第22話 怖いわけじゃないの!
「見て見てにぃ! 司先輩! 海だよ海!」
「うん、そうだね美桜ちゃん!」
夏休みに入り、俺達は予定通り親戚の家に行くために電車に揺られる事数時間――少し長めのトンネルを抜けた先には、青くて広大な海が広がっていた。
もうこの光景自体は何度も見ているけど、何度見てもこの海の美しさは心が躍る。今回は東郷さんもいるから尚更かもな。
ちなみにその東郷さんだが、今日は真っ白のワンピースに大きめの麦わら帽子にサンダルというスタイルだ。とても似合っていて可愛い。
――余談だが、出会い頭に似合ってると言ったら、何故か顔を真っ赤にして俯いてしまったんだよな。また怒らせちゃったと思ってたけど、今は機嫌が直ってるみたいで一安心だ。
「もうビーチで泳いでる人とかサーファーが見えるな」
「そうだね。この辺りって観光地として有名なの? 私そういうの疎くって」
「そこまで有名じゃないかな。でも海は綺麗だし、自然も豊かだから、隠れた名所って感じだよ」
「そうなんだ! なんだかますます楽しみになっちゃった! きっと最高の夏になるだろうな~!」
東郷さん、随分とテンションが高いな。きっとそれくらいこの旅行が楽しみだったんだろう。実際俺も楽しみだったせいで、昨日は寝つきが悪かった。
――寝れなかった分の時間は筋トレにあてたから、悪い事ばかりではなかったと信じたい。
『次は終点〜
車掌のアナウンスから間もなく、二両編成の小さな電車は無人駅に停車した。
ここは何度来ても栄える様子がないな……周りには自然しかない。多分これからもこんな感じだろうな。
「うわ~無人駅って初めてかも」
「最初は戸惑うよね。あ、いたいた」
目を丸くして驚く東郷さんに同意しながら駅を出ると、そこには一台の軽トラックが停まっていた。その近くには、一人の男性が立っている。
男性はスキンヘッドにサングラス、アロハシャツに短パンという、なんとも奇抜なファッションをしている。
「おー来たな! うおっ、こりゃ想像の何百倍もべっぴんさんじゃねーか!!」
「え、えっと……?」
「
「あ、はじめまして! 東郷 司と申します! お世話になります!」
「おう、よろしくな司!」
東郷さんは慌てながら麦わら帽子を取ると、深々とお辞儀をした。
迎えが来るとは事前に伝えておいたが、まさか迎えがこんな風貌の人だったら、普通ビックリするよな。俺と美桜にとってはもう慣れちゃってるだけだろう。
「おじさん、司先輩が来るってわかってたんだから、もうちょっとまともな格好をしてきてよ~!」
「なにを~!? これの何がいけないって言うんだ!」
「……五十過ぎのおじさんがやるのは、中々インパクトがあると思うぞ?」
「いくら年を取っても、心はヤングのままな俺にとって、これは正装だから問題ねえな! さあ、こんな暑いところで立ち話もなんだし、乗った乗った!」
昭二おじさんに促されてトラックに乗り込む――のはいいんだが、軽トラックだから乗れるところが運転席と助手席しかない。
普段は俺が荷台に乗り、美桜が助手席にって形なんだが……。
「今回は人数が多いってわかってて、どうしていつも通りの軽トラ一台なの~!?」
「そりゃお前、うちにはこの車しかないからな!」
「無いものは仕方ないさ。俺はいつも通り荷台に乗るよ」
「荷台って乗って良いの?」
「バレなきゃ問題無しってもんよ!」
親戚ながら、その考えはどうかと思うが……ここから歩いていこうとすると何時間もかかってしまうし、バスもほとんど通ってないから、俺と美桜を運ぶにはこの方法しか無かったりする。
「う~……じゃあ美桜も荷台に乗るから、司先輩は助手席にどうぞ!」
「ううん、私は荷台でいいよ」
「おいおい司、お客さんを荷台に乗せるような真似は――」
「お気持ちは嬉しいです。でもせっかくなので、この自然を肌で感じたいんです。それに……その」
「あ~……なるほど。昭二おじさん、耳貸して。ごにょごにょ……」
何が成程なのかわからないが、美桜に耳打ちをされた昭二おじさんは、ニヤニヤと笑いながら大きく頷いた。
なんだろう……話した内容はわからないけど、少し嫌な予感がする。
「なるほどな! 確かにそれは荷台に乗りたいって言いだすわ! いや~スマンスマン! 俺とした事が気が回らなかった!」
「おい美桜、お前何を言ったんだ?」
「別に~? 美桜はただおにぃと司先輩の応援をしてるだけだから」
応援って……一体俺達の何を応援するんだ?
「まあ細かい事を気にすんな! とりあえず今年も一旦宿に行って、それから海に行く流れで良いな?」
「うん、大丈夫。今年もよろしく、昭二おじさん」
「こっちこそよろしくな! さっ、乗りな!」
昭二おじさんの号令を合図に、美桜は助手席に、俺は荷台に、最後に東郷さんが俺の手を借りて荷台に乗りこむと、俺の隣にちょこんと座った。
「よっしゃ、出発すんぞ!」
威勢のいい声とは裏腹に、軽トラはゆっくりと走りだした。いつもはもっとスピードを出してるんだけど、今回は東郷さんがいるから大人しめにしてると思う。ああ見えて、昭二おじさんはかなり気配りが出来る人だからね。
「風が気持ちぃ~……磯の香りもするし、良い所だねぇ……」
「っ……」
ゆったりと流れる景色、磯の香りがほんのりとする風が何とも心地いい中、麦わら帽子を抑えながらうっとりとする東郷さんの横顔を見ていたら、不意に胸が高鳴った。
まただ……どうして東郷さんを見てると、筋トレをした後みたいに胸が高鳴るんだ?
「あれ、どうしたの雄太郎くん。ほっぺが赤いよ?」
「え、本当に? もしかしたら、暑さにやられちゃったかもしれないな」
「大丈夫? ちゃんと水分を――ひゃあ!?」
「おっと」
突然軽トラが揺れたせいで、ふらついた東郷さんの肩を咄嗟に抱き寄せる。この辺りは砂利道のせいで、車で通ると結構揺れるんだ。
「急に揺れたけど、どこかぶつけたりしてない?」
「は、はぅあ……だ、大丈夫やけん、離れて……」
「あっ……ご、ごめん」
顔を真っ赤にさせる東郷さんからすぐに離れながら、俺は激しく後悔した。最近は気をつけてたのに、また東郷さんを怖がらせてしまった。初めて友達と旅行だからって、浮かれすぎだって俺……。
「すー……はー……うんっ。あの、雄太郎くん。私……怖いわけじゃないから!」
「え……?」
「急に抱き寄せられてビックリしちゃっただけで、怖いわけじゃないの! むしろ守ってくれて嬉しいっていうか……その……だから、そんなに落ち込まないで! せっかくの旅行なんだから、楽しもっ!」
「東郷さん……ありがとう」
気を遣わせてしまったのか、それとも東郷さんの本音なのかは俺にはわからないが、それでも……東郷さんの優しさが嬉しくて、気がついたら頬が緩んでいた。
うん、東郷さんと一緒なら、きっとこの旅行は去年に比べてずっと楽しくて思い出深いものになるはずだ。そう思うと、落ち込んだ心が再び弾みだした。
――この後、最悪な人物との出会いが待ってるとも知らずに。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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