!?」

「誰かを好きになった時の感情に興味があってさ。人を好きになったら、どうなるのかなーって」


 俺は異性を恋愛対象として好きになった事がない。だから、今起こっているソワソワやドキドキ、一緒にいたいって気持ちはそうなのか……それを確かめたいんだ。


 美桜に聞けば良いかもしれないけど、そんな事を聞いたらからかわれそうだからな……東郷さんに聞くのが一番だと思う。


「わ、私の場合はね、その人と一緒にいると嬉しくて、ドキドキする。笑った顔を見ると、私まで笑顔になれる。怒っているのを見ると、どうして怒ってるのか聞いて、慰めたくなる。とにかくずっと一緒にいたい。たくさん触れていたい。抱きしめてもらいたい! って感じです……はい」


 やや顔を赤くして照れる東郷さん。そんな彼女も可愛いし、見てると少しだけドキッとする。


 そして東郷さんの言っていた内容だが……共感できる部分が多い。一緒にいると嬉しい、ドキドキ、こっちまで笑顔、慰める、一緒にいたい、この辺までは同じだ。


 ということは……俺の気持ちはやっぱりそういう事なのか……!? いやでも、東郷さんの口から出た内容の中で、いくつか含まれていないものもあるし……む~~~~~~~????


 結論・今の俺の状況は、恋心に近い何かだが、恋心ではない。多分。


 ――何とも中途半端な検証結果が出てしまったものだ。


「もしかして雄太郎くん、気になる人ができたの!?」

「え? うーん、自分の事なのに自分の気持ちがわかってないからなんとも言えないけど……そうかもしれない」

「そ、そっかぁ……なら無理して私といなくても……」

「それは断る。俺は東郷さんといたい」

「え、それって……?」

「とにかく答えてくれてありがとう。どんどん沖に向かおうか」

「お、お~!」


 東郷さんが捕まる浮き輪を引っ張って、どんどんと沖に向かって進んでいく。この辺で俺の足がギリギリという事は、東郷さんじゃ絶対に届かないだろうな。


 いつもは泳いでばかりだったけど、こうしてのんびりと沖に出るのも悪くはないな。むしろ良い。


「ね、ねえ雄太郎くん」

「なんだ?」

「なんか……シューシューって音が……」

「シューシュー? って……まさか!?」


 俺は浮き輪を掴み、思い切り力を込める。すると、シューという音が更に大きくなったのを感じた。


 これ、完全に何処かに穴が開いちゃってるな……しかもそれなりに大きめか、数が多いかのどちらかだろう。


「ど、どうしうよ! このままじゃ私……沈んじゃう!」

「それは大丈夫。俺にしがみついて」

「あっ、そっか……ん? しがみつくって……!!」


 俺の言っている意味がわかったのか、東郷さんは目を丸くして驚いていた。


 そ、そうだよな。普通は驚くし、こんな筋肉の塊に抱きつくなんて嫌だよな……でもこのままだと浮き輪の空気が無くなって、溺れてしまう可能性がある。なりふり構っていられない。


「気持ちはわかるけど、溺れないようにするには……」

「う、うん! わかっとー! よろしゅうお願いします!」


 東郷さんは方言で元気よく挨拶をしてから、浮き輪を脱出すると、俺の首に腕を回してしがみついた。


 前に東郷さんが風邪で倒れた時におんぶしたから、こうやって密着するのは初めてではない。そのはずなのに……なんでこんなに落ち着かないんだ? 水着だから、直に密着する面積が増えたからか? それとも俺がちょっとおかしいからか!?


 と、とにかくこれはなんかマズい気がする。何がマズいのかは説明できないけど……俺の本能がそう告げている。


「と、とりあえずビーチに戻ろうか」

「う、うん……あっ!? 雄太郎くん後ろ!」

「え?」


 東郷さんに集中しすぎていて、周りが見えなくなっていたか――東郷さんの叫び声に呑気に後ろを振り向いた時には、もう目前に大きな波が迫ってきていた。


 マズイ、あの高さに勢い……そう思った時にはもう遅く、俺達は波に飲み込まれてしまった。


「ぷはっ!! 東郷さん? 東郷さん!! どこだ!!」


 すぐに体制を立て直して辺りを見渡すが、東郷さんの姿はない。


 もしかして……沈んでしまったのか!? もしそうなら早く助けないと溺れてしまう! そう思った矢先に、少しだけ離れた所で、必死にもがいて水面から頭を出す東郷さんを見つける事が出来た。


「がはっ……はぶっ……」

「そこか! 今行く!!」


 俺は浮き輪を放り出して、急いで東郷さんの元へと向かい始める。


 距離にしたら数メートル程度も離れていない距離のはずだが、とんでもなく離れているような錯覚を覚える。


 早く、もっと早く動け俺の体! 東郷さんが……東郷さんが!!


「東郷さん!! 俺に捕まれ!!」

「ゆ、たろ……!」


 必死に手を伸ばす東郷さんの手をしっかりと握った俺は、そのまま引っ張り、すっぽりと胸の中に収めた。


 とりあえず間に合った……か?


「大丈夫か!? 俺がわかるか!?」

「ごほっごほっ……はぁ……はぁ……ゆ、雄太郎くん……う、うわぁぁぁぁん!!」


 突然の高波の襲来、そして浮き輪も無しで足のつかない所に放り出されたのがよっぽど怖かったのだろう――東郷さんは大粒の涙を流しながら、俺に力強くしがみついてきた。


「よかった……大丈夫、俺はここにいるから。もう安心だよ」

「えずかった……えずかったぁ……!」


 方言の意味はわからないけど、そんなの今は関係ない。俺は泣き続ける東郷さんを安心させるために、大丈夫だよと優しく語り掛けながら、そっと抱きしめてあげた。


 とりあえず大事にならなくてよかった。もし東郷さんを失ったらって思うと……うっ……想像しただけでつらくなってくる。


「大丈夫……大丈夫……」

「ぐすっ……ひっく」

「落ち着いた?」

「うん……」

「次は絶対に離さないように、少し力を入れるよ」

「うん。ありがとう雄太郎……くん?」

「ん? あれ、なんか変だぞ……?」


 また溺れてしまわないように、俺は東郷さんが痛くない程度に腕に力を込め、東郷さんも俺に応えるように、背中に両腕を回した――のはいいんだけど、さっきと比べて全然感覚が違う。具体的に言うと、体の一部に感じていた、布っぽい感触が完全に消えている。


「「…………」」


 突然の状況変化に対応できないでいると、そんな俺達を笑うかのように、白い物体がユラユラと漂っていた。


 ……え、なんかあれに見覚えがあるんだけど……ちょっと待て。嘘だろ? あれって……東郷さんの水着だよな? って事は……!?


「えっ!??!?!?!? う、ウチ今裸!!?」



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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