第23話 海だー!!

「よっしゃついたぞ! 荷物持って降りろー!」


 車に揺られる事約三十分――もうそろそろお昼時という頃に、俺達は和風の宿『極楽』に到着した。


 広大な敷地に建てられた、築数百年もある和風の建物はとても趣があり、手入れが行き届いているおかげでとても綺麗だ。海の幸や山の幸を使った料理は最高においしくて、様々な効能がある温泉もあるという、まさに最高と言える宿だ。


「いらっしゃい雄太郎、美桜!」

「百合おばさーん! こんにちは!」


 昭二おじさんの声が聞こえたのか、宿の中から着物を着た女性が出てきた。やや恰幅のある体格で、ベリーショートヘアーが特徴的な彼女は、昭二おじさん奥さんである、百合おばさんだ。宿では女将をしている。


 ちなみに昭二おじさんは夏は海の家の切り盛り、それ以外は板前として旅館で働いているんだ。


「あらまあ、あなたがもしかして司ちゃん!?」

「は、はい! 東郷 司と申します! 本日はお招きいただきありがとうございます!」

「行儀の良い子だこと! 筋肉一筋の雄太郎がどうやって捕まえたわけ?」

「捕まえたって……東郷さんは動物じゃないぞ?」

「あらやだこわい。立ち話もアレだし、中にどうぞ~部屋もちゃんと用意しておいたわよ!」


 百合おばさんの案内の元、俺達は旅館の中へと入っていく。受付には、顔見知りの男性が受付をしており、俺と美桜に気づいて手を振ってくれた。


「あの受付の人も知り合いなの?」

「うん。小さい頃から知ってる人で、よく遊んでもらったんだ」

「あの人に限らず、ここの宿で働いてる人はほとんど昔からの知り合いだね~」


 老舗の旅館という事もあるおかげか、働いている人はベテランが多い。そうなると、毎年来ている俺達とは必然的に知り合いになるってわけだ。


「はい到着。一応二部屋用意したから、好きに使っていいわよ」

「え、いいの? いつもは一部屋だったのに……」

「気にしなくていいわよそんな事! それじゃ、おばさんは仕事に戻るから。荷物を置いて着替えたら、さっきの所で待ってる父さんのところに行くのよ」

「うん、わかってるよ」


 仕事に戻る百合おばさんを見送ってから、俺は女子二人と別れて部屋に入る。


 別れ際に、東郷さんがちょっと残念そうな顔をしていたのは何だったんだろう?


