第2話 転校生は方言少女
「助けてくれてありがとう。正直困ってたの」
「どういたしまして。あいつら、あんまり素行が良くないって噂があるから、気をつけた方がいいよ」
「そうなんだね。気をつけるよ~」
東郷さんを何とか茂木君から助けた俺は、特に行く場所を決めずに、東郷さんと廊下を歩き続ける。
――それはいいんだけど、今の状況のせいか、周りの視線が少し痛いな。
「東郷さん? 手、そろそろ放してくれないか?」
「あっ……!!」
ようやく今の状況に気づいたのか、まるで熟れたリンゴのように顔を真っ赤にさせながら、東郷さんは勢いよく手を引っ込めた。
うーん、俺が早く言わないから、東郷さんに恥ずかしい思いをさせてしまった。反省。
「とりあえず近い所から案内するよ」
「ありがとう」
さて、ここから一番近い場所だと理科室か? その次に……って、なんか東郷さんに左手をじっと見つめられている。
「ねえ、ずっと気になってたんだけど……」
気になっていた? あー……もしかして、これの事か。
「筋トレについてか?」
「そう。今もだけど、授業中ずっと何かしら筋トレしてたから、気になって」
東郷さんの不思議に思うのも無理はないだろう。現に今もハンドグリップを握って握力を鍛えている。
俺としてはいつもの事なんだが、普通の人は授業中にダンベルを持ち上げたりしないし、してたら先生に怒られるだろう。
でも、俺はこれでも真面目に授業を受けてるし、勉強もトップをキープしてるからか、怒られたりする事はない。むしろ、筋トレしてないと心配されるくらいだ。
「どうしてそこまでして体を鍛えてるの?」
「俺さ、憧れている人がいるんだ。いわゆるヒーローってやつ。その人みたいに強くなりたいんだ」
「ヒーロー?」
「そう。子供の頃の俺って、かなり小柄で細くて、おまけに気弱で……格好のいじめの対象でさ。よく近所のガキ大将にいじめられていた。そんな時、大きな声で博多弁を喋りながら、どこからともなく現れる男の子がいたんだ」
目を閉じれば、あの時の男の子の勇士が目に浮かぶ。相手が何人だろうと果敢に戦い、傷ついても絶対に諦めないその姿は、まさにヒーローそのものだった。
「その男の子に守られてるばかりなのが嫌で、一人で立ち向かったら……逆に返り討ちにされた。助けに来てくれた彼にも、怪我をさせてしまってさ」
「う、うん」
本当にあの時は悔しかった。俺がもう少し強ければ……勝てなくても、助けに来てくれた彼が怪我をしないで済んだかもしれないのに。
「それが悔しくて……情けなくて。だから、もう二度とそんな事にならないために……そして、憧れのヒーローのように強くなるために体を鍛え始めて、結果こうなった。まあ、筋トレに力を入れすぎたせいで、友達は出来た事がないけどね」
「ふ、ふーん……そ、そうなんだー……ちなみにその男の子って、今はどうしてるの?」
「どうしてるんだろうな……? 家庭の事情で引っ越しちゃったんだ。連絡先も知らないし……一応引っ越す前に一度だけ会ってさ。今までの感謝の印として、四つ葉クローバーの栞をあげて……それっきり」
あの子、元気かなぁ……どこに引っ越したかも知らないし、家の事情がなんなのかも教えてもらえなかったし……。
「……きっとまた会えるよ。案外近くにいるかも?」
「そうだといいな」
「もし会えたらどうする?」
「あの時はありがとう、そして怪我させてごめんって改めて伝えたいかな。っと、早くしないと最終下校時刻になっちゃうな。行こうか」
「うんっ」
東郷さんの言う通り、近くにいたら嬉しいんだけど……人生そんなに甘くはないだろう。そんな事を思いながら、俺は東郷さんと一緒に歩き出した。
……そういえば、どうして東郷さんは俺に案内してほしいと言ったんだろう? たまたま助けに入ったからか?
