第4話 おせっかいな妹

「部屋の窓からおにぃが女の人と歩いてるのが見えたから、急いで飛んできちゃったよ! それで、その人誰!? まさか彼女!?」

「ちょ、やめろ美桜みお! 首! 首締まってるから!!」


 美桜と自称する少女は、一軒家から出てきた途端に、俺の襟元を掴んで前後に激しく振ってきた。


 彼女は綾小路 美桜。俺の三つ下の妹だ。茶髪で内巻きにされたセミロングの髪と、同じく茶色の大きくてクリッとした瞳が特徴的な、可愛らしい女の子だ。


「ちゃんと説明するなら離す!」

「わかった! わかったから!」


 あー苦しかった……いくら鍛えてると言っても、首を絞められたら苦しいって。相変わらず美桜は加減を知らないんだから……。


「あ、あの……もしかして、雄太郎くんの妹さん?」

「はい! 美桜っていいます! 中二です! はじめまして!」

「はじめまして。東郷 司です。今日転校してきて、雄太郎くんに学校案内してもらったの」

「それで遅くなったから、近くまで送ってあげてたんだ。その途中で、たまたま俺の家の前を通っただけだ」

「え、おにぃ! 送り狼はいけないと思うよ!」

「誤解を生むような事を言うな!」


 全くこの妹は……東郷さんが嫌な気持ちになったらどうしてくれるんだ。そもそも俺が送り狼なんて酷い事をするはずがないだろう。


「二人共、仲良しなんだね」

「結構仲良しだね。美桜が甘えん坊ってだけかもしれないけど」

「お、おにぃ!?」

「この前なんか、俺が座ってる所に寝転んできて膝枕を強要――」

「うわぁぁぁぁ!! そんな事言わないでぇぇぇぇ!!」

「いてぇ!?」


 俺の言葉を強制的に止めようとしたのか、俺の唇に美桜の掌が思い切り炸裂した。


 くっ……さすが我が可愛い妹……どう頑張っても鍛えられない部分を的確に突いてくるなんてな……。


「本当に仲良しだね。あ、美桜ちゃんって呼んでもいい?」

「はい、勿論です! あのー……よかったら、司先輩って呼んでも良いですか?」

「うん、もちろん!」

「やったぁ! 司先輩!」

「なぁに? 美桜ちゃん」

「呼んでみただけっ!」


 なんか急に仲良くなったな。結果的に美桜に新しい知り合いが出来て、おにぃは嬉しいぞ。


「雄太郎くん、送ってくれてありがとう。今日はここまででいいよ」

「え、でも……」

「実は、もう少し歩けば着くの。だから大丈夫」

「……そうか、わかったよ。じゃあまた明日」

「うん。雄太郎くん、美桜ちゃん、またね」

「司先輩~ばいば~い!」


 笑顔で小さく手を振りながら帰っていく東郷さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、美桜に脇腹をツンツンされた。


「あんなお人形さんみたいな超可愛い子を捕まえるなんて、おにぃもやるね~」

「からかうんじゃねーよ。そもそも付き合ってないし」

「え~? 筋トレが女房のおにぃに、ようやく春が来たかと思ったのにな~」

「そんな事を言って、お前にもまだ春は来てないだろ?」

「美桜はおにぃに遠慮して、わざと彼氏を作らないようにしてるからいいんですぅ~」


 プイっとそっぽを向く美桜。相変わらず俺の妹は素直じゃないが、とても可愛らしい。


「わわっ、急に頭を撫でないでよ! おにぃの手はゴツゴツしてて痛いんだって!」

「じゃあニギニギするか?」

「潰れちゃうから!! おにぃは自分の馬鹿力をちゃんと把握するべきだと思うよ!」


 俺は美桜と楽しくコミュニケーションを取りながら、家の中へと入っていく。


 ――明日も東郷さんと一緒にいれたらいいな。そんな事をぼんやりと考えながら。



 ****



「おにぃ、これ終わったらお風呂入っちゃってね」

「ああ。178……179……」


 俺は自室で腕立てをしながら、俺の背中に座ってスマホをいじる美桜に適当に返事を返す。


 美桜は適度に重いから、背中に乗ってもらうと良い感じにトレーニングになる。だから、よく乗ってもらうようにお願いしているんだ。たまに対価としてお菓子やアイスを要求されるが、そこはご愛嬌という事で。


「ねえおにぃ、司先輩って本当に彼女じゃないの?」

「だから違うって。そもそも東郷さんは今日転校して来たばかりだぞ」

「まあそうだけどさ。美桜的にはお似合いだと思うんだよ! 今まで友達すらいなかったんだし、仲良くするべきだって!」

「仲良くは良いけど、こんな面白みのない筋肉とお似合いとか、何かのギャグか?」

「いや別にギャグじゃないけど。美桜は応援してるよ!」

「はいはい、ありがとな」


 美桜がどうしてそんな事を言うのかはわからないが、前向きな事を言ってくれてるし、素直に受け取っておこう。


「198……199……200っと。よし、終わり。さて風呂に入ってくるか。美桜も一緒に入るか?」

「は、入るわけないよ!」

「そうか、美桜が四年生までは一緒に入ってたのにな」

「わーわー! 意地悪な事を言うおにぃなんてキライっ! バカバカバーカ!」

「いてっ、いてっ! 冗談だから!悪かったって! 今日もありがとな!」

「どういたしましてっ!」


 美桜は顔を真っ赤にさせながら一通り叩くと、俺の部屋を出ていった。


 うーん、これはちょっとからかいすぎたか。後で何かフォローしておかないとな。そんな事を思った矢先、急にスマホからポコポコッという音が鳴った。


「ライム? あっ、東郷さんからだ」

『雄太郎くん、今日は学校案内してくれてありがとう! 帰りも一緒でとっても楽しかったよ! 明日からも仲良くしてくれると嬉しいな!』


 なんだか可愛らしい文章と共に、キラキラしているウサギのスタンプも一緒に送られてきた。基本的にライムなんて、家族と業務連絡みたいな感じのやり取りでしか使ってなかったから、なんだかとても新鮮だ。


「最近のスタンプは凄いな……えーっと……送信っと」


 俺も今日はありがとうと送ってから、部屋を出た。


 ……それにしても、こんなに一日で女子と二人きりで話したり行動を共にするなんて、美桜以外では初めての体験だった。


 東郷さんと一緒にいると、いろいろな反応が見れて楽しいし、ぽろっと出る方言が個人的にはとても好みだ。ヒーローと同じだからっていうのもあるかもしれないけど。


 だけど、今日やらかした事はちゃんと反省しないとな。東郷さんは優しいから許してくれたけど、他の女の子だったら怒っていたかもしれない。


 ずっと一人だったから、他人とのコミュニケーションの難しさを改めて痛感した。これからは怖がらせないためにも、もう少し考えて行動した方が良さそうだ。



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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