「ふぅ…この純和風の客室……何度来てもいいな」


 荷物を部屋の隅に置いた俺は、畳の上に大の字で寝転んだ。


 畳の部屋には机やテレビが置いてあり、奥には広大な庭を一望できるベランダがあるんだ。


 っと、のんびりしてる場合じゃないな。旅行とはいえ、海の家の手伝いも兼ねてるんだし、早く着替えて昭二おじさんのところに行こう。


「えーっと水着水着……あった」


 荷物の中から持ってきた水着を取り出し、パパっと着替えると、客室に畳まれて置いてあったTシャツと短パンも着た。


 さすがに、海の家での仕事中に、水着だけで働くわけにはいかないからね。


「二人はまだ来てないか……女子は着替えに時間かかるだろうし、仕方ないか」


 部屋を出てみたが、まだ二人は出てきていない。とりあえず部屋に戻って筋トレでもしてるか。



 ****



「海だー!!」

「うわぁ……! 綺麗~!」


 昭二おじさんの軽トラに乗って浜にやって来て早々、俺と同じTシャツと短パンを履いた美桜と東郷さんが声を弾ませた。


 この辺りの海は足元が見えるくらい綺麗だから、東郷さんの反応は至極当然のものと言えるだろう。実際に俺もはじめて見た時は同じような感じだった。


「ふっ……東郷さんも同じくらい綺麗だよ……」

「ひょわぁぁぁぁ!?!?」

「なーんて! ビックリしちゃった?」

「もうっ美桜ちゃん!!」


 低い声で東郷さんをからかった美桜は、東郷さんからポカポカと可愛らしく叩かれていた。なにやってるんだか。


「ほらおにぃも続いて続いて!」

「何がだ?」

「も~ニブチン! おにぃも、司先輩が海と同じくらい綺麗って思うよね?」

「み、美桜ちゃん!?」

「なに言ってるんだ。東郷さんの方が綺麗だろう」

「ふぁぁぁぁぁ!?!?」

「お~言うじゃん♪」

「き、綺麗って……綺麗って言われてしもうた……嬉しゅうて死んじゃう……」


 当然の事を言っただけなんだが、何故か美桜にはニヤニヤやされ、東郷さんはモジモジしながら、小声で何か言っている。


「東郷さん?」

「な、なんでんなかばい!」


 今のは……なんでもないで良いのかな? 方言が出てしまうくらい怒らせてしまったのか……反省。


「か~! 青春してんな~! 俺にもこんな時代があったな~……っと、今日はそれなりに泳ぎに来てる連中がいるな。店は大丈夫かぁ……? 結構客が入ってるな」

「昭二おじさん、早く行かなきゃ!」

「だな。よっしゃ、じゃあ今年もよろしくな!」


 この浜に唯一ある海の家『昭二』には、毎年沢山の海水浴客で賑わっている。今年も沢山の客が海水浴グッズと買ったり、焼きそばやかき氷といった食べ物を求めて来店している。


「あのー……私はどうすれば良いですか?」

「司には雄太郎と一緒に接客だ。主に注文取りと配膳をしてもらうぜ!」

「わ、わかりました!」

「大丈夫、やってみると結構簡単だから。一緒に頑張ろう、東郷さん」

「うんっ!」


 ふんっと胸の前で握り拳を作って気合を入れる東郷さんを微笑ましく思いながら、俺達は裏口から海の家『昭二』に入っていくと、中は結構てんやわんやになっている。


 いつもなら、これくらいの客の人数ならどうって事ないはずなんだけど、今日はスタッフの数が少ないな。しかも毎年見るベテランの人もいない。これじゃ混乱するのも無理はないかもな。


「おう、戻ったぞ! んじゃ今日も気合入れて捌くぞ! 美桜、今年も調理場は任せる!」

「おっけ~! えっと注文は……今日はカレーとラーメンが多いなぁ」

「東郷さん、俺達はこっちに」

「う、うん。美桜ちゃんは大丈夫なのかな?」

「美桜は慣れてるから、心配はいらないよ」


 厨房の邪魔にならないように、東郷さんと一緒厨房を出た俺は、出る際に持ち出した注文票を取り出して東郷さんに見せた。


「この紙にメニューが書いてあるよね? 注文されたメニューの数を書いて厨房に持っていけばオッケーだよ。席番を書くのも忘れずに。席番はテーブルに書いてあるから。配膳の時には、注文票に書いてある席番を確認して持っていく感じ」

「な、なるほど」

「とりあえずまずは一回見せるから、陰からこっそり見てて」


 百聞は一見に如かず――俺は注文票を持って食事処に出ると、さっそくカップル客に声をかけられた。


「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」

「えっと、焼きそば二つとカレーを一つ。あとイカ焼き一つ」

「焼きそば二つにカレーを一つ、イカ焼きを一つですね、ありがとうございます。少々お待ちください」


 注文票に料理の数と席番を記載しながら厨房に戻ると、美桜が「まっかせて~!」と気合を入れて調理を始めた。


「東郷さん、こっちおいで。ん……? 東郷さん?」

「雄太郎くん……かっこよかぁ……! なんてスマート……」

「あ、ありがとう。でも今は話を聞いてほしいかな」

「はわぁ! ごめんね雄太郎くん!」

「さっきのは見てた? あんな感じでやるんだけど」

「うん、見てたよ。注文票はどう書けばいいの?」

「こんな感じだよ」


 先程使った注文票を東郷さんに見せてあげると、小声で「なるほど」と言いながら、小さく頷いた。


「客に言われたものをチェックして、それを厨房に持っていくだけだから簡単だよ。それじゃ次は東郷さんがやってみようか」

「で、出来るかなぁ」

「最初からできる人なんていないよ。何事も失敗を重ねて生きていかなきゃ」

「雄太郎くん……」

「それに俺が一緒にいるからさ、失敗しても即フォローするから安心して」

「……わかった! 頑張る!」


 さて、東郷さんの初めての注文取り……上手くいくだろうか? 俺がしっかりサポートしてあげないとな。



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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