まあいいや。頼られているっぽいし……クラス委員長として、東郷さんが生活に慣れるまで、しっかり支えてあげよう。そして、困っていたら全力で助けてあげよう。きっと彼が同じ立場だったらそうするだろうしな。
****
「うわぁ……!」
いくつかの施設を案内した後、この学校の自慢の一つでもある大図書室へ案内すると、東郷さんは目をキラキラと輝かせていた。
この反応を見た感じ、本が好きなのだろうか? おもちゃを前にした子供みたいで、ちょっと可愛い。
「ここが図書室だよ。東郷さんって本が好きなの?」
「うん! 好いとーよ! いくら読んどっても飽かん!」
「……?」
「あっ……なんでもない!」
早口な上に、急に方言っぽい喋り方をされたせいで、イマイチ聞き取れなかった。多分、いくら読んでも飽きないくらい好きって言った……のか?
今の方言って、確か博多弁だよな? 博多弁で有名な好いとーって言ってたし……まさか東郷さんも、ヒーローと同じ博多弁を喋るなんて、運命的なものを感じるな。
「わ、私ちょっと見てくる!」
「あっ……あんまり長居してると案内できる時間が減っちゃうんだが……まあいいか。残ったら明日以降に案内すれば良いか」
さて、せっかく来たんだし、俺も参考書でも見て回るとしよう。
「……お、これ良さそうだな」
手に取ったのは、数学の参考書。次の小テストに向けて勉強しようと思っていたから、これは役に立ちそうだ。早速借りるとしよう。っと、その前に東郷さんと合流するか。
「えーっと東郷さんは……」
この大図書室は、その名の通りかなり巨大だ。それもあってか、多くの学生が利用している。だから、人を探すのは少し難しい。
「……ん?」
東郷さんを探し出して数分、俺の前には思いっきり背伸びして本を取ろうとしている東郷さんの姿が目に入った。思ったよりも早くに見つかったな。
……あとちょっとなのに届かなくて、四苦八苦しているようだ。あっ、背伸びを諦めてピョンピョンしはじめたぞ。
台を借りれば早いのだろうけど、恐らく台なんか無くても届くだろうと思ったんだろう。
「む〜〜〜〜!! あ、後ちょっとなんに届かん……!」
「東郷さん」
「え? あ、雄太郎くん」
「この本が欲しいの?」
「はわぁ!?」
東郷さんが取ろうとしていた小説を取ってあげると、東郷さんは俺の方に体を向けながら、変な声を漏らした。
え、急にそんな声を上げてどうしたんだ?
「これって……か、かか、壁ドン……壁ドンって、こげんドキドキするったい……!?」
「……東郷さん? 大丈夫?」
「はっ……だ、大丈夫ばい! あ、ううん! 大丈夫だよ! だから離れて……!」
「あっ……ごめん。俺みたいに無駄にデカい男に迫られたら怖いよね」
顔を真っ赤にさせながら懇願する東郷さんから、急いで離れる。どうやら、本を取る際に東郷さんに覆い被さるようにしてしまったのがいけなかったようだ。
これは完全にやってしまったな……友達がいなかったからか、どうにも他人との距離感が掴めない。ただでさえ俺はでかいんだから、もっと気をつけるべきだ。
「ち、違うの。怖いんじゃなくて……その……!」
「気を遣わなくてもいいよ。実際デカいのは事実だしさ。本当にごめんね。って……なんか顔が赤いけど、熱でもある?」
「ひゃうん!?」
今度は怖がらせないように、やや屈みながらおでこに手を当てる。うーん、少し熱い気もするけど、平熱の範囲を出てないと思うな。
「ひゃわ……あ、あう……!?」
「とりあえず大丈夫そうだね。それで、この本は借りる?」
「う、うん! ずっと探してた本だから!」
「わかった。じゃあ借りるやり方を教えるからこっちに来て」
貸出の受付へと案内しようと思って歩き出したが、何故か東郷さんはその場から動こうとしなかった。どうかしたのだろうか? お腹でも痛いのか?
「う~……えずかったわけやなかとに……彼ば傷つけてしもうた……うちん馬鹿……」
「東郷さーん? どうかしたー?」
「あ! い、今行くー! はぁ……」
何か小声で呟きながら立ち止まる東郷さんを呼ぶと、トテトテと走って俺の隣に立った。
こうして改めて隣に立つと、俺が無駄にデカいのも相まってか、本当に小さく見える。こんな子が俺のような男に覆い被さるようにされたら、怖がるのも無理はない……今後は気をつけよう。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
私の作品を手に取ってくださり、誠にありがとうございます。
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