第3話 方言少女は読書オタク?
「雄太郎くん、今日は案内してくれてありがとう。凄く助かったよ」
「どういたしまして。また何か困ったらいつでも頼ってくれ」
一通り案内し終えた俺は、昇降口で東郷さんにペコリと頭を下げられた。
別にそんなにかしこまられるような事はしていないんだけどな……。
「本当にありがとう。それじゃ私は帰るね」
「もう結構遅いし、家の近くまで送るよ」
「いいの?」
「うん」
この辺は田舎だから、変な人なんていないと思う。それに今は夏だから、夕方でもそれなりに明るいし……別に送る必要なかったかもしれない。もしかして、失敗したか?
「じゃあ、お願いしようかな」
「わかった」
「えへへ……やった……」
引かれてしまうかと思ったけど、そんな事はなかったみたいだ。よかったよかった。
……ん? なんで東郷さんは小さくガッツポーズをしているんだろう。よっぽど一人で帰るのが怖かったのか? 引っ越してきて間もなければ、一人で帰るのは心細いという事か?
「家はどっちなんだ?」
「あっちだよ」
東郷さんの指差す方は、俺の家がある方角だった。もしかしたら、結構近所に住んでいるのかもしれない。
「雄太郎くん、帰る時も筋トレは欠かさないんだね」
「まあね」
苦笑する東郷さんの視線の先――俺の右手には、授業中にも使っていたダンベルが握られている。
いつもなら、開いている左手で参考書を持って勉強するか、もう一個ダンベルを持ってるかの二択なんだけど、今日は東郷さんが一緒だから片手だけだ。
「近所の人に何か言われたりしないの?」
「最初の頃は言われてたけど、今はもう慣れたのか、何も言われないよ。この辺りは田舎だから、顔見知りの人が結構多いというのもあるかもね」
「あ~なるほどね」
「うん」
……マズい、会話が途切れた。何か話題を振らないと。
「えーっと、東郷さんは前はどこに住んでたの?」
「……ちょっと家庭の事情で、いろいろな所を転々としてたんだ」
あれ……聞いちゃいけない話題だったか? なんだか東郷さんの表情が曇ってしまった。
「ごめん、話したくないなら……」
「あ、ううん! 大丈夫! 今は親元を離れて一人暮らしをしてるんだ」
東郷さんは俺に心配をかけないように、えへへと小さく笑いながら、俺のシャツの裾をギュッと握ってきた。
見た感じ、嫌な事を聞かれて怒ってるわけじゃなさそうだし、よかった。
「このまま……流れで手を……」
「……東郷さん?」
「うっ……うぅ……無理ぃ……」
「おーい、東郷さーん?」
「はわぁ!? な、なにかな!?」
「いや、急に俺の手をジッと見ながら立ち止まったからさ。どうかした?」
「何でもないよ! いこいこっ!」
……一体何だったんだ? 東郷さんには不思議な一面もあるんだな。
まあいいや。さっきはちょっと失敗したけど、もう一回話題振りにチャレンジだ。
「東郷さんは、家でいつもなにしてるの?」
「う~ん、大体家で本を読んでるかな」
「そうなんだね。今日も本を借りてたもんね」
「そうなのっ! 色んな本を読んでるけど、ヒーローみたいなカッコいい人が出てくるファンタジーものが好きで! この本もファンタジーなんだけど、凄く面白いのにあまり人気が無いせいで、出版数が少ないのか、中々お目にかかれなくて! 見つけた時は、思わず声ば出しそうになってしもうた!」
「そっか。それはよかったね」
「うんっ! それでね、しゃっき借りた本は――」
途中からまた方言になってるけど、こんなに嬉しそうに、そして楽しそうに話している途中に、水を差す必要ないよな。
それにしても、こんなに熱弁するほど読書が好きなんだな。熱中できるものがあるというのは良い事だ。きっと俺にとっての筋トレが、東郷さんにとって読書って事だろう。
「それでそれで――はっ!? ご、ごめんね雄太郎くん! 私だけベラベラと……」
「全然大丈夫だよ。東郷さんの熱意が伝わって来たおかげか、ちょっとその本に興味が出てきたよ」
「本当に!? じゃあ今度貸してあげる!」
「わかった。楽しみにしてるよ」
ああ、なんか楽しいな。これが友達と一緒にいるって事なんだろうか? こんな時間がずっと続いてほしいと思ってしまう。
「そうだ雄太郎くん、ライムやってる?」
「ライム? まあ一応」
ライムは無料で簡単にメッセージのやり取りができるアプリだ。今では全国的に広がり、使ってない人を探す方が大変なくらい普及している。
俺ももちろん使ってはいるが……正直な話、家族としか使ってないんだよな。
「せっかくだし、連絡先交換しよ!」
「ああ、よろこんで」
俺はスマホを操作してライムを開いたのはいいが、連絡先の交換なんて久しくやってないから、やり方がよくわからない。どうすればいいんだ……?
「えーっと、どうやるんだったっけかな……雄太郎くんわかる?」
「ごめん、さっぱり。機械ってあんまり得意じゃないんだ」
「そっか……あ、こうやるんだ! わかったよ雄太郎くん! えっへん!」
何故かドヤ顔の東郷さんの指示通りにスマホを操作すると、東郷さんのアカウントが表示された。そのアカウントに友達申請をしてっと……これでオッケーだ。
「ありがとう雄太郎くん。これで家族としか使ってなかったライムが、ようやく本領発揮されるよ!」
「東郷さんも使ってなかったの?」
「はっ!? え、えっと! 使ってるに決まっとーばい! お義父しゃんとかお義母しゃんとか……お義母しゃんとか!?」
「東郷さん落ち着いて。俺も似たような感じだから」
「はっ……た、大変お見苦しいものを……」
「ううん、大丈夫だよ」
もしかして、東郷さんは方言を使っちゃいけないものだと思っているんじゃないか? もしそうだとしたら、いつもは標準語で無理して話しているけど、たまにぽろっと出ちゃう感じなのかな。
……どうして使うのが嫌なんだろう? 方言だって立派な言葉なんだから、堂々と使えばいいのに。東郷さんは不思議な人だ。
「東郷さん、俺は君が方言を使う事に対して悪く思ってないし、馬鹿にしたりもしないよ。だからそんなに申し訳なさそうにしないでくれ」
「雄太郎くん……えへへ、ありがとう」
「おにぃぃぃぃぃ! その人誰ぇぇぇぇぇ!?」
少し困ったようにニヘッと笑う東郷さんに釣られて微笑んでいると、通りかかった一軒家から出てきた少女に、突然胸ぐらを掴まれた――
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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